「Interesting」エッセイ

「いき(粋)」談義


「いき」なお話を始めよう。
まずは、この辺りから・・・・。

マリリン・モンローが、日本にはじめてフィアンセと一緒に来たころ・・・美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみの三人娘が騒がれていたころ・・・ずいぶんむか〜しの話。
こんな歌謡曲が流行っていた。

「1.粋(イキ)な黒塀 見越しの松に 仇(あだ)な姿の 洗い髪
 死んだ筈だよ お富さん 生きていたとは お釈迦さまでも
 知らぬ仏の お富さん エーサオー 玄冶店(ゲンヤダナ)

2.過ぎた昔を 恨むじゃないが 風もしみるよ 傷の跡
 久しぶりだな お富さん 今じゃ呼び名も 切られの与三よ
 これで一分(イチブ)じゃ お富さん エーサオー すまされめえ

3.かけちゃいけない 他人の花に 情けかけたが 身のさだめ
 愚痴はよそうぜ お富さん せめて今夜は さしつさされつ
 飲んで明かそよ お富さん エーサオー 茶わん酒」

ご存知?知らない?よね〜・・・春日八郎の「お富さん 」だ〜。
 粋(イキ)な黒塀で、見越しの松のある風流な家(実は妾の家)に住んでいるお富という美人のもとに、昔の愛人だった与三郎(切られ与三郎、身体に34箇所の切り傷がある)がやって来て、一つせりふをいう場面だ。
「いき」とはどういうモノカ、その取っ掛かりにまずは紹介!!!

「いき(粋)」U


「いき」な計らいで、もそっとお色気たっぷりの「お富さん」について・・・・
題して
「お富さん」の「今は昔・・・」

実はこの「お富さん」の歌詞は、「いき」な歌舞伎ファンなら、誰でも知っているというほど有名なせりふの一部なのでありんす。
それは、「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」源氏店(げんやだな=玄冶店、歌舞伎では源氏店と書く)の場面・・・

:妾宅の造りも歌にある通りの「粋な黒塀、見越しの松」のある「玄冶店」です。"お富"はといえば風呂上がりの、まさに「婀娜(あだ)な姿の洗い髪」だ。

鏡に向かって化粧をするお富からは、中年増の色気がたっぷりと発散される場面

切られ与三郎が・・・かって自分の女だった"お富"が誰かの囲われ者として暮らしているのを見て、"お富"に向かって言う。・・・実は、このとき与三郎は、チンピラ仲間の"蝙蝠安(こうもりやす)"に連れられて、たまたまこの妾宅に小銭を強請(ゆすり)に入ったのでありました・・・

(与三郎)もし、御新造さんえ、おかみさんえ、----お富さんえ、イヤサお富、久しぶりだなあ。
(お富)そういうお前は。
(与三郎)与三郎だ。
(お富)えっ。
(与三郎)おぬしァ俺を見忘れたか。
(お富)え、------。
(与三郎)しがねえ恋の情けが仇、命の綱の切れたのを、どう取りとめてか木更津から、めぐる月日も三年(みとせ)越し、江戸の親にゃァ勘当受け、よんどころなく鎌倉の、谷七郷(やつしちごう)は食い詰めても、面(つら)に受けたる看板の、疵(きず)がもっけの幸いに、切られ与三(よそう)と異名(いみょう)を取り、押し借り強請(ゆすり)も習おうより、慣れた時代の源氏店(げんやだな)、その白化(しらばけ)か黒塀の、格子作りの囲いもの、死んだと思ったお富たァ、お釈迦様でも気が付くめえ。よくまァおぬしは達者でいたなァ----。:

てなわけで、あの「お富さん」の歌詞が生まれたということ。よう分かるでしょう?合点いきましたでしょうか。いきましたら、どうぞボタンを押して下されマシ。[ガッテン・ガッテン]

「いき」な「お富」の色香は・・・自分の意志とは関係なく、巧まずして男を迷わせ、男を虜にし、男の運命を翻弄する女。いい女。それが、お富・・・なのでありま〜す。

それから、最後に、ことのついでに一つ・・・・与三郎の体には全部で34ケ所の切り傷があるのだが、この傷ももとはと言えば、3年前、当時やくざの親分の妾だったお富と、人目を盗んで契りを結んだことがバレて切り刻まれたことによるものなのでありま〜す。実はお富は、このとき与三郎に再会するまでは、彼はもう死んでいたと思っていたのでありんす、だ・か・ら・お富は、押し込み強盗が「与三郎だ」と名乗ると、「えっ。」と驚いたのだ。(^v^)フフフ
ジツハ・・・与三郎も、与三郎で、この出会いの瞬間まで、お富はとっくに死んでこの世にはもういない、と思っていたんだヨ!!! (・・?) エッ

「いき(粋)」V


今回はひとつ、祇園へ行ったつ・も・りでちょっと祇園の「おとこイキ」を体験?
題して
「祇園男粋(おとこイキ)」

ここは、「一力茶屋」を代表とする京都祇園のトある「お茶屋」
「おこしやす」
で入るのであるが、・・・ここには昔ながらの「祇園のしきたり?」というチョットややこしいものがありまして・・・これを守らなくては、ほろよい「いき」は味わえない。
まず、「一ゲンさんお断り」といって・・・必ず誰かの紹介が要る。でないと入れてもらえない。最近では、「そんなことではいけない。もっと庶民にも門戸を開かなくっちゃ」・・という「お茶屋」もあって、そういうところではいつでも入れてもらえるそうだが。今は、一応昔ながらの「しきたり」に沿う。
さあ、上がろう。
あ、脱いだ靴は、そのままそのまま・・・入ったとき靴は揃えないで、そのままに

「いき(粋)」W


「おいでやす(おこしやす)」
とお茶屋の女将が出迎えてくれ、趣のある部屋に案内してくれる。
部屋に入ると、中のシツラエに気を配りウ〜ンいいな〜と、ホメル。
この初秋の季節だと、サシズメ「深山ほととぎす」とか「芙蓉の花」あるいは「すすき」とかが「一輪挿し」に活けてあろうから、それを誉めるのも一興。それも、ごく自然に。
はじめにお茶(煎茶の類)が出る。その一杯のお茶で15分くらい女将と語らう。その間にしっかり「品定め」をされるという具合だ。このひとなかなかの人ねとか・・・。なんともない人ねとか・・・。だからけっして下品な言葉を使ったり、ふしだらな態度をとってはならない。あとあとの待遇に差し障る。
なんともない語らい・・・じつは怖い怖い品定めが終わるころ、お待ちかねの可愛い舞妓さんが、料理のはじめの「突出(つきだし)」を持ってくる。
あとは、飲んで食べて見て遊んで・・・・みなさんの得意の芸を披露。
大切なことは、けっして「なれなれしくしない」こと「付かず離れず」そして、どこまでも明るく・元気に・生き生きと。
いよいよ最後は、「あら、もうお帰りですか?」といわれ、惜しみ惜しまれるようにその場を退く。
玄関まで見送られ、「ようこそ」(「おおきに:さよなら」とはいわない)で帰る。また来てネ、ということ。v(^o^ )ー~) ニコ

まあこんなもんですかね〜。しかしこれは上っ面。「いき」の中身はジツハ深い。

「いき(粋)」X


今日は、処を江戸に移す。
「いき」には、江戸児(えどっこ)の気概が含まれている、ということに異論を唱える人はいない。
《野暮と化物とは箱根より東に住まぬこと》を「生粋(きっすい)」の江戸児は誇りとした。
 
「町火消」

「江戸の花」には、命をも惜しまない『町火消(まちびけし)』、『鳶者(とびのもの)』は寒中でも白足袋(しろたび)はだし、法被(はっぴ)一枚の「男伊達(おとこだて)」を尚(とうと)んだ。「いき」には、「江戸の意気張り」「辰巳の侠骨(たつみのきょうこつ)」がなければならない。「いなせ」「いさみ」「伝法(でんぽう)」などに共通な犯すべからざる気品・気格がなければならなかった。
更に、「いき」は、「イキ」でありながらも、一種の反抗を示す強味がなければならなかった。「鉢巻の江戸紫」に「粋なゆかり」を象徴する助六は「若い者、間近く寄つてしやつつらを拝み奉れ、やい」といって喧嘩を売る助六であった。

また、江戸者の「宵越(よいごし)の銭を持たぬ」誇り、「蹴ころ」「不見転(みずてん)」を卑しむ凛呼たる意気(イキ)、というものがあった。
さてもさても、《色香》ところでは、
「傾城(けいせい)は金でかうものにあらず、意気地にかゆるものとこころへべし」とは廓の掟。
「金銀は卑しきものとて手にも触れず、仮初(かりそめ)にも物の直段(ねだん)を知らず、泣き言を言はず、まことに公家大名の息女の如し」とは江戸の太夫の讃美であった。
「五丁町(ごちょうまち)の辱(はじ)なり、吉原の名折れなり」という動機の下に、吉原の遊女は「野暮な大尽(だいじん)などは幾度もはねつけ」た。
「とんと落ちなば名は立たん、どこの女郎衆(じょろしゅ)の下紐(したひも)を結ぶの神の下心」によって女郎は心中立(しんじゅうだて)をしたのである。
ここまでいくと、理想主義の生んだ「意気地」によって、まさに「いき」が霊化されているのである。
こうなってくると、「いき」はますます深まるばかり。

「いき(粋)」Y


ここら辺りで、いよいよ「祇園男粋」として・・・本題:「いき」の構造・・・・に触れたい。
もうご存知のお方もあろうが、この題目は、九鬼周造という、ご自身も実に「いき」を生き切った方に依るものでありまーす。浅学非才の小生が、そのホンノ断片を独断と偏見でご紹介しま〜する。

その前に、ちょっと紹介:[写真・・男前でしょう?]
九鬼周造《哲学者1888(明治21)−1941(昭和16)》は、東京に生まれ、明治から昭和に駆け抜け、53歳で生涯を閉じた。貴族、男爵の家に四男として生まれる。父は、愛人がいたため家には居つかず、妻を遠ざける。従って、父母と一緒に過ごすことがなく、父母の愛情を受けることがほとんどなかった。
東大哲学科へ進み、30歳代にパリに暮らし、遊郭に溺れる。帰国して、京大哲学教授になり毎夜の如く、祇園通い、祇園の有名人となり、イロイロ語り草を残す。京極を真昼間、舞妓を連れて堂々と闊歩する、顰蹙(ひんしゅく)をかい、大学に多数の訴状。(^○^) ハハハ
ある女将とのほのかな純愛。そのお茶屋を訪ねると、一服のお茶だけ嗜み、そのわずか15分たらずの永遠の今の時を、女将と語らい、やがてお茶を飲み干すと何もなかったように退席。もちろん、その女将には主人もいれば子供もいた。ウ〜ン「いき」の極致?

九鬼によると、まず・・・「いき」とは、
1、 媚態・・・・所謂、色気・・・・付かず離れず
2、 意気地・・・・男らしさ、気風のイイこと
3、 諦め・・・・軽やかな微笑み、の裏にある真摯な篤い涙  

「いき(粋)」Z


今日は、「いき」の持つ内包的なものの内「媚態」を語る。ちょっとムツカシイかもしれないが、なんとか付いてきてくだされィ。

九鬼によると、「いき(いきごと)」が「いろごと」を意味するように、「いき」の第一の内容は、異性に対する「媚態」である。と。ま、所謂、「いろっぽさ」だ。
「いきな話」「いきな事」といえば、異性とのなんらかの交渉を意味する。そうした関係は媚態を前提としなければ想像することはできない。近松秋江(ちかまつしゅうこう)の『意気なこと』という短篇小説は「女を囲う」ことであった。と。

さらに彼はいう・・・「しからば媚態とは何であるか。媚態とは、一元的の自己が自己に対して異性を措定し、自己と異性との間に可能的関係を構成する二元的態度である。そうして『いき』のうちに見られる『なまめかしさ』『つやっぽさ』『色気』などは、すべてこの二元的可能性を基礎とする緊張にほかならない。・・・そうしてこの二元的可能性は媚態の原本的存在規定であって、異性が完全なる合同を遂げて緊張性を失う場合には媚態はおのずから消滅する。」・・・つ・ま・り「男女が結ばれてしまったらもうおしまい」ということだ。結ばれる前の、「緊張」にこそ、媚態が発揮される、ということ。
「いき」における「媚態」は男女関係あっての言表であるが、結ばれてしまうとその緊張関係も消滅してしまう。と。九鬼は、「媚態」の持つ、『なまめかしさ』『つやっぽさ』『色気』などは、男女の交渉の最中(さなか)にこそ求めたかったのであろう。男女関係が一旦完結したところには、もう「媚態」「いき」も認めたくなかったに違いない。
そういった考え方は、その時代性と深く関っていた。
例えば、・・・・永井荷風が『歓楽』の中で「得ようとして、得た後の女ほど情け無いものはない」といっている・・・・という当時の男女間の価値観である。確かに、そこにはもう「いき」もない。「媚態」も意味がない。し・か・し・だ。これはイマ人には、ちょっと受け容れ難いものであろう。とりわけ自立的女性の方々には。・・・・
てな訳で、これ以上の言及は、蛇足を招きそうなので、いまは省く。
次は、「媚態」の外延性(身体性)に触れる。

「いき(粋)」[


さ〜てと、今日は「いき」の身体上のお話・・・・
称して、「いき」の自然形式

1、 《聴覚》としてはまず言葉づかい、すなわちものの言振りに表われる。「男へ対しそのものいひは、あまえずして色気あり」とか「言の葉草(ことのはぐさ)も野暮ならぬ」とかいう場合がそれである。・・・・が、この種の「いき」は普通は一語の発音の仕方、語尾の抑揚などに特色をもってくる。すなわち、一語を普通よりもやや長く引いて発音し、しかる後、急に抑揚を附けて言い切ることは言葉遣(ことばづかい)としての「いき」の基礎をなしている。
2、 《音声》としては、甲走(かんばし)った最高音よりも、ややさびの加わった次高音の方が「いき」である。


3、  《視覚》に関する自然形式としての表現とは、姿勢、身振りその他を含めた広義の表情と、その表情の支持者たる基体とを指していうのである。まず、全身に関しては、姿勢を軽く崩すことが「いき」の表現である。鳥居清長(とりいきよなが)の絵には、男姿、女姿、立姿、居姿、後姿、前向、横向などあらゆる意味において、またあらゆるニュアンスにおいて、この表情が驚くべき感受性をもって捉えてある。
但し、「白楊の枝の上で体をゆすぶる」セイレネスの妖態や「サチロス仲間に気に入る」バックス祭尼の狂態、すなわち腰部を左右に振って現実の露骨のうちに演ずる西洋流の媚態は、「いき」とは極めて縁遠い。「いき」は異性への方向をほのかに暗示するものである。姿勢の相称性が打破せらるる場合に、中央の垂直線が、曲線への推移において、非現実的理想主義を自覚することが、「いき」の表現としては重要なことである。  
なお、《全身》に関して「いき」の表現と見られるのはうすものを身に纏うことである。「明石からほのぼのとすく緋縮緬(ひちりめん)」という句があるが、明石縮(
ちぢみ)を着た女の緋の襦袢が透いて見えることをいっている。うすもののモティーフはしばしば浮世絵にも見られる。他方、メディチのヴェヌスは裸体に加えた両手の位置によって特に媚態を言表しているが、言表の仕方があまりにあからさまに過ぎて「いき」とはいえない。また、パリのルヴューに見る裸体が「いき」に対して何らの関心をももっていないことはいうまでもない。  
ここで、改めて初めに取り上げた「お富さん」の容姿を思い出してほしい。
「いき」な姿としては、「お富さん」のような《湯上り姿》もある。
裸体を回想として近接の過去にもち、あっさりした浴衣を無造作に着ているところに、イキが表現を完うしている。「いつも立寄る湯帰りの、姿も粋な」とは『春色辰巳園(しゅんしょくたつみのその)』の米八(よねはち)だけに限ったことではない。「垢抜(あかぬけ)」した湯上り姿は浮世絵にも多い画面である。春信(はるのぶ)も湯上り姿を描いた。それのみならず、既に紅絵(べにえ)時代においてさえ奥村政信や鳥居清満(きよみつ)などによって画かれていることを思えば、いかに特殊の価値をもっているかがわかる。歌麿も『婦女相学十躰(ふじょそうがくじったい)』の一つとして浴後の女を描くことを忘れなかった。ところが、おもしろいことに、西洋の絵画では、湯に入っている女の裸体姿は往々あるにかかわらず、湯上り姿はほとんど見出すことができない。


4、《表情》(の基体)についていえば、
姿が細っそりして柳腰であることが、「いき」の客観的表現の一と考え得る。この点についてほとんど狂信的な信念を声明しているのは歌麿である。また、文化文政の美人の典型も元禄美人に対して特にこの点を主張した。『浮世風呂』に「細くて、お綺麗で、意気で」という形容詞の一聯がある。細長い形状は、肉の衰えを示すとともに霊の力を語る。精神自体を表現しようとしたグレコは、細長い絵ばかり描いた。ゴシックの彫刻も細長いことを特徴としている。我々の想像する幽霊も常に細長い形をもっている。「いき」が霊化されたモノである限り、「いき」な姿は細っそりしていなくてはならぬ。  
以上は全身に関する「いき」であったが、なお《顔面》に関しても、基体としての顔面と、顔面の表情との二方面に「いき」が表現される。基体としての顔面、すなわち顔面の構造の上からは、一般的にいえば丸顔よりも細おもての方が「いき」に適合している。「当世顔は少し丸く」と西鶴が言った元禄の理想の豊麗な丸顔に対して、文化文政が細面(ほそおもて)の瀟洒(しょうしゃ)を善しとした事は、それを証している。そうして、その理由が、姿全体の場合と同様の根拠に立っているのはいうまでもない。

「いき(粋)」\


〔さてさて・・・今日は《顔面の表情》についてだよ・・・九鬼さま、表現がちょっとばかしコミコミだがおもしろいy0〜〕

《顔面の表情》が「いき」なるためには、『眼と口と頬とに弛緩と緊張』とを要する。これも全身の姿勢に軽微な平衡破却が必要であったのと同じ理由。

《眼》については、流眄(りゅうべん)媚態の普通の表現である。流眄、すなわち流し目とは、瞳の運動によって、媚(こび)を異性にむかって流し遣(や)ること。その様態化としては、横目、上目(うわめ)、伏目(ふしめ)がある。側面に異性を置いて横目を送るのも媚であり、下を向いて上目ごしに正面の異性を見るのも媚である。伏目もまた異性に対して色気ある恥かしさを暗示する点で媚の手段に用いられる。これらのすべてに共通するところは、異性への運動を示すために、眼の平衡を破って常態を崩すことである。
しか〜し、単に「色目」だけではまだ「いき」ではない。「いき」であるためには、なお眼が過去の潤いを想起させるだけの一種の光沢を帯び、瞳は『かろらかな諦め』と『凛呼(りんこ)とした張り』とを無言のうちに有力に語っていなければならない。

《口》は、異性間の通路としての現実性を具備していることと、運動について大なる可能性をもっていることとに基づいて、「いき」の表現たる弛緩と緊張とを極めて明瞭な形で示し得るものである。「いき」の無目的な目的は、唇の微動のリズムに客観化される。そうして口紅は唇の重要性に印を押している。

《頬》は、微笑の音階を司(つかさど)っている点で、表情上重要なものである。微笑としての「いき」は、快活な長音階よりはむしろやや悲調を帯びた短音階を択(えら)ぶのが普通である。西鶴は頬の色の「薄花桜」であることを重要視しているが、「いき」な頬は吉井勇(よしいいさむ)が「うつくしき女なれども小夜子(さよこ)はも凄艶(せいえん)なれば秋にたとへむ」といっているような秋の色を帯びる傾向をもっている。要するに顔面における「いき」の表現は、片目を塞いだり、口部を突出させたり、「双頬(そうきょう)でジャズを演奏する」などの西洋流の野暮さと絶縁することを予件としている。とさ。(^-^ )
・ ・・・・次回は「化粧」について・・・・・

「いき(粋)」]


さてもさても、一般の《顔の粧(よそお)い》に関しては、『薄化粧』が「いき」の表現と考えられる。

江戸時代には京阪の女は濃艶な厚化粧(あつげしょう)を施したが、江戸ではそれを野暮と卑しんだ。江戸の遊女や芸者が「婀娜(あだ)」と言って貴(たっと)んだのも薄化粧のことである。「あらひ粉にて磨きあげたる貌(かお)へ、仙女香をすりこみし薄化粧は、ことさらに奥ゆかし」と春水もいっている。また西沢李ソウ(にしざわりそう)は、江戸の化粧に関して「上方の如く白粉(おしろい)べたべたと塗る事なく、至つて薄く目立たぬをよしとす、元来女は男めきたる気性ある所の故なるべし」といっている。

次に、《髪》は『略式のもの』が「いき」を表現する。
文化文政には正式な髪は丸髷(まるまげ)と島田髷(しまだまげ)とであった。かつ島田髷としてはほとんど文金高髷(ぶんきんたかまげ)に限られた。これに反して、「いき」と見られたり結(ゆい)振りは銀杏髷(いちょうまげ)、楽屋結(がくやゆい)など略式の髪か、さもなくば島田でも潰(つぶ)し島田、投げ島田など正形の崩れたものであった。また特に粋を標榜していた深川の辰巳風俗としては、油を用いない水髪が喜ばれた。「後ろを引詰(ひっつ)め、たぼは上の方へあげて水髪にふつくりと少し出し」た姿は、「他所(よそ)へ出してもあたま許(ばか)りで辰巳仕入と見えたり」と『船頭深話』はいっている。正式な平衡を破って、髪の形を崩すところに異性へ向って動く二元的「媚態」が表われてくる。またその崩し方が軽妙である点に「垢抜」が表現される。「結ひそそくれしおくれ髪」や「ゆふべほつるる鬢(びん)の毛」がもつ「いき」も同じ理由から来ている。しかるにメリサンドが長い髪を窓外のペレアスに投げかける所作には「いき」なところは少しもない。また一般にブロンドの髪のけばけばしい黄金色よりは、黒髪のみどりの方が「いき」の表現に適合性をもっている。
 
なお「いき」なものとしては『抜き衣紋(えもん)』が江戸時代から屋敷方以外で一般に流行した。襟足(えりあし)を見せるところに媚態がある。喜田川守貞(きたがわもりさだ)の『近世風俗志』に「首筋に白粉ぬること一本足と号(い)つて、際立(きわだ)たす」といい、また特に遊女、町芸者の白粉について「頸(くび)は極めて濃粧す」といっている。そうして首筋の濃粧は主として抜(ぬ)き衣文(えもん)の媚態を強調するためであった。この抜き衣紋が「いき」の表現となる理由は、衣紋の平衡を軽く崩し、異性に対して肌への通路をほのかに暗示する点に存している。また、西洋のデコルテのように、肩から胸部と背部との一帯を露出する野暮に陥らないところは、抜き衣紋の「いき」としての味があるのである。
 
『左褄(つま)』を取ることも「いき」の表現である。「歩く拍子(ひょうし)に紅(もみ)のはつちと浅黄縮緬(あさぎちりめん)の下帯(したおび)がひらりひらりと見え」とか「肌の雪と白き浴衣の間にちらつく緋縮緬の湯もじを蹴出(けだ)すうつくしさ」とかは、確かに「いき」の条件に適(かな)っているに相違ない。『春告鳥(はるつげどり)』の中で「入り来(きた)る婀娜者(あだもの)」は「褄(つま)をとつて白き足を見せ」ている。浮世絵師も種々の方法によって脛(はぎ)を露出させている。そうして、およそ裾(すそ)さばきのもつ媚態をほのかな形で象徴化したものがすなわち左褄(ひだりづま)である。西洋近来の流行が、一方には裾を短くしてほとんど膝(ひざ)まで出し、他方には肉色の靴下をはいて錯覚の効果を予期しているのに比して、「ちよいと手がるく褄をとり」というのは、遙かに媚態としての繊巧(せんこう)を示している。

《素足》もまた「いき」の表現となる場合がある。「素足(すあし)も、野暮な足袋ほしき、寒さもつらや」といいながら、江戸芸者は冬も素足を習(ならい)とした。粋者(すいしゃ)の間にはそれを真似て足袋を履かない者も多かったという。着物に包んだ全身に対して足だけを露出させるのは、確かに媚態の二元性を表わしている。しかし、この着物と素足との関係は、全身を裸にして足だけに靴下または靴を履く西洋風の露骨さと反対の方向を採っている。そこにまた素足の「いき」たる所以がある。  
《手》は媚態と深い関係をもっている。「いき」の無関心な遊戯が男を魅惑する「手管(てくだ)」は、単に「手附(てつき)」に存する場合も決して少なくない。「いき」な手附は手を軽く反らせることや曲げること』のニュアンスのうちに見られる。歌麿の絵のうちには、全体の重心が手一つに置かれているのがある。しかし、更に一歩を進めて、手は顔に次いで、個人の性格を表わし、過去の体験を語るものである。我々はロダンが何故にしばしば手だけを作ったかを考えてみなければならぬ。手判断は決して無意味なものではない。指先まで響いている余韻によって魂そのものを判断するのは不可能ではない。そうして、手が「いき」の表現となり得る可能性も畢竟この一点に懸かっている。
 以上、「いき」の身体上の話を、特にその視覚的側面から、《全身、顔面、頭部、頸(くび)、脛(はぎ)、足、手》について見てきた。いかがでありましたでしょうか。〜(m~ー~)m

「いき(粋)」]T


さて思い出して頂こう。
「いき」には
1、 媚態
2、 意気地
3、 諦め
の三つがあり、その初めの「媚態」をこれまで少々長く触れてきた。
・・で、2、「意気地」については、・・・「いき」のお話X・・・で、江戸児(えどっこ)の気概として、既に触れたんだが・・・・・「江戸の花」には、命をも惜しまない『町火消(まちびけし)』、『鳶者(とびのもの)』は寒中でも白足袋(しろたび)はだし、法被(はっぴ)一枚の「男伊達(おとこだて)」を尚(とうと)んだ。「いき」には、「江戸の意気張り」「辰巳の侠骨(たつみのきょうこつ)」がなければならない。「いなせ」「いさみ」「伝法(でんぽう)」などに共通な犯すべからざる気品・気格がなければならなかった。更に、「いき」は、「イキ」でありながらも、一種の反抗を示す強味がなければならなかった。「鉢巻の江戸紫」に「粋なゆかり」を象徴する助六は「若い者、間近く寄つてしやつつらを拝み奉れ、やい」といって喧嘩を売る助六であった。・・・・・というクダリ、を思い出していただければ十分であろう。ま、男としての気風のよさ、真の男らしさを云ったということである。

そこでだ、いよいよ最後の3、諦めについて、もうしばらく九鬼様と語って頂こう。
題して、「いき」その至る《境地》とは?

 彼は云う:「いき」の第三の内容は『諦め』である。と。
それは、換言すれば、運命に対する知見に基づいて執着を離脱した無関心である。と。・・・コリャ、ちょっとした宗教観の呈を感じさせるコトバだね〜。
さらに彼は云う:「いき」は垢抜(あかぬけ)がしていなくてはならぬ。あっさり、すっきり、瀟洒(しょうしゃ)たる心持でなくてはならぬ。と。
そして、彼は、この境地を「解脱」ととらえる。
曰く、「この解脱は何によって生じたのであろうか。」
その答えを聞こう
 「異性間の通路として設けられている特殊な社会の存在は、恋の実現に関して幻滅の悩みを経験させる機会を与えやすい。『たまたま逢ふに切れよとは、仏姿にありながら、お前は鬼か清心様(せいしんさま)』という歎きは十六夜(いざよい)ひとりの歎きではないであろう。魂を打込んだ真心が幾度か無惨に裏切られ、悩みに悩みを嘗めて鍛えられた心がいつわりやすい目的に目をくれなくなるのである。
異性に対する淳朴(じゅんぼく)な信頼を失ってさっぱりと諦むる心は決して無代価で生れたものではない。『思ふ事、叶はねばこそ浮世とは、よく諦めた無理なこと』なのである。その裏面には『情(つれ)ないは唯(ただ)うつり気な、どうでも男は悪性者』という煩悩の体験と、『糸より細き縁ぢやもの、つい切れ易く綻(ほころ)びて』という万法の運命とを蔵している。
そうしてその上で『人の心は飛鳥川、変るは勤めのならひぢやもの』という懐疑的な帰趨と、『わしらがやうな勤めの身で、可愛いと思ふ人もなし、思うて呉れるお客もまた、広い世界にないものぢやわいな』という厭世的な結論とを掲げているのである。「いき」を若い芸者に見るよりはむしろ年増の芸者に見出すことの多いのはおそらくこの理由によるものであろう。
要するに、「いき」は『浮かみもやらぬ、流れのうき身』という「苦界」にその起原をもっている。そうして「いき」のうちの「諦め」したがって「無関心」は、世智辛い、つれない浮世の洗練を経てすっきりと垢抜した心、現実に対する独断的な執着を離れた瀟洒として未練のない恬淡無碍(てんたんむげ)の心である。『野暮は揉まれて粋となる』というのはこの謂いにほかならない。
【婀娜っぽい、かろらかな微笑の裏に、真摯な熱い涙】
のほのかな痕跡を見詰めたときに、はじめて「いき」の真相を把握し得たのである。「いき」の「諦め」は爛熟頽廃(らんじゅくたいはい)の生んだ気分であるかもしれない。またその蔵する体験と批判的知見とは、個人的に獲得したものであるよりは社会的に継承したものである場合が多いかもしれない。それはいずれであってもよい。ともかくも「いき」のうちには
〔運命に対する「諦め」と、「諦め」に基づく恬淡〕
とが否み得ない事実性を示している。そうしてまた、流転、無常を差別相の形式と見、空無、涅槃を平等相の原理とする仏教の世界観、悪縁にむかって諦めを説き、運命に対して静観を教える宗教的人生観が背景をなして、「いき」のうちのこの契機を強調しかつ純化していることは疑いない」と。フ〜ム。

かくして、九鬼は、「いき」をして、・・・概括すれば、「いき」の構造は「媚態」と「意気地」と「諦め」との三契機からなり、これを定義すれば「垢抜して(諦)、張のある(意気地)、色っぽさ(媚態)」ということができないであろうか。と結んでいる。

さあ、「諦め」といわれて、「諦め」られるか!!!というオ方々もたんとおられるであろう。既に熟年の域に達していた九鬼周造にすれば、当然といえば当然すぎるほどの帰結ではなかったかと、浅学非才の小生など変に納得してしまうところがあるんですがね。
まあ、それにしても、「媚態」についてのクダリはおもろかったね〜。よくもよくも教えて下されました。「おおきに」・・・お帰りの時は?「・・ようこそ・・・」でしたね。

長々と昼夜を問わずお付き合い頂き、まことに有難う存じました。これをもちまして、九鬼版「いき」についてのお話は、一応の決着を見ることができました。
いつかまた、つれづれなるままに、気の向くままに、稿を改めて「いき(粋)」について、語れる機会があればと考えております。それまで、お元気で。
aufwiedersehen・・・また会う日まで


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