■発行人:小矢野哲夫 ■発行所:こやの研究室

毎月1日発行(1999年11月1日発行)

専用郵便番号562-8558 大阪外国語大学 日本語講座

研究室直通電話とファクス 0727-30-5183

記事中の〔 〕内、※以下は小矢野の注記。新聞は大阪本社版に基づいています。


【INDEX】

◆今月号登録件数(5) 見出し語の数字は1999年分の登録件数の通し番号を示す。つめかっこは””で代用した。

常備菜 ・片仮名語弱者 ・真っスラ ・プチ家出 ・リターナブル瓶

◆「気が付いたけとば」(7)

やめてよしこ・・・「のの」

◆「けとば言うたろカード」(3)・今土中朝 ・日本シリーズ ・メールを投げる

◆「雑感」……かるがもまちこ「結婚式

◆「むささびとびのしんの身辺雑記」から……「結婚式参列

\(^o^)/投稿大歓迎【ご投稿のメール】は「件名」に「けとば言うたろカードへ」「気が付いたけとばへ」「雑感へ」と書いてE-mailでお送りください。ペンネームO.K.


■990052 常備菜

 

 涼しさと共に食欲も増してきます。そろそろ新米も出るころです。サンマや根菜、キノコとおいしさ山盛りです。これら主役のわきに、気の利いた常備菜があると、ご飯がますますおいしくなります。

 今回は当座煮を作ります。きんぴらやおから、いり豆腐や、ゼンマイと油揚げの煮物などの常備菜が子どものころは常に二つくらい食卓に並んでいました。毎食おかずを作るのにたくさんの時間をかけられないために、四、五日ほど、つまり当座は日持ちのする物を作っておいたのです。(『朝日新聞』1999年9月28日朝刊18面「和食をたのしむ」日本料理店料理長・野崎洋光さん)※うーん、いくつかゲットしておきたいなぁ。よし、自分流のレシピを作ろうっと。ところで、これって「じょうびさい」って読むんでしょうね。

 

■990053 片仮名語弱者

 

 デイケア、バリアフリー、コンセプト──。役所の広報誌などにあふれている片仮名語について、「片仮名語弱者」といわれる高齢者はもちろん役所の職員も七割の人が「わからないことがある」と感じ、説明の添付や日本語への言い換えを希望していることが、陣内(じんのうち)正敬・関西学院大教授(言語学)の調査でわかった。

(中略)

 陣内教授は「片仮名語を勉強すべきだと考えている高齢者が予想外に多く、積極的な姿勢も感じられた。片仮名語は世の中を理解するかぎになりつつあるが、福祉や医療では配慮が必要だ」と指摘している。(『朝日新聞』1999年9月3日夕刊14面)※かっこ内のルビは原文では横ルビ。

※ボクの『ワードウオッチング』p.275にも「行政側は老人福祉問題について、欧米に範を求めて、やたらとカタカナ言葉で推進しようとする。当事者が理解できないような言葉で、さあいらっしゃい、サービスをやっていますよ、とやることにどういう意味があるのだろう。『全国の乳幼児諸君の健全発育、健康増進に効能を発揮する粉乳、新発売!』と赤ん坊に向かって言うようなものだ。」と書いた。

 

■990054 真っスラ

 

 四回、先頭打者でカウントは1─2。直球が自然に曲がる「真っスラ」が来た。(『朝日新聞』1999年9月9日朝刊21面、宇野彰一記者)

 

■990055 プチ家出

 

 気軽に無断外泊して家に戻らない子どもたちが増えている。数日から一週間ほど家をあける「プチ家出」と呼ばれる現象だ。中高生などの間に無視できない勢いで広がっている。気に入らないことがあると家を飛び出し、友だちの家などを転々として戻らない。親も「携帯電話で連絡は取れるから」と、大して心配しないことが多い。しかし気軽な逃避行の先には、時として大きな落とし穴が待ち受けている。夏休み後で遊び癖が抜けていない九月は要注意だ。(『朝日新聞』1999年9月14日朝刊19面、吉沢範英記者)※10月号で阿部新さんが寄せてくださった情報の大阪本社版の原文です。危険がいっぱい。でも、親の対応が不可思議です。帰って来たら「あ、おかえり」だそうです。

 

■990056 リターナブル瓶

 

 食品や調味料、清涼飲料の容器は、まだまだ使い捨てが主流だ。そこへ、洗って再使用できる「リターナブル瓶」を使おうという動きが広がり出した。(中略)

 業界団体の日本ガラスびん協会も、リターナブル瓶の統一企画を決め「R」マークを刻印している。

 五月には大阪で「Rびんプロジェクト」が発足した。(『朝日新聞』1999年9月28日朝刊19面、斎藤利江子記者)※見出しは「R瓶 エコ広がる/リターナブルで再使用」。

 

 リターナブル瓶 ビールや一升瓶、牛乳瓶が代表選手。回収し洗浄し再び店頭に並ぶ。ビール瓶の場合、二十回近く再使用できるといわれる。回収率は、保証金制度が確立しているビール瓶は九九%、一升瓶は八八%。新瓶生産のうちリターナブル瓶は約二割。八割は使い捨てのワンウエー瓶が占めている。ドイツではデポジット(預かり金制度)を併用したリターナブル瓶が飲料容器の主流となっている。(『朝日新聞』1999年9月28日朝刊19面)


気が付いたけとば

よしぼん命さんから(19991002)

「気がついたけとば」にあった「やめて よしこ〜」の歌詞ですが、小学生のころ(昭和40年代)に友だちが歌っていたのは次のようなものでした。

 

  やめて よして

  さわらないで

  垢が つくから

  あなたって エッチね

  ダブルエッチね

 

何だか書いていて情けなくなるようなしろものですが、言語事実ですから仕方がありません。

よしぼん命さんから(19991007)

「やめて よしこ」の続報です。

家内にきいたところ、彼女の小学生のころは次のような歌詞だったとのことです(東京都荒川区。ちなみにわたくしは豊島区)。

 

  やめて よして

  さわらないで

  垢が つくから

  あなたなんか きらいよ

  顔も 見たくない

 

子どもというのは時としてとりつく島もないことを平気で言ってのけるものですね。

 

かつての女子高生さんから(19991005)

 お嬢さんが歌っておられた替え歌、わたしも高校の時など、男の子に冗談で

「やめて よして さわらないで あかがつくから

あなたなんか 嫌いよ 顔も見たくない ふんっ」

とやってました。なんか、男の子にえらそうに肩とか触られたときなどにそこに自分の手を持っていって、「菌」を取るようにさっさっとはたき「顔も見たくない ふんっ」のところで、手の平からその「菌」を吹き飛ばす、という動作つきで。(最後の「ふんっ」の時に、思いっきり横をぷいっと向いていたような気もします。)

 いまでもあるんですねえ!

 

しのぶちゃんさんから(19991007)

ゴムとびの歌

「ごんべさんの赤ちゃん」のメロディーで

  岸、岸、岸、岸恵子

  あんよがないのは 長谷川一夫

  今日は京都で京マチ子

  三人そろって 左(右)

 

 「岸恵子しよー」と言って誘い合いました。

 

あこさんから(19991006)

「〜んだけど〜。」

最近テレビを見ていて気になった若者言葉について報告します。

「〜んだけど〜。」という言葉づかいのことです。

例*

A:「あそこのレストラン有名だよね〜」

B:「うんうん、知ってる、行ったことある〜?」

A:「うん、っていうかあそこ、超混んでるんだけど〜。」

B:「そうなんだぁ〜、あっ、ねーねー、あの服見てよ、

   まじでかわいいんだけど〜。」

A:「ほんとだ〜。ちょっとよってく?」

というように、文末に「〜だけど〜。」と持ってくるのがちょっと広がっているようです。(多分東京のほうで)

「〜だけど〜」とくると、私は、「で、その後に何がくるんや!?」と思って、ちょっとひっかかります。

 

よしぼん命さんから(19991007)

我が家の浴槽のふたにある注意書きが前から気になっています。

  「手をつかないで! ふたが倒れます」

この注意書き、ふたが浴槽の上に水平に置かれている状態に関してのものだと思いますが、だとすると「倒れる」は違和感があります。「はずれる」ならば自然なのに、なぜあえて「倒れる」を使ったのか、想像するに、つぎのような事情が考えられます。つまり、手をついて、ふたが耐えうる重量以上に負荷がかかった際に生じる現象−ふたが破損して、手を突っ込むなど−を過不足なく表現するのはいささか難しく、注意書きとしての性格上、簡潔な表現にまとめるため、やむなく「倒れる」に落ち着いたのでは、などと考えをめぐらせました。

 

ウウォッチングさんから(19991031)

「のの」

 「連体修飾節+の」という形をした表現に格助詞の「の」が続くことは理屈のうえではあってもおかしくないように思いますが、個人的には過去に実例に接した記憶はありません。ところが、最近インターネットで「〜のの理由」という言い回しを見かけたので検索してみたところ、類例がいくつか出てきました。

 

(出典)http://home.sprintmail.com/~akikopatterson/movie/movie_index.html

 私とあれっくすは、基本的に映画の好みがちょっと違います。ここで紹介した物は、おもにぱたが面白いと思った映画(好みが似ているあれっくすもたいてい賛成してくれる)ですが、そのほかにも、あれっくすがヒジョーに気に入ったのに、私はいまいちだった、というものも多々あり。【私がいまいちだった、というのの理由】には「英語がよく聞き取れんかった」というのもあるので、実際にその映画がつまらなかったのか、単に私の英語力が低いのか、というのはよく分かりません。

 

(出典)http://www.univinfo.net/milestone/bbs/678-1.html

 渡辺先生のコメントは厳しく、まだ素質だけで走ってるので、体の使い方もできてないので、長い目で見て欲しいようです。パラダイスヒルズは中京3才Sらしいですね。福永の話では,いい馬に乗せて貰ったと喜んでるらしいです。直線しか競馬、してないとの事でした。後、【布施恵が改姓したのの理由】は,まだ解りません。そういえば、真○さんと細○さんに、ここのアドレス教えといて下さいね>ジニル同志

 

(出典)http://square.millto.net/~tneko/diary/1999/03.html

 「何で好きなんだ?って聞かれたなら、多分答に困るけど。どこが素敵なの?って聞かれたなら、彼の総てと答えるわ♪」この歌に心当たりのある人は、ずいぶん古いヲタクかもしれない(笑)ってゆーのは、ともかくとして…らぶらぶものを書いてる限りかならず突き当たると思われる問題、「この人は、この人のどこを好きになったのか?」これに対する端的な答だよね(笑)現実のほうはそれで十分。【誰かが好きとゆーのの理由】なんて、あとからつけたいよーにつければいい。

 

(出典)http://www2s.biglobe.ne.jp/~pera/gamerv/review48.html

 【何故、他のゲームとこうも違うかなーってのの理由】としては、自機の当たり判定がそこそこ大きいことと、敵の弾が少ないけど速いって辺りではないか、と思います。

 

(出典)http://www.geocities.com/Tokyo/Ginza/8960/s_dia9902.html

 昨日の帰宅道で寄った復活書房での収穫、「ブラック・ローズ」を読む。そうか、この作品、どこか味が菊池秀行に似てるんだ。だから好きって訳でもないのだろうが、私が気に入ってる気風というか、【そんなのの理由】が判った気のした一瞬でした。超越自我による狂気(溢れる程の強化により気は凶化し狂化する、みたいな)、そしてそれと裏表に存在する温かい感情の部分。二つの共存。そんなヒーロー像、とでも言うのですかね。

 

 こうした言い方は特定の地域または世代においては普通に使われているものなのでしょうか? 「それは私のです」という不完全な言い方をしないで「それは私ののです」などのようにきちんと表現する方言があるようですが、それとの相関の可能性が念頭に浮かんだりもしますが、もちろん単なる憶測に過ぎません。

 なお、次のようにミスタイプと見られる「のの」の例もありましたが、上掲の諸例についてはそうした可能性はなさそうです。

 

(出典)http://www1.doc-net.or.jp/~osk/seisaku/know2.htm

 その他、連盟辞退または、【不参加のの理由】として、(中略)などの意見が寄せられました。

 

(出典)http://www2.sanmedia.or.jp/katube/katube/katube4.html

 他工区での農地の販売が芳しくないのと農業事情の変化に伴う減反政策などのため、工業用地へ転用を考える向きもありますが同様に【塩害・水利などのの理由】から製薬・食品・精密機器工業などの有望企業の進出も見込めず売れ残りの問題が生じると考えられます。


けとば言うたろカード

北村雅則さんから(19991018)

「今土中朝」(こんどちゅうちょう)

 これは、名古屋にある「アサヒドーカメラ」という店のCMに使われているコピーです。これは「今週土曜日の中日新聞の朝刊(に広告が載るから見ろ!)」という意味です。

 CMでは「今土中朝」を連発していて、イヤでも覚えてしまいます。

 「今土中朝」は名古屋では、知らない人がいないのではと思えるほど、広まっています。今度、「おぴにおん」などで、地元の名(迷)CM自慢を特集してみてはいかがですか?

※「こんどちゅうちょう」のアクセントはどうですか?

北村さんからの回答(19991019)

「こんどちゅうちょう」のことですが、歌といったらよいのか、独特の節回しで連呼しているので、アクセントは分かりません。

  ついでに申しておきますと、「こんどちゅうちょう」の前のCMは「今金中夕」(こんきんちゅうゆう)でした。これも、今週金曜の中日新聞の夕刊を見ろ!ということなのですが、こちらは完全に歌でした。

 

北村雅則さんから(19991036)

日本シリーズ

 さて、ただいま、日本シリーズ真っ盛りですが、この「日本シリーズ」は、「ニホンシリーズ」?「ニッポンシリーズ」?どちらでしょうか。ぼくはずっと「ニホンシリーズ」だと思っていたのですが、今年になって、ニュースで「ニッポンシリーズ」と言っているので、違和感を覚えます。よろしければ、けとば珍聞11月号で、読者のみなさんに聞いてもらえませんか?日本をニホンと読むか、

ニッポンと読むかは、意外と難しい問題ですが、例えばバレーボールやサッカーの応援では、ニッポンと言ってますね。でも、『日本書紀』をニッポンショキと言う人はまずいないと思います。

 日本をニホンと読むかニッポンと読むかは、ある意味で、ら抜き言葉のように、地域や個人に根付いているのかもしれません。そんな深いことを考えつつ、やはり、ニホンシリーズの方が言いやすいと勝手に思っている私なのでした。(めざましテレビの今日のわんこ風に)

※ボクもずうっと「ニホンシリーズ」と言っています。

 岡島さんの「ことば会議室」でも話題になっています。

 

ウウォッチングさんから(19991001)

「メールを投げる」へのレス

 英語圏で 'throw an e-mail' と表現する慣用があるとすれば、「メールを投げる」はその翻訳である可能性がありそうです。

(出典)http://www.netlife.fi/users/prodigy.site/

If you've got something to say to me, throw an e-mail to prodigy.site@netlife.fi.

(出典)http://www.thedvdline.com/aboutme.htm

If you have any feedback for me about the site, please throw an e-mail my way telling me what I am doing right or wrong.

(出典)http://www.zdnet.com/pcweek/stories/printme/0,4235,1013896,00.html

A short time later, Boies threw an e-mail onto the courtroom monitors.

 日本語の感覚では電子メールは‘投げる’ものには入らないと思いますが、英語では‘私のほうにメールを投げてください’などと言っていることからして、ボールか何かを相手に向かって投げるイメージで捉えているのでしょう。英語の一般的感覚にどれだけ合致するものか私には分かりませんが。ちなみに、上の用例を探しているうちに、'e-mail snowball fight(電子メール雪合戦)' なる電子メール版の幸福の手紙の実例がたくさん見つかりました。

※参考ページ→「けとば珍聞」99年10月号むささびとびのしんの身辺雑記9月9日


雑感

結婚式

 

かるがもまちこ

 

 それは、一本の電話から始まった。

「真知子姉ちゃん、披露宴で公章君と文章君にウエディングドレスの裾持ちとエンジェルサービスをしてもらえへん?」と愛媛県に住むわたしの姪から電話があった。「やったー。」ドレスの裾持ちを息子たちができる。これは、姪の結婚を知らされた時からのわたしの夢だった。うれしいねと夫と共に喜んだ。が、夢の実現までにいくつかの関門があった。最初の関門は、息子たちがOKするかどうかだ。ドレスの裾持ちは、わたしの夢であって、息子たちの夢ではない。なかなか頑固な息子たちである。二人が揃っている時に話をしてどちらかが「いや」と言えば、この話は、断ち切れてしまう。

 数日間わたしは、考えた。そして、夜、昔話を聞かせるようにお布団の中で二人に話した。「香代姉ちゃんが生まれた時、ママちゃんは、高校生だったよ。ママちゃんは、赤ちゃんが大好きだったからほんとにうれしかった。ママちゃんの高校は、洋子おばちゃんのお家の近くだったから、赤ちゃんだった香代姉ちゃんをおんぶして自転車で山田のおじいちゃんの家まで連れて帰ったこともあったよ。うんと遠かったけど、香代姉ちゃんと遊びたかったから、おんぶは、しんどくなかったよ。みんなで大事に育てたんだ。香代姉ちゃんが結婚するの、ものすごくうれしいよ。」と。

 次の日、保育所に二男を迎えに行った帰り道で、

「ぶんぶん、香代姉ちゃんのこと好き?」「うん、好きだよ。」「あのね、香代姉ちゃんがぶんぶんに結婚式でドレスの裾持ちとお花を渡すのをしてほしいんだって。ぶんぶんどうする?」「ええっ。ぶんぶんそんなんはずかしいよ。でも、ぶんぶんする。」とのこと。

 次は長男だ。またまた何日か経って、寝る前に「お兄ちゃん、香代姉ちゃんのこと好き? 香代姉ちゃんが結婚式の時にぶんぶんとお兄ちゃんにドレスの裾持ちと花束を渡すのをしてほしいんだって。花束渡したら、ぼくらもプレゼントもらえるんだって。ぶんぶんは、はずかしいけど、するって。お兄ちゃんどうする?」と聞くと、「そりゃぼくだってぶんぶんとおんなじ。はずかしいよ。けど、ぼくもする。」と言ってくれた。

 第一関門突破。次なる関門は、二人とも元気に参加できるかどうかだった。

 結婚式の4日前。長男が風邪を引いて熱を出した。

 朝から37.6度もあった。夕方高熱を出すかもしれない。前日から夫は、東京に出張中。

次の日はわたしのバス遠足。遠足前日に仕事を休む訳にはいかない。二女は、「わたしが学校休もうか?」と言ってくれた。まさかそれはできない。仕方がない。かわいそうだが長男に数時間独りで居てもらうことにした。いつもだと「ぶんぶんも保育所休む。」と言う二男だが、緊迫感が伝わったのか、さっと用意して保育所に行ってくれた。職場で管理職や同僚にクラスのことを頼んで、子どもたちの顔を見て、遠足についての最終打ち合わせをして2時間後、帰宅した。

 朝のうちにかかりつけのクリニックで診てもらった。「風邪です。喉が真っ赤。熱が上がるでしょう。」とのこと。「田舎で結婚式があるんです。大丈夫でしょうか?」とたずねると、「風邪引いたまま行くしかないですね。お薬をいっぱい持って。」とのこと。

 夕方から長男は、高熱を出した。幸い喘息は、伴わなかったが。わたしの頭の中は、結婚式までに熱が下がりますようにとそればかりだった。その夜、夫が帰って来た。

 次の日、夫が仕事を休んだ。長男の熱は上がったり、下がったり。朝まだ微熱が残っている。夕方また高熱を出すかもしれない。が、わたしは、長男を夫に任せて遠足の引率をした。夫は、二男も用心のために保育所を休ませた。夜になって、また長男の熱が上がった。

 朝になると、やっと熱は下がったが、再度クリニックで診てもらった。喉はまだ少し赤かった。もう熱を出しませんようにと祈りながら、結婚式を2日後に控えていたので、理髪店に行った。帰宅後すぐに休ませた。その夜は、平熱に戻っていた。

 結婚式前日、新幹線に乗って、愛媛に出発した。カバンの中には、体温計、お薬、熱さましのシートなどをどっさり詰め込んで。

 わたしの実家に着くと、長姉夫婦が居た。そして、居間のテーブルには、ごちそうがどんどん並べられていった。姪とその夫となる人もやって来た。埼玉からわたしの弟と甥も帰っていた。実家近くに住んでいる次姉もごちそうを運んでやって来た。姪のフィアンセは、次から次へと人が集まってくるのに驚いていた。わたしは、4人姉弟の3番目。それぞれの家族が集まると大変な数になる。本当に賑やかで楽しい宴だった。

 いよいよ結婚式当日。少し早めに女性陣が結婚式会場の美容院に行った。車で送ってくれたのは、なんと花嫁の姪だった。車の中で姪は、わたしたちが大阪に帰る時のタクシーの予約の話をした。後から会場に行く男性陣の車の手配までしていた。

 2時間程経って、白無垢姿の姪と対面した。きれいだった。何枚か記念写真を撮って、次に姪は帰りのタクシーチケットをみんなに配り始めた。なんという心遣いの花嫁だろうと驚いた。姪は、一人娘なので、長姉夫婦は、さぞかし寂しいだろうと思っていたのに、控え室で涙の旅立ちをすることだろうと思っていたのに。長姉夫婦は、とにかく嬉しくてたまらないといった感じであった。

 義兄は、二男のことを2歳くらいまで、女の子と思っていたようだ。帰省した時に何度か会ってはいたが、二男の風貌(その頃おかっぱ頭だった)で女の子と思いこんでいたようだ。「まっちゃん(わたしのこと)、ぶんしょうやいう女の子でどんな字かくんぞね。」とわたしに聞いたことがある。横から、あわてた長姉が「男の子じゃね。」と言うと、「ああ、ほうかね。男の子だったんかね。」とびっくりしていた。だから、緊張が伴う結婚式の親族紹介で、息子たちの名前をちゃんと言ってくれるかなあとわたしは、少々心配していた。義兄は、「公章君、文章君です。」と紹介してくれた。ほっと一安心。二人ともちゃんと初対面の挨拶をすることができた。

 披露宴が始まった。長男は、落ち着かないらしく、「おかあさん、もうすぐかなあ。」と何度もたずねるし、二男は、「おかあさん。プレゼントって何をくれるんかなあ。」とそればかりが気になるみたいだった。わたしはといえば、胸がいっぱいで、涙が出てどうしようもない。

 2度目のお色直し。いよいよ息子たちの出番だ。係の人の誘導で、息子たちが会場から出て行った。間もなく、真っ暗な会場で、スポットライトを浴びた扉が開かれると、白いウエディングドレス姿の姪とその夫が照らし出され、後ろからドレスの裾を持った息子たちが入場してきた。ああ素敵だ。姪は、こんなにも美しい女性だったんだ。そして、息子たちの堂々としたかわいい姿。わたしの人生の中での大きな、大きな喜びのイベント、姪の結婚式。夢がかなった。本当に嬉しい。

 帰りの新幹線の中での息子たちは、花束を贈った時にもらったおもちゃのことで頭がいっぱいだったようだ。わたしと夫は、結婚式の感激でいっぱいだったのに……。

※関連「むささびとびのしんの身辺雑記」から(1999年10月12日)「結婚式参列」