「に格」をとる形容詞文について

 

小矢野哲夫

 

はじめに

 形容詞(所謂形容動詞も含む)を述語とする文─以下「形容詞文」と称する─にはどんなものがあるか問われて,すぐに頭に浮かぶのは,「空ハ青イ。」「富士山ハ高イ。」「桜ノ花ハ美シイ。」などの一項述語文や,「私ハ母が恋シイ。」「私ハ故郷ガナツカシイ。」「太郎君ハ花子サンガ好キダ。」などの二項述語文や,「象ハ鼻ガ長イ。」「日本人ハ髪ノ毛が黒イ。「彼女ハ気立テガヤサシイ。」などの,所謂総主文,二重主語文などであろう。そして,これらの形容詞文は外国人のための日本語教科書では,ほとんど取り上げられている形式であろう。

 ところが,形容詞文はもちろんこれだけの形式ではない。本稿で扱おうとする「山田先生ハ生徒ニ優シイ。」「田中サンハ仕事ニ厳シイ。」など,「に格」名詞句をとる形容詞文も,特徴的なグループを作っている。これらの形容詞文は,筆者の印象では,外国人のための日本語教科書では,それほど多くは取り上げられていないようである。このほか,「に格」をとる形容詞文らしく見える形式として,「日本ニハ温泉ガ多イ。」「アノ本屋ニハ専門書ガ少ナイ。」などの場所を表わす「ニ」や,「私ニハアノ映画ハ面白クナカッタ。」「コノ寮ハ私ニハ便利デス。」などの判断の基準となる人間を表わす「ニ」などがある。

 外国人のための日本語教育という観点から文型を指導する際に,外国語と日本語との対照による異同を教授者が心得ておくことは有益である。筆者自身は外国語の運用能力に乏しいけれども,耳学問で聞きかじった知識が役に立つことがあり,またその知識をもとにして日本語の指導方法を工夫することもある。たとえば,「アノ先生ハ生徒ニ優シイ。」の場合,モンゴル語では,(注1日本語の格助詞「ニ」にかなりの部分が対応する与位格の格語尾‘do’で表わされるので,さほど問題はないが,スペイン語では(注2「ニ」に相当する前置詞に‘a’,‘en’,‘con’,‘de’などがあり,ここでは「〜ニ対シテ」にあたる‘con’が用いられる。したがって,日本語の「ニ」とスペイン語の上記の前置詞との用法上の差を対比的に把握させるといった配慮が必要になる。また,ロシア語では(注3,人に対する態度が優しいという場合,「『親切デアル,柔カイ,愛想ガ良イ』といった語感を帯びており,意味的には若干のずれが感じられ」,「前置詞S(造格支配)が動作の対象を示し,与格支配とはならない」(注4など,意味的・統語的な問題点がある。

 このような対照研究は,もちろん,各国語におけるきっちりした格体系の記述をまって十全な結果が得られるわけであるが,日本語独自の立場で分析する際にも,日本語では区別しないが,ほかの言語では区別するとか,逆に,日本語には区別があるが,ほかの言語では区別がないといったことを念頭においておくと,日本語自体の研究も精緻なものになるし,日本語教育においても効果がもたらされるものと期待されるのである。本稿では個々の表現形式にわたって各言語と対照するという具体的な作業はとうてい手に負えるものではないのでとらないが,前述のことを念頭において検討を試みたい。

 

1.「に格」をとる形容詞文

 はじめにも述べたように,本稿で扱おうとする「に格」をとる形容詞文は,日本語の文法研究の中でも,それほど大々的に扱われてきたわけではない。たとえば動詞文については,格支配の観点から,述語動詞の表わす意味と,それに支配される名詞句との間の論理関係が,格助詞選択の組み合せの型として多様な文型を作り出す。ところが形容詞文の場合は,動詞文に比べて少数の格助詞の組み合せの型しかないために,表層的な統語構造のうえで明瞭な差として現われないということがあるので,形容詞と,それに支配される名詞句との間の論理関係が関心の対象になりにくいということが,形容詞文全般の格支配の記述作業が遅れた理由の一つだと考えられる。

 ところが,山田孝雄は早く『日本文法論』(1908)の中で,日本語の形容詞にも(英語などの形容詞とは違って),動詞と同様,補語を必要とするものがあり(比較をなすもの,場所に関するもの,難易をいうもの,同等または類似を示すもの),それを文法の中で説明しなければならない旨を指摘している(pp.852-5)。また『日本口語法講義』(1922)では,「動作の状態をいふ時にその対手とする目標を補格とする」(p.259)形容詞を補っている。山田以後,とくに「に格」をとる形容詞に正面から言及した論は少ないが,その中でも,佐久間鼎が『現代日本語法の研究』(1952)で「比較の基準としてのよりどころ」「影響を蒙り作用を受けるについてその由来・因由・出所」「『……として』の意昧」(pp.147-163)を認めており,鈴木重幸は『日本文法・形態論』(1972)で,連語論の観点から,格助詞「ニ」を介して結合される名詞と用言との意昧関係を詳しく分類しているが,この分類を受けて西尾寅弥が『形容詞の意味・用法の記述的研究』(1972)で,形容詞の意味的なグループの分類結果を示している。このほかに,石綿敏雄の「名詞・形容詞述語文の構造」(1975)は語彙・文法論的観点からの記述で,西尾(1972)に示された分類表を補う形で,日本語形容詞のValenzの表を示したものである。

 形容詞文を格支配の観点から分類する際,まず第一に,述語形容詞が基本的に何個の名詞句との間に論理的な関係を結ぶかという,論理項(arguments)の数が問題となり,ついで,その項がどんな格助詞で表示されるかが問題となる。この結果,述語形容詞は,論理項を一つだけとる一項述語と,二つとる二項述語とに分けられる。(注5

 つぎに,格助詞の表示については,現象文や判断文といった表面的なレベルではなく,それより深い基本的な構造のレベルにおいて考える。すると,一項述語はすべて「ガ」で表示される名詞句と共起するが,二項述語の形容詞は,格助詞選択の組み合せによっていくつかの型に分けられる。これを単純化して示すと,つぎのようになる。

 一項述語

  名詞+ガ 形容詞(属性形容詞)

 二項述語

  名詞+ガ 名詞+ガ 形容詞(痛イ,痒イ,コワイ,憎イ,悔シイなど)

  名詞+ガ 名詞+ガ/ヲ 形容詞(ホシイ,好キダなど)

  名詞+ガ 名詞+ニ 形容詞(後述)

  名詞+ガ 名詞+ニ/ガ 形容詞

  名詞+ガ 名詞+ニ/ト 形容詞

  名詞+ガ 名詞+ニ/ト/カラ 形容詞

  名詞+ガ 名詞+ト 形容詞(別ダ,逆ダ,親密ダ,親シイなど)

  名詞+ガ 名詞+デ 形容詞(イッパイダ,ギッシリダ,手一杯ダなど)

 本稿では,これらの二項述語の形容詞のうち,二番目の論理項が,格助詞「ニ」だけで表示される形容詞文の意味と用法について考える。その際,前記の西尾(1972)と石綿(1975)の分類を土台にして検討するという方法をとるが,両者は重なる部分と重ならない部分とがあるので,便宜上,西尾の分類にしたがうことにする。西尾は,本稿で対象とする形容詞について,「適・不適のよりどころ」「対人的な態度」「ものごとに対する態度」「対人的な感情」「能力の発揮される対象」(「相互的な属性の一方の項」「位置・方向関係の一方の項」「比較の基準」)などの仮りの名づけを与えているので,ここでもこれを仮りの見出しとして流用する。

 

1.1. 適・不適のよりどころ

 このグループの形容詞の基本的な構造は,「名詞+ガ 名詞+ニ 形容詞」である。西尾はここに「フサワシイ適当ダ適切ダ似合ワシイ,似ツカワシイ,ピッタリダ,カッコウダ,不向キダ,不似合イダ,不適当ダ」を配属し,石綿は上記下線部の語と「必要ダ,不必要ダ,イイ,ワルイ」を「N〔div〕が+N〔div〕に+A」のグループとしてまとめている。(注6この種の形容詞が表わす意味は,名詞の表わす内容(ヒト,モノ,コト)に関して,名詞の表わす内容(ヒト,モノ,コト)に照らして,またはそのものとして,適しているか適していないかということである。名詞と名詞は,石綿の指摘通り意味素性に関してはなるほど自由ではある。しかし,仮りに名詞の意味をおおざっぱに,ヒト,モノ,コトと分けたとして,どんな組み合せでも可能かと言えばそうではなく,二つの名詞の間には,用法上なんらかの意味的な制約がありそうである。

  1 コノ木ハ椅子ノ材料ニ適当デス。

  1’*椅子ノ材料ハコノ木ニ適当デス。

 この二つの文の文法性の違いは,つぎのように説明できる。1の「椅子ノ材料」は「椅子ノ材料トシテ」の意味で,基準を表わしている。すなわち,椅子の材料となりうる素材にはいろいろあって,「コノ木」もその一つであるという関係が表わされている。この関係を,「椅子ノ材料」という集合と「コノ木」という,その集合の一つの元というふうにとらえることができる。このような関係にある名詞と名詞を入れ替えてできた1’は,集合と元の関係を破っているために非文になるのである。つぎの文(2─6)にもこの関係が認められる。括弧内に,考えられる集合を記しておく。

  2 山田サンナラ,ウチノ一人娘ノ婿ニ申シ分ナイデスネ。(婿としての条件に適合する男)
  3 彼ノ態度ガ学生ニフサワシイトハ,ドウシテモ思エナイ。(学生に望まれる,あるべき姿)
  4 樫ノ木トイウノハ,木刀ニカッコウノ材料デスネ。(木刀を作る素材)
  5 山田君ハ,ドウ見タッテ,セールスニ不向キダヨ。(セールス活動に必要な資質)
  6 アナタ,ソノドレスハ今日ノパーティーニハ不似合イヨ。(パーティーの性質に合う服)

 ところが,つぎの文は少し違っている。

  7 コノ学生服ハ僕ノ身体ニピッタリダヨ。

 この文は,学生服のサイズと身体のサイズとの適合を述べているが,1─6のような,集合と元の関係としてはとらえにくく,二つの名詞「コノ学生服」と「僕ノ身体」とは,両者に共通の,「サイズ」という隠れた尺度を基準として,一対一で適合している関係を表わしていると考えるのがよさそうである。文1─6では「名詞+ニ」が,基準となる集合を表わしているが,文7ではそれが基準なのではなく,実際には,隠れた尺度が基準になっているわけである。この両者の違いは,1─6の「ニ」が「トシテ」という資格や用途を表わす語句に置き換えられるのに対して,7のそれは,それができないということと,名詞と名詞を入れ替えると,1は1’のように非文になったが,7は7’のように正しい文であるということに反映される。

  7’僕ノ身体ハコノ学生服ニピッタリダヨ。

 このような違いは,個々の形容詞において指定することもできるが,両方の用法をもつ形容詞もある。つぎの文の「フサワシイ」は,8が1の用法と,9が7の用法と対応している。

  8 アノ場合ノ処置ハ讐察官ニフサワシカッタ。
  9 ソノネクタイハコノ背広ニフサワシイデスネ。

 ところが,「フサワシイ」にはこのほかに,二つの名詞の意味的な組み合せにおいて,これらと異なる用法がある。すなわち,名詞が具体的事物で,名詞が人間の場合である。

  10 コノ服ハアナタニフサワシクナイ。
  11 コノ絵本ハ幼稚園児ニフサワシイ。

 この「ニ」は「ニトッテ」で置き換えられる点で上述の二用法と異なっている。

 最後に,石綿がこのグループに入れている「必要ダ,不必要ダ,イイ,ワルイ」について見ておこう。これらは,その意味に応じていくつかの用法をもっている。たとえば「必要ダ」と言う場合,

  12 彼ハ今,住宅資金ガ必要ダ。

と言えば本人が必要性を感じていることを表わし(注7)

  13 ノイローゼ患者ニハ転地ガ必要ダ。

と言えば,本人の気持にかかわらず,第三者が必要性を認めていることを表わしている。この場合,前者は,「彼女ハピアノガ弾ケル」「僕ハ『象ハ鼻ガ長イ』ガ一番面白カッタ」など,経験者格を要求する述語の類に入れることができ,後者は一応今問題にしているグループに入れてよいと思われる。13の「ニ」は「ニトッテ」「ノタメニ」いずれでも置き換えることができるが,14のように「コト名詞+ニ」となっても「ニ」が両方に解釈できる。

  14 体力ノ維持ニハ適度ノ運動ガ必要ダ。

 また,「イイ,ワルイ」については,「天気ガイイ/ワルイ」のように一項述語としての用法ももちろんあるが,二項述語としては,対人的な感惰(後述)を表わす「ソンナコトヲ言ッチャ、××君ニ悪イヨ」(この用法では「ヨイ」が使えない)と、「タバコノスイスギハ健康ニ悪イ」のような用法がある。前者の「ニ」は「ニ対シテ」で置き換えることができる点で,このグループとは全く質が異なるが,後者は,1314の「ニ」と同様,「ニトッテ」「ノタメニ」いずれとも置き換えが可能である。したがって,これら四つの形容詞は小グループを形成していると言える。「

 このように,このグループに属する形容詞は,個々に見てくると,「ニ」の表わす意味に差があることがわかるが,それは,この種の形容詞に支配されるニつの名詞の表わす意味相互の関係によって生じるものである。したがって,この意味関係と「ニ」の意味の差との間に有意味な相関関係が認められるならば,さらに細分化して,別のグループとして独立させることもできようが,今のところ,「必要ダ」や「ワルイ」において,ここから除外した用法との間に見られる有意味な差は見出せないと思われるし,また,このグループは,名詞の表わす内容について,その適合性を評価するという意昧でまとめうることから,一つの類としておいたほうがよいだろう。ただ問題として残るのは,二つの名詞の意味的な関係のありかたを,もっと精しく記述しておかなければならないということである。

 

1.2.対人的な態度

 このグループの形容詞の基本的な構造は,「名詞+ガ 名詞+ニ 形容詞」で,二つの名詞には,石綿の表にもあるように,いずれも人間を表わす語が用いられる。このグループに属するものとして,西尾は「優シイ親切ダ甘イ丁寧ダ,孝行ダ,忠義ダ,失礼ダ厳シイ意地悪ダ冷タイ冷酷ダ,苛酷ダ,残酷ダ」を挙げているが,石綿ば,上記下線部の語に加えて,後述する「対人的な感情」の語として西尾の挙げたものを,「N〔hum〕が+N〔hum〕に+A」の構造の下に一括して扱っている。なるほど,名詞の意味素性の共通性からすれば合理的だが,対人感情のほうには人称制限の現象が見られる点をもって,両者は区別するのがよいと考える。また,西尾の「苛酷ダ,残酷ダ」は性質が異なっている。

 15 今度来タ先生ハ生徒ニ優シイソウヨ。
 16 能登デ泊ッタ民宿ノオバサンハ,私タチニトテモ親切デシタ。
 17 ウチノオバアチャントキタラ,太郎ニハ甘インダカラ。
 18 アノ先生ハ,女子生徒ニハトクニ丁寧ナンデスヨ。

 これらの文は,名詞の人間(単数でも複数でもよい)に対する,名詞の,特定の人間(単数)の属性あるいは一時的状態を表わしている。また,名詞には,1920のように,複数,集団,組織体などを表わす名詞も用いられる。

 19 PTAノ役員タチハ,今ノ校長ニ厳シイ。
 20 大企業トイウモノハ,トカク零細企業ニ冷タイモノダ。

 1520の「ニ」はすべて「ニ対シテ」で置き換えられることから,方向性を表わすと特徴づけられる。

 以上はこのグループの大きな特徴であるが,個々の形容詞を見ると,独自の特徴を有するものもあるので,それを少し見ておこう。

 21 コノ洗剤ハ肌ニヤサシイ。
 22 コノ乳飲料ハオナカニヤサシイ。

この例は,名詞が具体的事物、名詞が人間の身体の一部を表わし,身体に対する,事物の作用のしかたの性質を表わしている。これは「ヤサシイ」の意昧が特殊化されたものであって,「ニ」の方向性が向かうところが人間の身体であるという,対人性との関連や,他に共通の特徴を有するものがないことから,このグループの,「ヤサシイ」に適用される下位区分と考えておく。

 23 彼ハ自分自身ニ甘イ。。
 24 彼ハ自己ニ厳シイ。

これらは,態度が名詞の人間そのもの(自己)に対して向けられているという点で,他の形容詞には見られない特徴をもっている。

 25 武士タル者ハ主君ニ忠義デナケレバナラヌ。

「忠義ダ」は,人間関係において,上位者(権威者,権力など)に対する,その下位者(奉仕者など)の態度という形で,文化的な背景としてすでに決定しているために,この二つの名詞を入れ替えると意味をなさない文ができてしまうものである。「孝行ダ」にも「親ニ孝行ナ息子」のように,肉親関係における,年長者に対する年少者の態度を表わすといった,固定した関係を認めることもできそうであるが,「身近な人に親切であること。」(『角川国語中辞典』)のように,特定しない見方もある。これに対して,「甘イ,親切ダ,丁寧ダ,厳シイ」などには,程度の差こそあれ,二つの名詞の間の固定的な関係は厳密には定まっていない。たとえば26の文は,許容できるかできないか微妙なところだろう。

 26 ウチノ子ハネ,親ヤ兄弟ニハトテモ厳シイクセニ,オバアチャンニハ甘インデスヨ。(注8)

「厳シイ」には,27のように名詞がコトを表わす用法があるが,これはものごとに対する態度のグループとして扱われる。

 27 彼ハ仕事ニ厳シイ。

 最後に,「苛酷ダ,残酷ダ」は(西尾がこのグループに入れているが)対人性という意味をもつとは考えにくく,「名詞+ニ」の形式を考えても,「ニ」は

「ニトッテ」の意味であり,性質を異にしているのである(2829)。

 28 コンナ仕事ハ新入社員ニハ苛酷ダ。
 29 殺人ノシーンハ小学生ニハ残酷デス。

 

1.3.ものごとに対する態度

 このグループの形容詞の基本的な構造は,「名詞+ガ 名詞+ニ 形容詞」で,名詞は人間,名詞はモノやコトを表わす。西尾はこれに「一生懸命ダ,熱心ダ忠実ダ夢中ダ積極的ダ消極的ダ不熱心ダ,冷淡ダ,不満ダ反対ダ批判的ダヤカマシイ,口ヤカマシイ,ウルサイムズカシイ,神経質ダ,平気ダ,無関心ダ,無神経ダ,無頓着ダ」を入れ,石綿の表では上記下線部の語が「N〔hum〕が+N〔absact〕に+A」のグループとして扱われている。石綿の〔abs〕は多<の場合数えることのできない抽象名詞であり,〔act〕は動作性名詞をさす。

 これに属する形容詞は,その表わす意味によって名詞の意味にいくらかの違いがあり,いくつかの小さなグループに区分することができる。

 1.3.1.「一生懸命ダ,熱心ダ,不熱心ダ,夢中ダ」:このうち「不熱心ダ」を除く三語は「心がある一つのことに集中的に向けられている状態」(西尾1972 p.308)を表わし,「不熱心ダ」はその反対の状態である。そして,名詞に「仕事・スポーツ・金儲ケ・勉強・教育・切手集メ・写真ヲ写スコト/ノ」など人間の行為に関する名詞や,形式名詞「コト/ノ」でまとめられる節の形が用いられ,「ニ」は「ニ対シテ」での置き換えができる。

 また,「一生懸命ダ」「夢中ダ」は名詞に人間または具体的事物を表わす語をとることがある。

 30 彼女ハ西城秀樹ニ夢中ダ。
 31 ウチノ子ハプラモデルニー生懸命ダ。

30は西城秀樹という人気歌手に対するあこがれの気持をもっていること,31はプラモデルの作成・収集に対する態度が普通以上に強いさまを表わしている。とくに31は,具体的事物の名詞が使われているけれども,意味的には,具体的事物にかかわる過程─プラモデルを作ったり集めたりすること──に対する態度を表わすものである。

 1.3.2.「積極的ダ・消極的ダ」:「仕事,金儲ケ,切手集メ,留学生教育,学習,元号法ノ成立」など,人間の主体的な意志によって行なわれる事柄に対する,人間の取り組みかたの程度の強弱を表わす語である。ここに示したのは人間が取り組む対象だが,取り組み方そのものを表わす名詞(「仕事,態度,学習参加ノ意欲,元号法成立ヘノ姿勢」など)が名詞に用いられると,格助詞「ガ」で表示することになるか,または「ニ」で表示されてもそれは「ニ対シテ」ではなく「ニオイテ」の意味になる。

 32 政府ハコノ問題ニ対スル取リ組ミ方消極的デアル。

 1.3.3.「ヤカマシイ,口ヤカマシイ,ウルサイ,ムズカシイ」:これらは,好みなどが固定していて,それに合わないものは受け容れないような性質,白分なりの主義・主張をもっていて,それについては容易には妥協しないような性質など,物事に対する人間の厳密な態度を表わす点で共通性がある。このう

ち「ヤカマシイ,ウルサイ,ムズカシイ」はここでの意味と異なった意味をもっており,むしろそちらのほうが留学生にはよく使われると思われるが,名詞の意味の特徴,文型の対比といった方法で理解させることができると思う。

 1.3.4.「平気ダ」:これは,人間や具体的事物に対して,外部から加えられる精神的・物理的な圧迫や圧力などに対する耐久力があって,その人間や事物の精神的・物理的な状態が変化しないことを表わす。名詞の人間について言う場合にはものごとに対する態度を表わすと言えるが,事物について言う場合は,その事物の属性を表わすというのが適当である。

 33 彼ハ人ノ中傷ニモ平気ダ。
 34 私ハドンナニ苦シイ訓練ニモ平気ダ。
 35 コノビルハ震度5ノ地震ニモ平気ダ。

3334は前者の用法,35は後者の用法である。

 

1.4.対人的な感情

 このグループの形容詞の基本的な構造は,「名詞+ガ 名詞+ニ 形容詞」で,名詞は人間,名詞も人間を表わす。西尾はこれに「恥ズカシイ,ヤマシイ,スマナイ,申シ訳ナイ,悪イ」を入れ,石綿は,1.2.のはじめに言及したように,これらの語を,対人的な態度を表わすグループとともに,「N〔hum〕が+N〔hum〕に+A」として一括して扱っている。しかし,すでに述べた理由(名詞の人称制限)から両者を分離したほうが妥当である。

 36 会社ガ倒産シタタメニ多クノ影響ヲ与エルコトニナリ,私ハ社長トシテ部下ニスマナイ気持デス。
 37 軽ハズミナコトヲシタ結果主人ニマデ迷惑ラカケルコトニナリ,私ハ主人ニ申シ訳ナイト思ッテイマス。

 これらの語は,道義的によくない行為をした人間が,その行為の被害を受けた人間に対して,自分の行為をわびなければならない,または反省している気持であることを表わしている。そして,これらが現在形肯定文の言い切りの形で表現されるとき,名詞には第一人称(話し手)を表わす語しか使うことができないという,「ホシイ,〜タイ,悲シイ,嬉シイ,痛イ,痒イ」など,主観

的情意や感覚を表わす形容詞グループに見られるのと同じ人称制限をもっている点が特徴的である。したがって,文3840は非文である。

 38*山田サンハ私ノ主人ニ申シ訳ナイ。
 39*アノ学校ノ校長ハ生徒ニ恥ズカシイ。
 40*今回ノ事件ニ関シテ,アノ会社ノ社長ハ社員ニスマナイ。

 もう一点,このグループと対人的な態度のグループとの違いは,このグループが一時的な状態だけしか表わさないのに対して,後者は持続的な属性をも表わしうるという点にある。

 ところで,統語論や意味論の立場からはこのような説明を与えることができる。そして,“Excuse me.”,“I'm sorry”に対応する「スミマセン」や「私ハ漢字ガ書ケナイカラ恥ズカシイ。」といった表現は比較的,外国人に理解されやすいと思われるが,対人的な感情の表現としての,このグループの形容詞の用法を彼らに理解させるには,日本語の発想のような文化的な側面も考慮に入れる必要がある。たとえばつぎの言葉がその必要性を示唆している(例文36に関して)。

  (前略)スペイン語では「誰かに対して恥ずかしいが,他の誰かに対しては恥ずかし<ない」という発想はない。「恥ずかしい」というのは自分の行為に対して抱く感情だからである。従って,「部下にすまない」という表現は,スペイン語では不可能なのであるが,あえて言えば例文(注9)ように「部下に対して責任を感じる」となる。しかしこの表現では,管理者の部下に対する管理責任のことであって,申し訳ないという道義的な感情は入っていない。(『格表現の対照研究』p.91蔭山昭子執筆)

 

1.5.能力の発揮される対象

 このグループの形容詞の基本的な構造は,「名詞+ガ 名詞+ニ 形容詞」で,名詞は人間,名詞はモノまたはコトを表わし,「ニ」は「ニ関シテ」で置き換えうる。西尾はこれに「強イ,弱イ,鋭イ,鈍イ,明ルイ,暗イ,詳シイ,ウトイ」を入れるが,石綿は,このうち「強イ,弱イ」の二語をこれだけで「N〔div〕が+N〔absact〕に+A」として独立させ,残りを「N〔hum〕が+N

absact〕に+A」としてまとめている。(注10筆者も「強イ,弱イ」の二語は注意を要すると思う。

 1.5.1.「鋭イ,鈍イ」:この場合,名詞には,能力が発揮される方面を表わす語が用いられるが,4243のように生理的な刺激を表わす名詞(味,音)では,能力の発揮される方面とも,刺激の源泉とも解せるが,後者の解釈では

「ニ」が「ニ対シテ」の意となる。

 41 彼ハ状況判断ニ鋭イ/鈍イ。
 42 彼ハ味ニ鋭イ/鈍イ。
 43 彼女ハ音ニ鋭イ/鈍イ。

 「敏感ダ,鋭敏ダ,鈍感ダ」もこの類である。

 1.5.2.「明ルイ,暗イ,詳シイ,ウトイ」:これらは人間の知識の程度の多少を表わし,どんな方面に関する知識なのかが名詞に表わされるが,人間の知識の対象となりうる内容といった広い範囲の名詞が用いられる。(注11

 1.5.3.「強イ,弱イ」:名詞の意味によって二大別できる。すなわち(a)名詞が人間なら能力を表わし,名詞は能力の発揮される対象で,「ニ」は「ニ関シテ」「ニオイテ」で置き換えらる。(b)名詞がモノなら耐久性を表わし,名詞は外的な作用の源泉を表わし,「ニ」は「ニ対シテ」の意である。ただし,「彼ハ酒(乗物,船)ニ弱イ」「彼ハ女房ニ弱イ」など,知識と無関係の意味では,名詞が人間でも,(b)として扱うほうがよい。

 したがって,1.5.1.の刺激の源泉の「ニ」や1.5.3.の外的な作用の源泉の「ニ」をとる場合は,このグループの用法から除外する。

 

1.6.その他

 これまで見てきたものはすべて「名詞+ガ 名詞+ニ 形容詞」の形式で共通しており,それぞれの名詞の意味の組み合せによって区別されたのであった。このほか名詞が「ニ」で表示されるものがいくつかに分けられるが,それらに共通していることは,二つの名詞の間の関係を表わすという点であり,その多くは,名詞が「ニ」だけでなく「ト」でも表示しうるという点である。この種の形容詞については考えが十分まとまっていないので別の機会にゆずる

こととし,ここには所属する語を掲げておく。(用語は西尾による)

 (1)相互的な属性の一方の項
  「名詞+ガ 名詞+ニ/ト 形容詞」
  無関係ダ,無縁ダ,(関係(ガ)ナイ,縁ガナイも)

 (2)位置・方向関係の一方の項
  「名詞+ガ 名詞+ニ/ト 形容詞」
  平行ダ,垂直ダ

  「名詞+ガ 名詞+ニ/ト/カラ 形容詞」
  遠イ,近イ

 (3)比較の基準
  「名詞+ガ 名詞+ニ/ト 形容詞」
  同ジ,等シイ,ソックリダ,マギラワシイ

 (4)その他
  「名詞+ガ 名詞+ニ/ガ 形容詞」
  乏シイ,篤イ

 

おわりに

 以上見てきた形容詞文だけからでも,名詞に付く格助詞「ニ」にはいろいろな意味があることがわかる。形容詞の意味グループごとに,「ニ対シテ」とか「ニ関シテ」とか意味のまとまりを示す場合もあれば,適・不適のよりどころのようにグループ内でも,名詞の意味関係によって「トシテ」や「ニトッテ」のように異なる場合もある。

 「ニ」の表わす意味はもちろんこれだけではない。動詞述語文や形容詞文の残り,あるいは,「おせんキャラメル」のような接続用法など,外国人にとっては全部同じ「ニ」なのである。したがって,その用法をしっかり学習させる必要があるのである。

 これはなにも,格助詞「ニ」だけに限った問題ではない。他の格助詞にもあてはまるものである。格助詞の数は少ない。その少数の格助詞が,述語と名詞との間の種々の格関係を担って表わしているのである。したがって,同一の格助詞の用法を,述語の意昧グループや,名詞と述語との意味関係に基づいて,きめこまかく記述していくことが,日本語の立場から望まれる。また,個々の外国語の立場でも,同様の格体系や前置詞,格語尾などの記述が望まれる。

 このような研究が実現すると,日本語と個々の外国語との間の,格の表現形式における類似点と相違点が明確になる。したがって,教授者は文型指導の際にどんなことに特に注意するべきかをはっきりと知ることができ,学習者は,自分の母国語との対照によって異同を理解し,また,訂正された誤用を見て,なぜまちがったのか,どんな述語と類似性をもっているのかといった事柄を,ばらばらな知識としてではなく,自らの頭の中で整理できるような形で学習することが可能になると思われる。

 このような研究は,日本語教育にたずさわり,また関心をもつ言語学者の協力がなければできないものである。対照言語学的観点からの幅広い研究が強く望まれる。

 

 *本稿は,もと昭和53年度日本語教育研究協議会(昭和54313:東京,同20:大阪)で行なった研究状況報告のパンフレット『格表現の対照研究─日本語教育のために─』(昭和543月 大阪外国語大学留学生別科)に「形容詞文の格─特に「ニ格」をとるものについて─」と題して執筆した原稿をまとめなおしたものである。本稿において,各外国語との対照訳例および解説は,このパンフレット所載の各論文によった。

1〜3は下の図1参照
4.『格表現の対照研究』p.149 生森将人の説明による。
5.このほかに,「僕ハ 君ニモウ少シ柔軟サガホシイ。」「私ハ コノ部屋ニ緑ノカーテンガホシイワ。」など,表面上,三つの名詞句を支配していると見える形容詞文が考えられるが,ここの「君ニ」「コノ部屋ニ」は,「日本ニハ山ガ多イ。」の「日本ニ」と同じ場所の意味と認め,動詞文における場所格と同様,基本的な格ではなく,補足的・付加的な格と考えておく。
また,比較の基準を表わす,格助詞「ヨリ」で表示される名詞句は,ほとんどの形容詞で用いられ,しかも,それが現われる文は,単文ではないと考えられるため,別扱いとする。
6.div〕というのは,名詞の意昧素性に関して「自由」であることを表わしている。
7.「彼ニハ今,住宅資金ガ必要ダ。」となれば,13と同じ用法である。
8.筆者は『表現の対照研究』の段階では「ウチノ子ハオバアチャンニ甘イ。」を,意味が変だと扱った(p.44)が,文26ではそれほど変だとは感じられない。 
9は下の図2参照
10.石綿のValenzの表によると,「N〔hum〕が+N〔absact〕に+A」のグループが二つあって,一つは本稿で「ものごとに対する態度」として扱ったもの,もう一つはここで問題としているものである。石綿はこの二つを区別する根拠は述べていない。
11.筆者は『格表現の対照研究』で,文37「コノ古語辞典ハ近世語ニ詳シイ。」の例を可として挙げた(p.46)が,「コノ古語辞典ハ近世語ガ詳シイ。」とするほうが自然なので,対象から除く。

1979610日稿

 

  参考文献(ABC順)

石神照雄(1977)「二重主格形容詞文の構造─形容詞の〈内的論理構造〉と助詞「ハ」「ガ」との相関」『日本語学試論』(愛知教育大学国語学研究室)第3号 pp.1-37
石綿敏雄(1972)「助詞『に』を含む動詞句の構造」『電子計算機による国語研究W』(国立国語研究所報告46)pp.57-109
石綿敏雄(1975)「名詞・形容詞述語文の構造」『電子計算機による国語研究W』(国立国語研究所報告54)pp.140-151
西尾寅弥(1972)『形容詞の意味・用法の記述的研究』(国立国語研究所報告44)秀英出版
仁田義雄(1975)「形容詞の結合価」『文芸研究』(日本文芸研究会)第79集 pp.59-69
野村真木夫(1979)「現代日本語感覚文の研究─基本構造と表現性の拡大─」『国語国文研究』(北海道大学国文学会)第61号 pp.35-57
大木隆二(1979)「格助詞『ニ』にみる文型のながれ」『日本語学校論集』(東京外国語大学外国語学部附属日本語学校)第6号 pp.111-130
大阪外国語大学留学生別科(1979)『格表現の対照研究─日本語教育のために─』
佐久間鼎(1952)『現代日本語法の研究』(1967年5版 恒星社厚生閣版を使用)
鈴木重幸(1972)『日本文法・形態論』麦書房
山田孝雄(1908)『日本文法論』(1970年復刻 宝文館版を使用)
山田孝雄(1922)『日本口語法講義』(1942年12版 宝文館版を使用)

 

付 記

 初稿校正の段階で,まつもとひろたけ「に格の名詞と形容詞とのくみあわせ─連語の記述とその周辺─」(言語学研究会編『言語の研究』1979年10月刊,麦書房,pp.203-313所収)を見る機会を得た。幅広く激密な分析・考察であり,有益である。

 

『日本語・日本文化』1980年2月 大阪外国語大学研究留学生別科

図1

図2

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