岡田有希子

HOME懐エピ60〜80年代Q&A恐怖編燃える闘魂こども教育リンク集掲示板アイドル↓next

yukiko85.7.10-01.jpg (11994 バイト) yukiko85.7.10-02.jpg (11583 バイト) yukiko-love01.jpg (9688 バイト) yukiko85.7.10-03.jpg (11317 バイト)


アイドル『岡田有希子』序章…

yukiko-f01.jpg (13178 バイト)yukiko-f02.jpg (12352 バイト)私が初めて岡田有希子と言うアイドルと偶然にも衝撃的な初遭遇をし、認知してしまったのは?1984年春くらいの深夜に放映されていたCX『オ〜ルナイト・フジ』での今月の唄のコ〜ナ〜内で流されていた彼女自身のデビュ〜曲『ファ〜スト・デイト』のプロモ〜ションビデオ映像を何気に見てしまってからなんですが?その時に彼女に対して素直に感じた事…。私自身は、今でも女優の「内山理名」ちゃんやタレントの「岡部玲子」さんなどの笑い顔と決め顔の表情ギャップが極端に変わる女性と言うのがミョ〜に気になって、年甲斐もナク(笑)何気ファンになってしまうようなところがあり(何気に好きなだけで、実際には追っかけてはおりませんが?…笑)、彼女自身の初主演CMでもありました『グリコ・カフェゼリ〜』CMの中でも少しだけその片鱗を拝見出来る「おれは鉄平」のような崩れた笑顔に「三日月(~o~)」のような眼?…が、彼女の唄のうまさとあわせて、気になって気になって?(笑)それからと言うもの、いつも彼女がテレビに登場する度に、おもいっきり意識して応援するようになっておりましたのです(笑顔)。…と言う訳で、今回から新しく入魂状態で始まります当『禁断のHM〜アイドル検証復活編!』HPの記念すべき第1回目の検証紹介アイドルは、「岡田有希子」さんなのであります。

yukiko85.7.10-05.jpg (10320 バイト) yukiko-kanko1cm.jpg (10537 バイト) yukiko-kanko2cm.jpg (11492 バイト) yukiko85.7.10-04.jpg (9588 バイト)

yukiko-kutibiru10.jpg (10241 バイト) yukiko85.7.10-08.jpg (11860 バイト) yukiko-oubunsyacm.jpg (13897 バイト) yukiko-f03.jpg (12963 バイト)

アイドル『岡田有希子』とは?…

『岡田有希子』(本名「佐藤佳代」)1967(昭和42)年8月22日愛知県尾張一宮市生まれ…。中学3年の時に見事『スター誕生!』の第85代チャンピオンになり、「サン・ミュージック」にスカウトされ、反対する両親を説得し、上京…。1984(昭和59)年春の4月21日に『ファースト・デイト』で歌手デビュ〜!(当時、「サン・ミュージック」先輩の「松田聖子」さんに続く、期待の新人アイドルナンバ〜1候補扱い!)…。連続ドラマ初主演の禁じられたマリコ<1985(昭和60)年11月5日〜1986(昭和61)年1月28日(全12話)までの期間、毎週火曜PM8時〜8時54分に東宝の制作、TBS系列にて放映>で、超能力を持つ少女「杉浦麻里子」の苦悩を鬼気迫る迫真の熱演!…。1986年1月23日に女優「沢口靖子」さんと共に「カネボウ化粧品」のトータル・キャンペーン発表会にて、くちびるNetWork(1986年1月29日・発売〜「オリコン」の2月10日付ランキング初登場で初の第1位を獲得!)を初披露…。堀越学園芸能コ〜スD組(芸能コ〜ス同組同クラスには…「桑田靖子」、「石野陽子」、「河上幸恵」、「本田美奈子」、「倉沢淳美」、「高部知子」、「田中久美」、「長山洋子」、「松尾久美子」、「松本友里」、「南野陽子」、「宮崎ますみ」、「永瀬正敏」などがおりました)を卒業…。そして、迎えた18歳の春…1986(昭和61)年4月8日の火曜日朝、高校卒業を期にようやくひとり暮らしの許可が事務所から出て、引っ越して来たばかりの青山のマンションの一室で、ガス栓を半開にし手首をカッタ〜で切り、最初の自殺をはかるのだった!…。AM9時すぎにマンションの住人がガス臭から彼女の部屋の異変に気づき発見通報、北青山病院へ緊急搬送されたのだが、その時期、トップアイドルにのぼりつめていた彼女の自殺未遂行為を隠す為だったのか?すぐに事務所に連れ帰えされてのお昼過ぎ…。午後12時15分頃に所属事務所の四谷4丁目「サン・ミュージック」ビル7F屋上の片隅より投身自殺!(享年18歳)…。日頃から「岡田有希子」さん自身、「今の年齢は嫌い。いっぺんに22歳くらいになりたい!」…と、関係者に語っていたんだそうです…。

yukiko85.7.10-10.jpg (12099 バイト) yukiko85.7.10-07.jpg (11832 バイト) yukiko85.7.10-09.jpg (10283 バイト) yukiko85.7.10-06.jpg (17855 バイト)

彼女が発していたSOS信号!…

彼女の死の直前でもあります、1986(昭和61)年3月22日に番組収録された『第6回紅白そっくり大賞』内、ゲスト歌のコ〜ナ〜で、彼女の大ヒット曲『くちびるNetWork』を唄う「岡田有希子」の貴重なビデオ映像を今でも大切に所有しているのですが、この映像の中で唄う「岡田有希子」さんの行動から、その時点で既に何かを覚悟していたような?何かを我々に訴えたい!…と言うようなSOS信号が出ていた気がするのです…。それは、曲の歌い始め、「でも♪さぁそ〜ぉってぇ〜あ〜げるぅ〜♪」…の部分の後ろから前に腕をゆっくり出していくと言う振り行為以降、右耳に手を当てたまま、ほぼ直立不動の状態で、その後のいつもながらのポップな振りを全くと言ってイイ〜程、しないで(間奏部分は、それなりに振りをしておりましたが、2番開始の「でも♪きぃこえ〜るぅ〜でぇ〜しょう〜♪」…と、唄い始めたとたんに、再び右耳に手を当てておりました)笑顔もあまりナク、最後まで、淡々とテンションも異常に低く唄っていたのであります…。ちなみに彼女が亡くなる数日間に生出演や収録された『ザ・ベストテン』などの人気歌番組等の数々でも比較的、作り笑顔で投げやりのような感じで唄ってはおりましたが(これらも、全て彼女なりの何らかのSOS信号だったんですネ)、番組のランクが『ザ・ベストテン』より低かったと思われるバラエティ番組の『第6回紅白そっくり大賞』内では、収録番組でしたので死の直後にテロップ付きの放映を見たせいもあるのかもしれませんが?私が感じるに、もっともテンションが低かったようにも思います…。

余談ですが?「岡田有希子」さんの投身自殺の10日前にも、1986年5月に『IN THE DISTANCE〜はるか彼方〜』と言う曲でアイドルデビュ〜をする予定だった「遠藤康子」さん(17)が同じくビルの屋上から投身自殺をしている(「岡田有希子」さん自身もこの件に関しては知っており胸を痛めていたと言います)と言う事実も、何かしら悩める彼女をさらに不安定な精神状態にしてしまったんでしょうネ…。

yukiko-kutibiru01.jpg (15734 バイト) yukiko-kutibiru02.jpg (9102 バイト) yukiko-kutibiru05.jpg (12695 バイト) yukiko-kutibiru03.jpg (12599 バイト)

yukiko-kutibiru06.jpg (14345 バイト) yukiko-kutibiru07.jpg (10973 バイト) yukiko-kutibiru08.jpg (9978 バイト) yukiko-kutibiru09.jpg (14281 バイト)

彼女がアイドルとして残したもの…

yukiko-pasopiacm01.jpg (13782 バイト)yukiko-pasopiacm02.jpg (13416 バイト)「岡田有希子」さんの衝撃の投身自殺にまつわるその当時のイロイロ〜な噂や情報が、本当にたくさん出ておりましたようですが?真実&真相はどうあれ、この自らの命を自らの意思で絶つ、と言う壮絶な行為を決行した事で、アイドル歌手「岡田有希子」さん自身が私達に色んな無言の強いメッセ〜ジを残した(彼女からのメッセ〜ジのとらえ方は、個人個人さまざまなんでしょうが?)ように思われます…。本当にデビュ〜以来、「岡田有希子」と言う杞憂まれなアイドル歌手は、芸能界と言う複雑特殊な掟や決まり事のある世界の中(死因に対する色んな情報や噂が真実か否かは別として、芸能界と言うところであれば、残念ながらテレビの前のみんなに強烈に夢を売っていると言う華やかさの反面、一般人には到底理解しがたい事柄など日常茶飯事で当たり前な事だったんだとも思いますので、理由はどうあれ自らの命を自らで絶つと言う事は、絶対に良い事ではありませんのですが?当時の芸能界と言う澱んで歪みきったを部分を当たり前のように持ち合わせている世界ではその後、仮に「岡田有希子」さん自身がめげずに頑張って生きていていたとしても商品としてのテレビの前のファン達へのアピ〜ル行為は出来ても個人としての独自のアピ〜ルは、絶対とは言いませんが?多分、無理だったんでしょうからネ)で、それに反発する純粋な彼女の不安定な精神状態(晩年に出演の歌番組本番前のリハ〜サル等では結構、自分の身の回りにイロイロ感じる意に反した状況からか不安定な感情になり、突然!よく泣き出したりしてましたようですネ)を持ち続けながら頑張っていると言う今にも壊れそうな透明なガラスのような女の子だっただけに最終的には、心の真から純粋な女の子にとっては理解不能な最悪の状況下の中で、こう言った行動で自らの命を絶って(結果的に衝撃的と言う形容にはなりましたが?)しまったのも、何だか私自身、自然に受け止められるような気もします。

岡田有希子さんに関する不思議なお話?情報提供「masa」さん

あれは今をさかのぼる事14年前、初めて有希子さんを訪ねて成満寺へ行った時の事…。いわゆる没後フアンである私は現役時代の有希子さんを全く知りませんで、初めて彼女とお会いするのがお墓…。行ったのは良かったのだけれど何とも奇妙な出会いでした正直なところ、なんだ石があるだけでこんなの有希子さんに会った事に成らないじゃないか、こんなの意味無いじゃないか、自分はこんな遠いところまで無意味な事をしにきてバカみたい…心底そう思ったのです。有希子さんの墓前から何ともいえない虚しさを感じながらさっさと帰ってしまおうと、足早に立ち去った私はお寺の門を出ようとしたのですがせっかくこんな遠くまで来たのだから本堂も覗かせてもらおうか思い直して引き返したのです。なにげなく本堂の扉を開けると、そこには他のフアンの方が3人もおられてビックリしました。もっと驚いたのは本堂の中に祭壇が設けられていて有希子さんの遺品が飾られているでは有りませんか。まさか有希子さんの遺品をこの手にとって眺められるなんて…。

そして、有希子さんの我々フアンに対する想い…。そうです有希子さんのデビュー前の写真集『岡田有希子スペシャル』でマイルームとして下宿中の有希子さんの部屋が紹介されていましたが、そのタンスの上に飾られていた我々フアンのプレゼントの置物や人形が一つ残らずそっくりそのまま飾られていました…。私は、これを見たとき又この事の意味の大きさに胸がいっぱいに成りました。デビュー前の頃にもらったフアンからのプレゼントなんて普通次から次へと貰っているうちに処分しちゃうのが普通ですよね?それがスターとフアンですよね、又それでいいんですよね。でも有希子さんは違う大事にとっておいてくれた我々の事を本当に大事に思っていてくれた。この人はスターなんかじゃない、普通の人だ…。それもこれだけの思いやりのある人なかなか居るもんじゃない。みんな時間がたてば大事な人の名前まで忘れるのに有希子さんは見ず知らずの我々の事忘れずに大事に想っていてくれたんだ。私は我を忘れて有希子さんの墓前へ走って行き、此処へ来る事自体が意味が無いと思っていた事を謝り、またあなたと会う為だったらどんなに遠くからでも来る意味は有りますと言いました…。もしあの時門前で引き返さなかったなら?私は有希子さんからのこのかけがえの無い贈り物を貰う事はなかった。本当に引き返してよかった…。

確かな満足感を胸に私は帰途へとつき、家へ戻り、自室で今日は本当に有希子さんに会いに行って本当に良かったなあ、すばらしい一日もおわったなあと思っていました。でも、まだ終わってはいなかったのです…。部屋で居眠っていると家のものが、オオイ〜友達が来たぞと大声で呼ぶでは有りませんか…。何かなと玄関まで行くと友人が笑顔でお前の欲しがってたホレやっと見つかったぞと言って、なんと有希子さんの写真集『あなたと二人きり』を差し出すでは有りませんか。私はこの時ほど鳥肌が立ち背筋が凍りつきゾッとした事は生涯有りません。今日初めて有希子さんに会いに行った所じゃないか3時間前まであの人の前にいたんだ、あれだけ探して何処にも無かったあの写真集がよりによってこの意味のある日に偶然がこんなに上手く重なるもんか?有希子さんも私のところへ会いに来てくれたんだ。お互い行き来してたんだ。縁って本当に有るんだ…。

この縁はその後も続き、仕事帰りに地下鉄の週刊誌の広告を見ていた時のこと…。銀行がつぶれると見出しが載っていたので興味を持って帰り道の本屋に立ち寄り、名前は忘れましたが お目当ての週刊誌をめくっていると何処にもお目当ての銀行の記事が載っていない本を間違えたのかなあと表紙を見ると間違っていない。しばらく読んでいると、なんと有希子さんの記事が載っているでは有りませんか?…。それもあの事件の最大の謎…そう4月7日の深夜自宅を出てからの有希子さんの行動の真実が、死を選ぶ前夜の悲しい行動という見出しで…。もしこの話ご存知ならばすいません。

私は思いもかけない所で有希子さんの真相に出会い、家の前の本屋でこの本を改めて買おうとその場を後にして帰宅しました。家の前の本屋に行って先ほどの週刊誌を買おうと手に取ったところあの有希子さんの記事が載っていない、オカシイ?本の名前は同じなのに、なぜだ?…。アレ?表紙の写真が違う、これは?…。私は、また地下鉄に乗って今帰ってきたばかりの道を戻りあの本屋へと向かいあの本を買いました。よく見ると先週号じゃないか もう最新号が出ているのに何故入れ替えないんだ。もう晩の7時じゃないか?しかも此処は駅前の本屋じゃないか?…。気になった私は、そこの本屋が次週号を入れ替えるのを見届けなくては気がすまなくなり、次週わざわざ確かめに行きました。そして、おばさんに聞いたところ?週刊誌は鮮度が命そんな発売日の晩7時まで入れ替え忘れるようじゃこの商売やってけないよ…と、一言。またその言葉どおりキッチリ入れ替えられていました…。

あの地下鉄の中の週刊誌の銀行の記事の見出し…。その時に限って入れ替えられていなかった古い週刊誌。どちらが欠けても、あの有希子さんの記事に出会うことはなかった、あの夜の真相を知ることもなかった…。偶然じゃない!そうだ、また縁が有ったんだ!…。この時もゾクッとしました。有希子さんがお呼びだ会いに行こう。私は週末会いに行きました…。情報提供「masa」さん

私の中の「真のアイドル」像は、『岡田有希子』!…

私の中では、「岡田有希子」さん自らが選択した永遠の死の後くらいから、とりあえず「アイドル」と言うモノに私なりにひと区切りつけ、「岡田有希子」を基準に「アイドル」と言うモノへの格付けランク境界線をつけるような見方に変わったのは言うまでもありませんのですが?それだけ、「アイドル」としての「岡田有希子」さんの存在価値自体がたいへん優れており、素晴らしいモノだったからだと思います(本当に私オンリ〜の私見ですので…笑)し、そう言う見地から私自身、「真のアイドル」像とは?を改めて考えてみますと、芸能活動をしている時は、自分の意思を殺してでもファンの為に、輝きのある限りファン(テレビの前の私達に)の為に頑張って献身的に唄い踊り与え続けられる(最近のアイドル達は、上辺の薄っぺらな個性や自分本意さを前面に出しているだけで?…。私なりの考えを最近のアイドル達に無理に押し付けてる訳ではナイんですが(笑)、残念ながら少しこの辺の「アイドル」本来の基本姿勢に欠けておりますような気がします?)、歌のうまいヘタは別で、提供された楽曲を自分の世界として表現出来る力を持っている、雲の上の手が届きそうでも中々、届かないし、自分の側に居そうで、居ない?(最近のアイドル達くらいのレベルでしたら、たくさん回りにおりますネ…。しつこいようですがあくまでも私見・笑)ひとときのときめきと甘酸っぱい感覚を心地良く与えてくれるような存在…。それら全てにトップレベルで、見事に当てハマっていた「真のアイドル」代表のひとりとして、「岡田有希子」さんの名前が、一番最初に浮かんでくるように思います…。後、最後に彼女に対して、あえて欲のようなモノを言わせて貰えれば?もう少し、彼女に「したたかさ」のようなモノがあったら?…と、正直残念でなりません…。

『岡田有希子』さんの残したシングルの軌跡…

yukiko01a-84.4.21.jpg (14810 バイト) yukiko01b-84.4.21.jpg (15040 バイト) yukiko02a-84.7.18.jpg (15059 バイト) yukiko02b-84.7.18.jpg (14559 バイト)

『ファースト・デイト』(作詞&作曲「竹内まりや」、編曲「萩田光雄」、1984年4月21日・発売〜「グリコ・カフェゼリ〜」CM曲…。1984年5月31日放映のTBS系人気歌番組『ザ・ベストテン』内「今週のスポットライト!」に初々しく初登場!…。私も思わず買ってしまった(笑)「岡田有希子」さんのデビュ〜曲は、18万枚越えのセ〜ルスヒットを記録!)

『リトル プリンセス』(作詞&作曲「竹内まりや」、編曲「大村 雅朗」、1984年7月18日・発売)

yukiko03a-84.9.21.jpg (16980 バイト) yukiko03b-84.9.21.jpg (14856 バイト) yukiko04a-85.1.16.jpg (14310 バイト) yukiko04b-85.1.16.jpg (13196 バイト)

『恋はじめまして(Dreaming Girl)』(作詞&作曲「竹内まりや」、編曲「萩田光雄」、1984年9月21日・発売〜「グリコ・セシルチョコレ〜ト」のCM曲)

『二人だけのセレモニー』(作詞「夏目 純」、作曲「尾崎 亜美」、編曲「松任谷正隆」、1985年1月16日・発売〜「東芝・レッツチャット」のCM曲)

yukiko05a-85.4.17.jpg (15589 バイト) yukiko05b-85.4.17.jpg (13564 バイト) yukiko06a-85.7.10.jpg (13377 バイト) yukiko06b-85.7.10.jpg (12128 バイト)

『Summer Beach』(作詞&作曲「尾崎 亜美」、編曲「松任谷正隆」、1985年4月17日・発売〜「グリコ・カフェゼリ〜」のCM曲)

『哀しい予感』(作詞&作曲「竹内まりや」、編曲「松任谷正隆」、1985年7月10日・発売)

yukiko07a-85.10.5.jpg (15141 バイト) yukiko07b-85.10.5.jpg (13689 バイト) yukiko08a-86.1.29.jpg (13718 バイト) yukiko08b-86.1.29.jpg (14973 バイト)

『Love Fair』(作詞&作曲「かしぶち哲郎」、編曲「松任谷正隆」、1985年10月5日・発売〜「グリコ・セシルチョコレ〜ト」のCM曲)

『くちびるNetWork』(作詞「Seiko(「松田聖子」)」、作曲「坂本龍一」、編曲「かしぶち哲郎」、1986年1月29日・発売〜「カネボウ・春のキャンペ〜ン」のCM曲)

『花のイマージュ』(レコ〜ディングも完了し、発売も予定されていたのですが、結局、幻のシングルに…。2000年3月に発売されたCD4枚組限定盤『メモリアルBOX』内に収録されております)

o-yuko-news01.jpg (12761 バイト) o-yuko-news02.jpg (10412 バイト) o-yuko-news03.jpg (12102 バイト) o-yuko-news04.jpg (11086 バイト)

今後も当サイトでは、皆さんから『岡田有希子』さんに関する情報等を大募集して行きますので、どんな小さな情報でも未確認な情報でもイイ〜ので、お気軽に情報提供の程を宜しくお願い致します…。TAKA@管理人

最後に、星になった永遠のアイドル「岡田有希子」さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます…。

制作著作フジテレビテレビ東京サン・ミュージックポニー・キャニオン

当ホームページで使用している画像や個人情報データなどの著作権は、すべて、それぞれの原著作権者に帰属し、無断で、商用や営利目的などでの二次利用や転用使用する事は厳禁されています!…。尚、当サイト内の情報や画像等の無断転用を絶対に禁じます!…。


HOME懐エピ60〜80年代Q&A恐怖編燃える闘魂こども教育リンク集掲示板アイドル↓next

copyright(C)1998 禁断のHM
Takashi Hada all rights reserved.
E-mail:takasi@gb3.so-net.ne.jp