『国文学 解釈と鑑賞』2005年1月号
外国語と外来語──流行曲に見る──
小矢野哲夫
はじめに
外来語の言い換え提案が検討されている昨今だが、一口に「外来語」と言っても、日本語の中にすっかり定着して、もはや言い換えようのないものから、まだ定着していないが、かといって、適当な言い換えも見つからないものまで、さまざまである。また、国際化社会という言葉も言い古された感があるが、外国語も、日々の努力の教育成果が目に見えてあがっているとは考えにくい現状がある。こういった外来語と外国語を流行曲の題名や歌詞の中に見て、それがどのような意義を持っているのかを考えてみようとするのが本稿の目的である。
一 外来語と外国語の定義
まず外来語と日本語の中における外国語について定義しておく。
外来語は、よく知られているように、日本語以外の外国語(漢語を除く)から借用した語や句や文で、通常、カタカナで表記される。初期には当て漢字をしたものも見られる。ただし、「タバコ」はひらがなで書かれることもあり、日本語の語彙の中にすっかり根付いている。句レベルの外来語は語に比べると極端に少ない。「ゴーイング・マイ・ウエイ」や「マイ・ホーム」などは、英語において句として扱われるものであり、日本語においては、語と同等の振る舞いを見せる。また、根付いてはいないが、ある程度知られている「ベサメムーチョ」や「チェキ」といった文レベルのものもある。
ついで外国語は、特にローマ字で、原語のつづりで表記される語、句、文である。発音も、原語と同等に行われる。日本語の中で使われてはいるが、文全体の流れの中で前後の日本語文と必ずしも整合性を保っているわけではない。
二 流行曲と資料
歌が流行するというのは、多くの人々に歌われるということであり、現代ではオリコンのヒットチャートで上位にランキングされるものが流行曲として認定されると言えるだろう。筆者が子どものころ、今から四〇年以上前には、流行歌と呼んでいた。一つの歌が数年にわたって歌われ続けるということが当たり前であった。ラジオやテレビの歌謡番組が人気で、歌謡曲ということばも生まれた。毎年、大晦日の夜にNHKで放送された紅白歌合戦は、その年の流行歌と呼べるものの総決算的な番組である。一〇年もたつと忘れられる歌謡曲もあるが、時を隔てて蘇ったり、また、息長く口ずさまれている歌もある。いわゆる懐メロである。このような歌は、口ずさむ人々の思い出とともに生きていると言えるだろう。
本稿では次の資料を使用した。
『日本のうた 第1集 明治・大正』(二五三曲)、『同 第2集 昭和(一)初〜二〇年』(二九九曲)、『同 第3集 昭和(二)二一〜四〇年』(三一二曲)、『同 第4集 昭和(三)四〇〜五三年』(二九二曲)、『同 第5集 昭和(四)五三〜六三年』(二二三曲)(以上の五冊は一九九八年刊)、『同 第6集 平成一〜七年』(一七五曲)(一九九九年刊)、『同 第7集 平成八〜一二年』(一五四曲)(二〇〇一年刊)、『同 第8集 昭和初〜二〇〇〇年 補遺』(二八六曲)(二〇〇四年刊)。いずれも、野ばら社から刊行されている。
この資料から、曲名と歌詞を対象に外来語と外国語の使用をチェックした。
三 外来語と外国語の使用 明治・大正から一九四五(昭和二〇)年まで
明治・大正期の曲で題名に外来語が使われているものは、二五三曲中二二曲である。外国語の使用はない。外来語では、シューベルト、ブラームス、モーツァルトなどの人名、ポーランド、ワシントン、ダニューブ河などの国名・地名のほか、ストライキ、ハイカラ、ソング、メーデー、ペチカなどの普通名詞がある。歌詞の中にもこれらの語が使われているものもあるが、人名は子守歌の作曲者名を表している。ストライキ、ハイカラ、メーデーはこの時代を象徴する外来語として機能している。
一九二六(昭和元)年から一九四五(昭和二〇)年までの曲では、二九九曲中二五曲に外来語が使われている。外国語の使用はない。外来語では、モン・パリ、アラビアなどは異国情緒をかもしだしている。特筆すべき現象として、一九三七年以降、四五年までの間に、ブルースを題名に使った曲が五曲あることであり、以後、六五年までに七曲を数え、約三〇年にわたってブルースが好まれたことを示している。
歌詞の中の外来語(及び外来語を含む混種語。以下同じ)を拾ってみよう。「お菓子と娘」(一九二七)には、巴里娘、ボンジュール、エクレール、ラ・マルチーヌが歌われている。あこがれの欧州、花の都パリといった雰囲気を示唆している。「当世銀座節」(一九二八)には、セーラーズボン、イートン断髪(クロップ)、スネークウッド、スター、キネマ女優、ネグリ、ナルディ、スワンソン、バット(タバコの銘柄)、リキュール、チップなど、当時のモガ(モダンガールの略)の風俗を風刺するタッチで外来語が使われている。「洒落男」(一九二九)には、モボ(モダンボーイの略)、スタイル、青シャツ、ネクタイ、山高シャッポ、ロイド眼鏡、セーラ、ズボン、ボッブヘアー、カフェー、カクテル、ウヰスキーなどの語が歌い込まれている。「東京行進曲」(一九二九)には、ジャズ、リキュル、ダンサー、丸ビル、ラッシュアワー、バス、ストップ、シネマ、デパートなどがあり、この当時の若い男女の切ない恋心を歌っている。これらの外来語は、基本的には名詞であり、文の骨組みとして事態を描く重要な位置にある。「洒落男」の一節「そもそもその時のスタイル/青シャツに真赤なネクタイ/山高シャッポにロイド眼鏡/ダブダブなセーラのズボン」は、全一二文節中外来語を含む文節が半分以上の七文節を占めている。
特異なものとして、「ザッツ・オーケー」を挙げておこう。これは一九三〇年の曲である。ザッツ・オーケーは語というより文と言うべきものだが、これが題名に使われ、さらに歌の中でも繰り返し使われている。さらに、資料の歌詞には「OK OK ザッツOK」と表記されている。「OK」を外国語とみなすべきかどうか、判断が難しい。
太平洋戦争の戦時下では、ボタン(若鷲の歌)、乾パン、消灯ラッパ(可愛いスウチャン)、ハンカチ、マスト(ダンチョネ節)、ジャスミン、パパヤ、ジャングル、チャンテ、ドリアン(シャンラン節)、ツンドラ(海を征く歌)、インキ(青い牧場)、ラジオ体操(お山の杉の子)、エンジン、大アジア(加藤隼戦闘隊)、バナナ、インド洋(轟沈)、ハンカチ、デッキ、マスト(ラバウル小唄)などの外来語が見られるが、和語や漢語には言い換えようのない語である。
四 外来語と外国語の使用 一九四六(昭和二一)年から一九八八(昭和六三)年
一九四六(昭和二一)年から一九六四(昭和四〇)年までの曲で題名、歌詞ともに外国語は使われていない。
外来語が題名に使われているのは三一二曲中五二曲で、かなり増えている。また、前節で見た時期に比べて語彙数はかなり多くなっている。シャンソン、タンゴ、ワルツ、エレジー、パイプ、マドロス、アベック、ブラウス、サンダル、など。日本に入ってきた文物、風俗が世相を象徴する言葉として歌の中で使われている。
前の時期に現れたブルースは戦後も流行した。この中で、(ダンス)ホール、エトランゼ(夜霧のブルース)、グラス、キャバレー(玄海ブルース)、ドレス、ナイト・クラブ(赤と黒のブルース)、ルージュ、ルビー、ガラス玉(東京ブルース)、ネオン、ジャズ(男のブルース)など、ブルースに歌われる情景を演出する場所、衣服、装飾品などに外来語が使われている。
エレジーは、挽歌、哀歌、悲歌などと訳される。ギター(湯の町エレジー)、マドロス、グラス(玄海エレジー)、レヴュー、スター、マフラー、ドレス(石狩エレジー)、ネオン(数寄屋橋エレジー)などの外来語が使われているが、結ばれぬ恋の主人公、かなわぬ思いを伝える楽器、夜の町を象徴する電飾といった内容を持っている。
文レベルの外来語として、「星影の小径」(一九五一)でアイ・ラブ・ユーが使われている。歌詞の中の主語の人物の発話として使われているのだが、文の骨組みを構成する名詞とは異なる働きを持っている。
外国語が題名に使われた最初のころのものとして、資料では「S・O・S」(一九七六)と「UFO」(一九七七)が指摘できる。(注)いずれも阿久悠の作詞で、ピンク・レディーが歌っている。その後、「YOUNG MAN」(一九七九)、「ハッとして!Good」(一九八〇)、「すみれSeptember Love」(一九八二)、「SWEET MEMORIES」(一九八三)などと続き、一般的になってくる。
外国語が歌詞に使われた最初のころのものとして、資料では「時間よ止まれ」(一九七八)の中の「Ah PACIFIC」「STOP THE WORLD」、「チャンピオン」(一九七八)の中の「You’re King of Kings」、「ガンダーラ」(一九七八)の中の「In Gandhara,Gandhara They say it was in India Gandhara,Gandhara」がある。このころから、英語の文を英語の発音で歌う歌が目立つようになったと感じられる。「ビューティフル・ネーム」(一九七九)にも、かなり長い英文が挿入されている。「ガンダーラ」「ビューティフル・ネーム」「銀河鉄道999」(一九七九)はいずれも奈良橋陽子が作詞に関わっており、ゴダイゴが歌っている。
歌の中に外国語が出てくるとき、単語レベルであれば意味の伝達・理解はほぼ達成されているとみることができる。しかし、文、しかも、かなり長い文になると、聞き手の内容理解を前提としているとは考えにくい。限定的な聞き手を想定して歌詞が作られ、歌われているのであろうか。
「恋に落ちて」(一九八五)は歌詞の半分以上が英文である。これは、昭和の中では際だって外国語の多い歌である。聞き手は歌詞の内容をどれだけ理解しているのだろうか。また、歌うときにどれだけ英語らしく歌っているのだろうか。作詞家が英文に託したメッセージ、歌手が歌の中で英語で歌うとき、どんなメッセージを託しているのだろうか。
同じく外国語の使用が多い曲として「CHA─CHA─CHA」(一九八八)があるが、英語の間に「気分」という語が挿入され、チャチャチャのリズムで歌われる。半分以上が外国語である。外来語もセクシー・ギャル、スパイシー・ギャル、ウイークエンド、ファンキー・ナイト、エクスタシー、ルージュ、ファンタジーなどが使われていて、和語・漢語の異なり語数が「気分」を除くと一六で、少ないという印象を与える歌である。
外来語の使用に目を転じると、「なんてったってアイドル」(一九八五)には、アイドル、コンバーチブル、ドア、ミニ、スカート、サングラス、プライバシー、スキャンダル、ノーサンキュー、イメージ、タイプ、ミュージシャン、レポーター、インタビュー、ノーコメント、マネージャーと、一六の外来語が使われている。しかも、「アイドル」が二〇回出てくる。
五 外来語と外国語の使用 一九八九(平成元)年から二〇〇〇年
一八八九(平成一)年から一九九五(平成七)年までの一七五曲のうち、題名に外来語を含むものが一五曲、外国語を含むものが一八曲で、かなり多いという印象がある。特に九四、九五の二年間では外国語を含むものが七曲と目立つ。
面白いことに、題名は英語だが、歌詞には外来語も外国語も使われていない曲がある(「TRUE LOVE」一九九三)。また、題名は英語だが歌詞の中では外来語という例もある(「Diamonds」一九八九)。
題名が和語と外国語の組み合わせの例もある(「今すぐKiss Me」一九九〇)。この曲では「ブレーキは No Thank You」のように、文の述語として外国語を使っている。「No Thank You」が外国語として表記されているけれども、外来語並みの扱いができると思われる。
一九九六年から二〇〇〇年までの一五四曲のうち、題名に外来語を含むものが一六曲、外国語を含むものが三一曲で、どんどん増えている。このうち、「LOVEマシーン」のような外国語と外来語の複合語はどちらにも数えている。「LOVE」は表記がローマ字だが、日常的な表記のレベルではカタカナに相当するものと考えてもよいかもしれないほど定着していると考えられる。
外来語で興味深いことは、韓国語がカタカナで表記されて歌われていることである。「珍島(チンド)物語」(一九九六)の中の「カムサハムニダ」である。
外国語の使用では、日本語と英語が意味的につながって歌われる歌がある。「Forever Love」(一九九六、YOSHIKI作詞)である。この中で、「変わらない愛があるなら」という条件節のあとに続けて、「Will you hold my heart」と受けている。これは、日本語と英語で構成された複文であると言えよう。日本の流行曲によく見られる、歌詞の中でキーワードになる英語の語や句を挿入してリズムを整えたりくり返したりする手法と違って、もはや命題及びモダリティで構成される文の中に外国語が使われていると言えるだろう。
題名に外国語が使われていても歌詞に外来語や外国語が使われないケースもある。「Boys & Girls」(一九九九)、「SEASONS」(二〇〇〇)はいずれも浜崎あゆみの作詞である。この歌の歌詞には外来語も外国語も使われていない。浜崎は歌詞に託したメッセージを正確に聞き手に伝えるために、意識的に外来語や外国語を使うことを使わないのだというようなことを聞いたことがある。これは一つの見識であろう。
これとは対照的に、「Automatic」(一九九九)、「First Love」(一九九九)はUtada Hikaruの作詞作曲であるが、歌詞には外来語と外国語の文が織り交ぜてある。Utadaはアメリカで育っており、英語はネイティブである。「First Love」には「最後のキスは タバコのflavorがした」という一節がある。外来語と外国語が混在しており、外国語の語が文の構成要素となっている。
伊藤(二〇〇三)は、ポップス系流行歌で外来語や外国語が多用される理由として、「レトリックの技法として確立していること」を指摘し、多用の心理を「西洋文明に対するあこがれとコンプレックスが存在している」ことに見、「西洋文明のもつイメージを歌詞に取り込むことができる」と指摘している。
ポップス系の流行曲は特に若い人たちに支持されていると考えられる。三〇年前の若者も現在の若者も、その時々のポップス系の流行歌の中の外来語や外国語を口にすることで、非日常の世界に身を置く時間を持つのだとも言えるだろう。しかしながら、演歌系の流行曲では基本的に外来語が抑制され、外国語の使用は避けられると考えられる。作詞家が若者ではないにしても、演ドル(演歌のアイドル)と呼ばれるような歌手は年齢的には若者の部類に入り、彼らの口から外来語を使わない世界が歌われるという状況も共存しているのである。聞き手に若者がどれくらいいるのか分からないが、常識的に考えて、中高年の人が聞き手なのだろう。外来語や外国語を多用する流行曲とそうではない流行曲とでは、ファン層が年齢的に二分されていると言えるだろう。中高年層も若いころにはポップス系を好んでいて、加齢にともなって嗜好が演歌系に変わるということもあるのかもしれない。
ただ、外来語に関していえば、冒頭にも言及したように、日本語の中にすっかり定着したものから、まだ定着していないものまであるのが現状だから、「西洋文明に対するあこがれとコンプレックス」が流行曲の中でどう位置づけられるのか、歌詞の内容面の、より詳細な分析が待たれる。
それはともかくとして、近年、外国語、特に英語が文として歌の中に使用される状況がかなり目立ち、ヒットしていることから考えると、聞き手の中に英語に対する抵抗感が徐々に薄れているのではないかと考えられる。ただし、抵抗感が薄れるということと、英語に対するコンプレックスが薄れるということは必ずしも同じではない。流行曲はあくまでも日本語が主体の「日英混交テキスト」(伊藤)であり、英語だけ、外国語だけの歌は「日本のうた」には収録されないのである。
おわりに
流行曲は言うまでもなく歌詞があり曲がついていて、曲に乗せて歌詞が歌われるものである。曲にはリズムやテンポがある。これに合わせて歌詞が歌われるのである。鼻歌を歌うときは、歌詞よりも曲が強く残っている。題名や歌詞は忘れても曲は忘れない。こういうとき、歌詞は流行曲においてどんな意義があるのだろうか。そして歌詞の中の語が和語、漢語、外来語、外国語などであることがどんな意義を持つのだろうか。歌詞に託されたメッセージの重みと使用語種との関係はどう理解すればいいのだろうか。「強く抱いて」と和語で表現すると気恥ずかしさを感じるが、「Hold me tight」と言っても実感がわかない。外国語を使うことがメッセージの空洞化につながってはいないだろうか。こういったさまざまな疑問があるが、どれも解決できないままになった。本稿をきっかけにして流行曲をテクストと語彙との関係の中で考えてみたい。
注 伊藤(二〇〇三)によると、松任谷由実のオリジナルアルバムで外国語が使用されたのは二枚目の「MISSLIM」(一九七四)だが、このアルバムに収録された一〇曲の題名には外国語は使用されていない。題名に外国語が使用されるのは三枚目のアルバム「COBALT HOUR」(一九七五)に収録された「COBALT HOUR」と「CHINESE SOUP」である。
参考文献
伊藤雅光(二〇〇三)「歌謡曲の中の外来語・外国語」『日本語学』七月号
(こやの・てつお 大阪外国語大学教授)