『NICOS magazine』2004年11月号(日本信販株式会社発行)
若者言葉を楽しみましょう。
小矢野哲夫
大人にとって若者の時代は過去の記憶のかなたにあります。そして、自分がどんな言葉を使っていたのかという記憶はあいまいです。大人は自分が昔から大人であったかのような錯覚に陥りがちで、若者である子どもの言葉に拒否反応を示すことがあります。
大人による若者言葉批判には二つのケースがあります。一つは若者同士の会話に意味不明の言葉が使われていることを日本語を乱すものだとする批判です。でも、これはお門違いです。他人の会話に口をはさんで、あげくにそれにいちゃもんをつける。しかも、外野席からの野次ですから、当の若者には届きません。本当に批判したいのなら、改善案を提示すべきです。でも、そこまでの批判はだれもしません。もう一つは、親が我が子の言葉遣いを批判するケースです。これは面と向かって行われます。これは効果的な面もありますが、全面的には賛成できません。
そもそも、若者言葉は若者同士のカジュアルな談話場面で使われます。それを大人がフォーマルな談話場面の物差しだけで評価するところに間違いが起きるのです。
文化庁による二〇〇三年度の国語に関する世論調査で、言葉遣いについての関心を聞いています。全体では、関心がある人は七五・九%で、関心がない人は二三・八%ですが、年齢・性別では大きな差が出ています。男性の二〇代以下と女性の一六〜一九歳では、ほかの年代と比べて、関心がある割合が極端に低くなっています。関心がある数値が最も高いのは、男性の五〇代の八一・七%、女性の四〇代の八九・四%です。この数値を見て、四〇代の母親と一〇代後半の女の子の日常のおしゃべりで、大きな意識のずれが生まれるのではないかと思われます。
女の子の家庭での言葉遣いに関して、母親や祖母が注意することがよくあるようです。母親や祖母は、言葉の規範の世界に身をおいているので、言葉の規範から自由な若い子どもの言葉遣いが気になるんですね。
大切なことは、コミュニケーションができるということです。言葉尻をとらえたり、重箱の隅をつっつくようなことを言われたら、だれだっていい気はしませんよね。
若い子が若者言葉を使って親と話すのは、「私の領分に来て、私の話を聞いてよ」というシグナルだと思います。せっかく子どもが話しかけているのだから、大人である親は、我が子がうんと小さかったころ、一生懸命にお話をしてくれていたことを思い出して、聞いてあげてみてはどうでしょう。「この服、チョー欲しかった」とか「なにげにおいしい」とか「ムカツク!」とか聞いて驚いているようではいけません。若者は若者言葉を会話のテンポやノリの中でカジュアルに使っているのです。ですから、元の「正しい」形や意味はこうだと言っても仕方がないのです。文字通りの意味に取るから腹が立つんです。若者言葉のルールを知ると、それほどムカツクこともなくなると思います。
かつて、なんでも「ウッソー」「信じらんなーい」と言っていた若者も、今や中年になりました。今の若者は「ありえない」とか「マジ?」とか言っています。
しし座流星群を見て、当時高校生だった娘が「やばい」「やばい」と言っていました。「すごい」という、鳥肌が立つような感動を表す言葉です。「やばい」はもと、盗人・香具師(やし)などが使っていた隠語です。だから若いお嬢さんは使わないようにしましょうと言っても通用しません。