§さらばホワイトタイガー、君は強かった

 by 暁 十夜様



 ある初夏の昼下がり、世の学生はテストに追われている季節だ。
「あ〜ん、どうしよう。テスト勉強なんてしてないよう。」
 ここにもテストに追われる哀れな女学生が一人。
「手伝おうか?」
「やだ!!」
 ジュアンの好感度アップ作戦0.5秒で終了。哀れな奴よのう・・・・・
「ううっ、どうせオレは学年最下位でしたよ・・・・・・」
 もう最近おなじみなってきたデスクに突っ伏して泣くジュアン。いい加減諦めたらどうなんだこいつは。
「エリオット〜〜手伝って〜。」
「却下。」
 レイチェルの頼みを問答無用で断る。
「ええ〜なんで〜」
「そいうものは自分の力でやるものよ。」
 なぜかここのお茶汲みになっている自称勇者のクリスがレイチェルをさとすように言う。
「そういうもんなの?」
「そういうものなの。」
 なかばどうでもいいように言う。ほんとにどうでもいいんだけどね。
「あ〜、なんかエリオットどうでもいいって思ってない。」
「思ってない、思ってない。」
 口ではそう言っているが言葉に感情がこもっていない。
「なんかエリオット変じゃない?」
 俺の異変を感じとってレイチェルがジュアンに訊ねる。
「ああ、あいつ夏バテなんだ。」
 そう、まだ7月の最初だというのに俺は夏バテにかかってしまったのだ。おかげで何もやる気が起きない。
「ほう、夏バテですか。」
 目ざとくそのセリフを訊いたアベルが不気味な笑みを浮かべる。
 コイツはもう夏だと言うのにクソ暑そうなコートを着ている。それで汗をかいていないのだから不思議でしょうがない。
「エリオットさん夏バテに良く効く漢方薬がありますから、よろしかったら差し上げましょうか。」
 そう言って正体不明の小ビンをコートのポケットから取り出す。
「いらん。」
 こいつの所有物を口に入れること以上に危険な事はない。
 まして漢方薬なんぞと言う得体の知れない物を飲んだ日にゃどうなるか分ったもんじゃない。
「そう言わずに、私はこれを飲んでいるおかげで今まで夏バテになったことは一度もありません。」
 それを飲んでいる以前にお前の体の仕組みの方が知りたいよ俺は。
 以前も賞味期限切れの牛乳をレイチェルが知らずに料理に入れた時だって一人だけケロッとしていた奴だ。
 おそらく今まで病気にもなった事も無いだろう。
「なんと言われようと俺は飲まない。」
「そうですか、残念です。いやほんとに。」
 あまり残念そうではなくどこか嬉しそうにアベルは言う。まだなんか考えてるなコイツ・・・・・
「はぁ、クリスお茶煎れてくれ、熱いのやつな。」
 アベルが何を考えてるなんて普通の俺には分らない。考えるだけ無駄だろう。
「はい、ちょっと濃い目にしておいたわ。」
「サンキュ。」
 湯気を立てているお茶を一口飲む。あれ?
「なぁクリスお茶の葉変えたか?」
「え?いつもと同じはずよ。」
 なんとなく味がいつもと違う様な、不思議に思いつつも二口目を飲む。結構いける。
「あ〜、もう!!わかんない!!」
 窓際の応接セットではついにキレたレイチェルが大声を上げている。俺にもあったなぁあんな頃が。
「レイチェルちゃん図書館行こうよ、図書館。」
 精神攻撃から立ち直ったジュアンがレイチェルに近づく。あいかわらず命知らずなやつだ。
「ああ!?なんで?」
 レイチェルは完全に据わった目でジュアンを睨む。今にも襲いかかりそうだ。
 それでも怯まずジュアンは言葉を続ける。
「ほら、こんなエアコンも無いようなボロイ事務所に居たってはかどらないよ。だからさ。」
 悪かったなボロくてよ。
「う〜ん、どうしようかな。」
 エアコンと言う言葉に引かれたのか迷っている様子だった。
「帰りにフルーツパフェでもオゴってあげるからさ。」
「ええ!?ほんと!!」
「ああ、本当さ。」
 その一言でジュアンの今月の極貧生活が決まった。金は貸さんぞ絶対。
「と言うわけでオレは早引きさせてもらうからな、エリオット後よろしく。」
 ジュアンのオレ様的発言に俺はゆっくりと席を立ってジュアンに詰め寄る。
「ほう、このクソ忙しい時にお前はそんな理由で早退する気か?」
 やる気は起きないが仕事は待っちゃくれない。そんな中お気楽学生の勉強を手伝うために早退、そんなのが許されるはずが無い。
「そんな理由って、レイチェルちゃんが留年するかもしれないんだぞ。オレにとっては重要なことだ。」
 ブチッ・・・・・・・
 何かが切れる音が俺の頭中で訊こえた。
「おのれは仕事しろ!!仕事!!そうでなくても・・・・・溜まってんだよ・・・・・・」
 ジュアンの首を絞めて振りまわしている俺は急に目眩に襲われる。
「お・・・・れ?・・な・・か・・・変・・・だぞ。」
 目の前で泡を吹いているジュアンが3人に見える。辺りを見回すとやっぱり他の奴等も3人、アベルに至っては4人に見える。
「エリオット?」
 レイチェルが心配そうに呼びかけてくる。ダメだ意識が・・・・・・・・
 完全に意識がなくなり俺はその場で倒れてしまった。どこかでレイチェルの悲鳴が訊こえたような気がする。




 俺はソファの上目が覚める。見上げると皆が心配そうに見ている。
「よかった、エリオット。」
 泣きながらレイチェルが抱き着いてくる。俺はいまいち事情が飲みこめない。
「お前倒れたんだよ。オレの首絞めたまま。」
 安心した顔でジュアンが言う。そうか俺は倒れたんだ。
「まったく心配かけないでよ。」
 クリスは疲れた表情で笑顔を浮かべる。
「いや〜、ほんと心配しましたよ。」
 アベルがいつもの表情で言っている。いやお前は絶対心配してなかっただろ。
 窓を見てみると外は暗いかなりの間寝ていた様だ。
「@☆%$&?」
 俺は今何時かと訊いて見るが全員わけのわからないと言った顔で俺を見ている。
「おい、お前いまなんて言ったんだ。」
「$&%仝、@☆%$&。」
 クリスの表情が固まる。いったいどうしたんだ?
「エリオット、あたしの言葉わかる?」
 レイチェルがいきなり突拍子も無い事を訊いてくる。
「&#$@☆§∈%&#。」
「ああ〜ん、エリオット〜どうしちゃったの〜」
 わかるに決まってるだろと答えた俺の言葉を訊いてレイチェルは泣き出してしまう。
「いったいどこの言葉なの?」
 クリスもまたわけのわからない事を言い出す。
「どこのって、華民語だろ。」
 クリスの質問にジュアンが答える。しかしどうすれば華民語の話題が出てくるんだ?
「カミンゴ?」
 華民語の意味がわからずクリスは頭に?マークを浮かべている。一般常識ぐらい知っとこうな。
「東の大陸にある大きな民主国家で使われている言語ですよ。」
 アベルが偉そうに答える。一般常識ぐらいで威張るな。
「@&#%$∈§⊃?」
 マジでわけがわからずどうしたのか訊いてみる。
「ほうほう、なるほど。」
「アベル、華民語わかるのか!?」
 俺の言葉が理解できたのかと、ジュアンが驚く。
「はい、少しだけなら。」
「で、なんて言ってるの?」
 もはや常識の範疇(はんちゅう)を超えたと言った表情でクリスが訊く。狭そうだなクリスの場合は特に。
「え〜と、今後事務所の全権限を私に譲ると。」
 その言葉を訊いて俺はおもいっきりアベルの頭を殴る。そんな遺言みたいなこと言うか。
「痛いですね、何をするんですか?」
 あんまり痛そうじゃない表情のアベルが抗議する。
「&%#$%%%#&%@@!!!!!」
「なんか、怒ってるみたい。」
 俺の言葉がわからないらしく他の3人はどうしたらいいものかと考えている。
 どうやら今の状況から察するに俺が華民語を喋っているみたいだ。・・・・・・・・・・え?
「!!!!&#%$$@@@#&$⊃!!!!!!!!!!!!!」
「今度はなんか慌ててるみたいね。」
 当たり前だ、いきなり母国語を忘れて外国語を喋るようになったら誰でも慌てる。
(え〜、以後のエリオットのセリフは同時通訳でお楽しみください。)
 意味不明のナレーションがどこからともなく訊こえてくる。
「しかし、いったいどうしてこんな事になったんだ?」
 ジュアンが不思議そうに首を傾げる。
「なんか悪い物でも食べたの?」
 いきなりクリスがかなり失礼なことを言う。
『そんなジュアンみたいな事するか!!』
「お前、今かなり失礼な事いったろ。」
 おバカなジュアンに外国語なんて理解できないだろうがなんとなく雰囲気で分ったらしい。変なとこで器用なヤツ。
「やっぱり賞味期限が切れているものはいけませんねぇ。まさかこんな副作用が起きるとは。」
 アベルがやれやれといった感じで手元の小ビンを見ている。まさか・・・・・
『おのれは!!一服盛ったな!!!!!!!!!!!』
「盛っただなんて。私はただエリオットさんのためを思って。」
 違う、絶対に違う。コイツの場合は絶対におもしろがってやっているはずだ。
 その証拠にいつもよりスマイルが30%ばかし多い。
「それなに?」
『毒だ。』
 意味は通じないだろうが一応言ってみる。
「いやだなぁエリオットさん、毒だなんて、漢方薬ですよ。」
『漢方薬だろうとなんだろうとお前の持っている物は全て俺にとっては第1級の危険物なんだよ!!!!!!』
 もはやこいつの存在はダイオ○シンよりも凶悪かもしれない。
「これからどうするの?ずっとこのままって言うわけにもいかないでしょう。」
 そうだこのまま一生この言葉で生きていくなんて考えられない。と言うかむしろしたくない。
「そうですねぇ、一から言葉を覚えていくしかないんじゃないですか?」
 またえらく気長な話しだ。めんどくさくてやってられない。
「あは、それいいかも。もしそうなったらあたしがエリオットに付きっきりで教えてあげる。」
 怖い事をレイチェルが言う。
「いいなぁ、エリオット。レイチェルちゃんと同棲するなんて。」
「ダメよ!!レイチェルはまだ16なのよ。」
 いつの間にか話が違う方向にずれ始めている。もう少し真面目にやってくれ。
『とりあえずそんな案は却下だ、却下。』
「ええ〜、あたしもうりっぱな大人だよ〜」
「ダメよ。嫁入り前にそんなこと言っちゃ。」
 俺は完璧に無視されちょっと悲しくなるがここで諦めてはいけない。
『他にも方法があるかもしれないだろ。』
「レイチェルちゃんとりあえずエリオットに襲われない様に気をつけてね。」
 完全にシカトされる。って俺はそんな事しねぇよ。
「絶対にダメよ。」
「ええ〜なんで〜、クリスだってエリオットがこのままだと困るでしょ?」
「え、そっ、それはそうだけど。」
 まずいこのままではレイチェルとの同棲が決まってしまう。
『アベル!!なんとかしろ!!』
「なんとかと言われてもそれが一番妥当なんじゃないかと私は思うんですけどねぇ。」
『ふざけるな!!!!!いったい誰のせいでこうなったと思ってるんだ!!!!!!』
「じゃあこういうのはどうです?いっその事華民国へお引越しなされては。」
 一瞬本気でコイツを南のアマソン川に生息する肉食魚の大群に飛び込ませたくなったがひろ〜い心でその衝動を押さえる。
『他に方法はないのかなぁ〜』
 俺は極力笑顔で言うがおそらく顔中に怒りマークが散乱していることだろう。
「ありません。」
 キッパリと言い放ったアベルに完全にキレた俺は近くにあったロープでグルグル巻きにする
「エリオット〜明日からあたしとクリスとジュアンで、ってなにしてんの?」
 話し合いの結果を伝えに来たレイチェルが縛り上げたアベルを引きずって事務所から出ていこうとしている俺を発見する。
『こいつを今からアマソン川に捨てに行く。』
 意味が伝わるかどうかなんて関係無しに俺は言い放つ。コイツだけは絶対に許せん。
「ああ、待ってくださいあと一つだけ方法があります。」
 その言葉に白い目を向けてアベルを睨む。
『ほんとだろうな、これ以上変なこと言うとマジでアマソン川に放りこむぞ。』
「本当ですよ。それよりこの縄ほどいてくれませんか?」
 しかたなくアベルを縛っているロープを外してやる。
『で、どんな方法なんだ?』
「やっぱり引っ越しませんか?」
 アベルの言葉に再びロープを握り締める。今度こそ確実に殺る。
「冗談ですよ、冗談。はぁ、しかたないですね。この方法だけは取りたくなかったのですが。」
 そう言うとアベルは少し重い表情をする。コイツがこんな表情をするとはいったいどんな恐ろしい手段なんだ。
 その雰囲気を感じ取って他の3人も固唾を飲んでアベルの次の言葉を待つ。
 やがてアベルは重い口を開いた。その言葉は俺達の想像を遥かに超えていた。
「近くの漢方薬屋さんに行って直してもらいましょう。」
「「「「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」」」」
 全員その場でズッコケる。どんな恐ろしい方法かと思ったらそんなことかよ。
「それなら最初からそうしていればよかったんじゃない。」
「まったくだぜ。」
 口々に期待はずれだと言わんばかりの発言がでる。その中レイチェルだけが不満げな表情をしている。
「どうしたんですか?レイチェルさん。なにか不満でも?」
 こちらもどこか不満げなアベルが訊ねる。
「うん、だってせっかくエリオットとのラブラブタイムができると思ったのに。」
 レイチェルにとっては俺の治療=ラブラブタイムなのだろう。
 しかし彼女に言葉を教わった日には「愛してる〜」だの「好き〜」だの、そんな言葉ばかり教えられそうだ。
『よし、今から行くぞ。』
 怖い想像で痛くなったこめかみを押さえながら俺達は漢方薬屋に向かった。
 事務所のビルから数分歩いた路地裏の一角に「それ」はあった。どうやらまだ営業中の様だ。
 結構遅い時間なので開いているかどうか不安だったがその心配はなかったようだ。
「ここ?」
 クリスがかなり不審がって訊く。
 それもしかたない事かもしれない。今時それはないだろうと言うぐらい古びた建物に布で出来た扉、所々腐食した看板。
 普通の人ならまず入るのには躊躇するだろう。
「ここですよ。さぁ入りましょう。」
 たいして気にもしていないアベルが最初に中に入り俺もそれに続く。
「いらっしゃい。」
 入った店の中には老人が一人座っていた。夜道で遭ったら間違い無く逃げたしたくなるような怪しいいでたちだった。
「ヒッ」
 俺の後ろから入ってきたレイチェルが短い悲鳴を上げる。
「どうしたのかね?」
「いえ、ごめんなさい。なんでもないです。」
 どうやらレイチェルは店主を見て悲鳴を上げたのだろう。気持ちは分らなくもない。
「うおっ!?なんだこいつ!?」
 続けて入ってきたジュアンも店主を見て声を上げる。クリスは不思議と何とも無いようだ。
「おやまぁ、今日はえらく大勢で来たもんだねアベル。」
 店主はジュアン達に反応を別段気にしている様子も無くアベルに話しかける。コイツの知り合いにはまともなヤツはいないのか?
「で、どうしたんだい。」
「ええ、友人がちょっと大変な事になりまして。」
 俺はいつからお前の友達になったんだ?とツッコミを入れたかったが話しが進まなくなりそうなのでやめた。
 それ以前にお前は大変な事と思ってないだろうが。
「ふぅん、どの子だい?」
『俺です。』
 俺は一歩前に出る。その俺を品定めする様に店主は上から下まで見る。
「別段変わったところは無い様だが。顔色も良いし。」
『いや言葉が。』
「ああ、そうか言葉がねぇ。」
 本当にわかっているのかいまいち分らない表情で店主は一人納得している。
「原因は?」
「おそらくこれを飲んだせいかと。」
 そう言ってあの小ビンを渡す。
「なんだいこれは、賞味期限が15年も前に切れてるじゃないか。」
 なに?確かに賞味期限が切れているとは訊いたが15年なんて訊いちゃいないぞ。
『お前そんなもん俺に飲ませたのか!!!!!!!!!!!!!!』
 アベルの襟首をひっつかんで詰め寄る。もう許せん絶対肉食魚の餌にしてやる。
「これなら簡単だよ。すぐに直る、この薬があればな。」
『本当か!?』
 俺はアベルを放り出すと希望の眼差しをその薬に向ける。
「ああ、本当さ。ただし高いよ。」
『いくらだ?』
 そう訊くと店主は指を三本立てた。
『3万かそれならなんとか今持ってる。』
 財布を取り出した俺を店主は止める。
「違う。3000万だよ。」
 3000万その言葉を訊いて俺は固まって財布を落とす。へたすりゃ超豪華な一軒家が買える金額だ。
『ふざけるな!!そんな大金払えるわけないだろう!!!!』
「そうだろうね。だったら賭けをしよう。」
 店主はおもむろに天井から垂れ下がっているヒモを引っ張った。すると今まで立っていた床が二つに分れる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
 俺達は突如出現した落とし穴に落ちていった。
「そこから無事に帰ってこれたらタダあげるよ。ひょっひょっひょ。」
 店主の不気味な笑いが響く、ちきしょう、やっぱりアベルの知り合いにまともなヤツはいねぇ!!
 中はスロープ状になっていて滑り台の様に落ちていく。不意に横にいたジュアンとレイチェルの姿が消える
『ジュアン!!レイチェル!!』
 二人の名前を叫ぶが返事が無い。どうしたんだ。
「お二人なら大丈夫ですよ。」
 こんな状況にも関わらず涼しい顔をしたアベルが言う、なにを根拠に言っているのかわからないがコイツが言うと余計に不安になってくる。
 しばらくすると少し先に光が見えてくるどうやら出口の様だ。
 ずしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・ガン!!
 落とし穴から出て来た俺達は床を滑りおもいっきり壁に頭をぶつける。
「いった〜い、なんなのもう!!あれ?ここどこ?」
 頭をさすりながらクリスが不思議そうに辺りを見まわす。
「覚えてないんですか?」
「ええ、店に入ったら不気味な物体がいてそこから記憶が無いのよ。」
 どうやらクリスは今の今まで気絶していたようだ。なんだかんだ言って彼女が一番失礼な反応をしたというわけか。
「で、ここはどこなの?」
『それは俺も訊きたい。』
 周りをみても扉が一つとカゴが数個置いてあるだけだった。
「彼の地下迷宮ですよ。」
『地下迷宮ぅ?』
 そんなものが実在していたのか、しかも街のど真ん中に。いったい市役所の連中はなにをしてるんだ。職務怠慢だぞ。
「どうやらこれに着替えないといけないみたいですね。」
 そう言ってアベルはカゴの中にあった服を見せる。
「なんの衣装?」
「衣装じゃありませんよ。華民国のチャイナ服と言う民族衣装です。」
 どっちも大差はないと思うんだけどな俺は。
『なんでその服に着替えなきゃいけないんだ?』
 その質問にアベルは壁を指差した。そこには「ここから先はこの服を着用すべし。」と書かれてある。
「そのまま進んじゃいけないの?」
「おそらくそうすると薬は貰えないでしょうね。」
 アベルの知り合いという時点でそうなる事は目に見えている。俺はカゴの中から黒い服を取った。
「着るの?」
『そうしないと俺は一生このままで過ごす事になりそうだからな。』
「と、言ってます。」
 アベルの同時通訳でクリスにも俺の言葉を理解して頷く。
「でもここ更衣室がないわよ。」
 そういえばここは扉が一つあるだけで他にはカゴしかない。とてもあの扉の向こうが更衣室とは思えない。
「じゃあ私達は外で着替えましょうか。」
『そうだな。』
 俺とアベルはそれぞれカゴを持って外に出る。そこは無数の竹で埋め尽くされていた。
「扉を抜けるとそこは竹林だった。」
 意味不明なこと呟くアベルをよそに俺は着替えを始める。
「いや〜なかなか似合ってますよ。」
 俺の格好を見てアベルが言う。袖なしで指の出た手袋いやむしろ篭手に近い物を装備した上、額には模様の入った鉢巻。俺は孫○空かい!!
 アベルはというと前に雑誌でちょこっと見た事のある華民国の修行僧の格好をしている。たしか名前は○林寺。
 これがまたアベルスマイルとミスマッチで怖い。普通に道を歩いていたら2秒で警察につれていかれるだろうな。
「お待たせ。」
 出てきたクリスは半袖にかなりスリットのキツイ服、まさにそれ系の店には必ず居そうな服装だった。ジュアンがいれば喜んだだろうな。
『お前それはちょっと。』
 目のやり場に困ってまともにクリスを見られない。
「どうしたの?」
「とっても似合うと言ってますよ。」
 アベルが全然違う訳し方をする。それを訊いてクリスの顔が少し赤くなる。
『お前はなんでそんなことを言うんだ!!』
 俺はアベルに詰め寄る。確かに似合ってはいるが今はそんな事言っている状況か!!
「考えてみてください。もしまた着替えるなんて事になったら服を選ぶのにどれくらい時間がかかるか分りませんよ。」
 珍しくまともな意見に俺は言葉を詰まらせる。
「さぁ、行きましょうか。」
 勝ち誇った(そんな感じがする)表情でアベルが言う。なんかムカツク。
 竹林を掻き分けながら進んでいく。地下迷宮と言うからどんなスゴイ物かと思っていたが案外普通の地下室だったりして。
(注:既に竹が生えている時点で普通ではありません。)
 その考えが甘かったと痛感させられる物体が俺達の前に立ちはだかる。
『虎だな・・・・・・・』
「虎ですねぇ・・・・・・」
 俺達の前に現れたのは体長2メートルはあろうかという大きな虎だった。
「なにあれ・・・・・・・・・」
「なにって、虎でしょう。目つきからして野生の。」
 アベルはいつものスマイルで涼しく答える。それ以前にあの店主に飼われている時点で野生じゃないだろうが。
「そんな事わかってるわよ!!私が訊きたいのはなんで虎がこんな所にいるのかってことよ!!!!!」
「あの人は野生動物を飼うのが趣味ですからねぇ。いやはや困ったものですよ、まったく。」
 全然困っていない表情で言う。コイツはいったい何をすれば表情を変えるんだ?もしかして顔面神経痛だったりして。
『なんてバカなこと考えてないで逃げるぞ!!』
 俺はクリスの手を取って全力で走り出す。人間の足で虎を振り切れるか不安だがとりあえず逃げる。
「私の手は取ってくれないんですね。」
『男の手なんて引いて逃げれるか!!気色悪い!!!!』
 必死で発言がかなりジュアン的になるが気にしてはいられない。とにかく今は走る。
 しかし虎との距離はみるみる縮まっていく。やっぱり無理か。
「あそこに逃げましょう。」
 アベルの示した先にはさっきとは違うドアがあった。俺はそこに走る。
「大丈夫なの?」
 クリスが心配そうに訊いてくる。しかし先の心配より今のこの状況を打開する方が先だ。
 ドアを開け急いで閉める。ドンと虎がドアにぶつかる音がしたがドアは鉄製だ破られる心配はないだろう。
『はぁ、助かった。』
 虎から逃げ切りホッと一息つく。
「エリオット、あの。」
 クリスの言葉にまだ手を握っていることに気付いて慌てて手を離す。
『悪い・・・・』
 二人とも顔が真っ赤になる。やべぇ、なんかドキドキする。
「いい雰囲気のところ申し訳ありませんがそろそろ先に進みませんか?」
『どわぁ!?』
 いきなりアベルに声をかけられ思わず叫んでしまう。
 あれだけ全力疾走したにもかかわらず汗一つかいていない。コイツは絶対宇宙人かなんかだ、じゃなけりゃサイボーグかアンドロイドだ。
「そうね。」
 そう言ってクリスは辺りを見渡す。俺も辺りを見渡してみる。
 さっきとは違い今度は洞窟といった感じの雰囲気だ。
『どっちに進むかだよな。』
 洞窟は左右に伸びている。
 ドン!!ゴロゴロゴロゴロ!!!!
 なにか大きい物が落ちる音がして。こっちに転がってくる。
「今度はなに?」
「どうやら巨大な岩の様ですね。」
 やけに落ち着いてアベルが言う。って落ち着いてる場合か!!!!!!
 岩はもうすぐそこまで迫って来ていた。
『また走るのかよ!!!』
 俺は再びクリスの手を取って走り出す。いったいなんなんだここは!?
「何って、地下迷宮でしょう。」
 人の心を読んだわりには分りきった事を言うアベルを無視して走るスピードを上げる。
『見えた、出口だ!!』
 出口を抜けクリスを抱えて横に飛ぶ。
 岩は出口を突き破り向かいの壁に当ってようやく止まる。
『クリス大丈夫か?』
「ええ。」
 立ちあがりクリスの無事を確認する。言葉は通じてないがなんとなく分ったらしい。
「私の心配はしてはくれないんですか?」
『お前は殺しても死なないだろうが。』
 やはりと言うか、なんと言うかアベルも無傷だった。いっそ重傷にでもなって入院してくれれば俺の生活が少しは静かになる。
「よくここまで辿り着いたね。」
 どこからとも無く店主の声が訊こえてくる。おそらくスピーカーかなんかだろう。
「やれやれこれで終わりですか。」
「バカ言っちゃいけないよ。まだ最後に一つあるよ。」
「まだあるの。」
 クリスはうんざりと言った感じだ。それは俺も同じだ。
「さて、最後の仕掛けだよ。これは突破できるかね。」
 店主の声が終わると壁からチェーンが飛び出しその先の輪になっている部分がクリスとアベルを捉える。
『クリス!!アベル!!』
「くっくっく、さぁ、どっちを助ける?」
 含み笑いをして店主が訊いてくる。
『クリスだ。』
「は?」
 俺の迷いの無い言葉に店主は間抜けな声を返す。
「いいのか?そんなに簡単に決めて。選ばれなかった方はかなりヒドイ事になるんだよ?」
『クリスだよ。アベルは煮るなり焼くなり好きにしてくれ。』
 これがレイチェルやジュアンなら迷うだろうが選ぶ相手がアベルとクリスと言うのであれば迷わずクリスを選ぶ。
 まぁジュアンでも尊い犠牲になってもらうだろうけど。
「エリオットさん。それは酷くありませんか?」
『うるさい、誰のせいでこうなったと思ってるんだ。』
 全ての元凶、諸悪の根源なアベルが抗議の助けを求めるがとりあえず却下。
『さぁ早くクリスを放せ。』
「わかったよ。」
 ガチャ、という音がしてクリスからチェーンが外れる。
『クリス大丈夫か?』
「えと、うん。」
 さっきと同じセリフを言ったので今度は意味がわかったらしい。
 金属が擦れる音がして大岩の横の壁から階段が出現する。
「そこから上に戻って来られるよ。」
 俺はクリスと共に階段に向かう。
「恨みますよ〜〜〜〜〜〜〜〜」
 アベルがなにかほざいているが無視。俺達は階段を上がって店内に戻ってきた。
「よ、エリオットお帰り。」
 店内に戻ってきた俺達を出迎えたのはテーブルを囲んでお茶を飲んでいるジュアンとレイチェルだった。
「あなた達どうして?」
「え〜とね、なんか最初の落とし穴で左に入ったら無条件でクリアなんだって。」
 なんだそれは、いったい俺のした苦労はなんだったんだ。
『ふざけんな!!!なんなんだよそれは!!!!!!』
 俺はカウンターを叩いて店主に詰め寄る。そこに何かを口に放りこまれる。
 俺の口の中は今まで感じたことのないほどの苦味に襲われる。
『んん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、水!!!水!!!!』
 テーブルにあったレイチェルのお茶を奪い取り口に流し込む。
「あ〜、あたしのお茶〜」
「なにすんだよ!!!!!!!」
 店主の襟を引っつかむ。
「エリオット言葉が。」
「え?俺の言葉分るのか?」
 クリスとレイチェルが頷く。どうやら元に戻ったようだ。
「悪かった。」
 店主の襟を放しお詫びの言葉を言う。しかしあんなに苦いとは、良薬口に苦しとはよく言ったものだ。
「さて、帰るか。」
 無事に帰ってきた自分の服に着替えて店を出ようとするとレイチェルが訊ねてくる。
「ねぇアベルは?」
「さぁ?知らない。」
 自分でも薄情とは思うがあいつにはキツイおしおきが必要だろう。
「#&%$@@#$?」
 不意に訊こえてきた訊きなれない言葉に後ろを振り向く。そこにはジュアンが立っていた。
「$&%?#$@$$%&?」
「ジュアンまさかお前・・・・・・・」
 ジュアンはなんと俺と同じ症状になっている。
「どうする、3000万払うか?それともまた行くかい?」
 店主がニヤニヤと訊いてくる。やっぱりアベルの知り会いだ油断できん。
「ジュアンがんばれよ。」
 俺はポンとジュアンの肩に手を置いて激励を送りレイチェルを見る。
「すまんレイチェル。ジュアンに付いて行ってやってくれ。」
「ええ〜なんで〜」
 明かに不服そうにレイチェルが言う。
「頼むよ今度チョコパフェでもオゴるからさ。」
「うう〜わかった。」
 チョコパフェの一言でレイチェルは渋々了承してくれた。
 俺とクリスはカウンターの中に入る。
「やってくれ。」
「わかったよ。」
 店主がヒモを引っ張ると床が開いてジュアンとレイチェルが落ちていく。
「さて、帰るか。」
「そうね。」
 いつもなら「待っててあげないの?」と訊くクリスだがもはやその元気はないようだ。それは俺も同じだ。
 なんとなくアベルは帰って来ないような気がするがそれはそれで平穏な生活が送れるからOKだ。
 しかし予想は外れ3日後にアベルは帰ってきた。虎の世話をさせられたり迷宮の整備をやらされた話を延々と訊かされた。
 すまん、俺が悪かったもうやめてくれ・・・・・・・・・


- 終 -

■あっとがき〜♪

いや〜番外編第二弾どうだったでしょうか?
なんか後編ちょっとしたアクションチックになってますが、まぁ気にしないでください(^^;
クリスは守られてばっかりでしたねぇ、勇者なのに(笑
しかしエリオットは怒ってばかりでその内ストレス性の胃潰瘍とか円形脱毛症とかにならないか心配です。(お前が書いたんやろが!!
え〜とそれからエリオットとクリスがいい雰囲気になってましたがこれは俺っちの勝手な想像ですんで本編とは関係ありません。
最後に藤馬さん、こげな感じになってしまいましたがよかったでしょうか?
どうも中国の奥地に行くはずが漢方薬屋さんの地下迷宮になってしまいマヒた。(^^;
虎とも戦わず逃げちゃいましたし。いや〜どうしてこんなになっちゃったのか自分でもわからないっす(激爆
わかってるとは思いマフが、実はタイトルまったく意味はありません。(実は前もそう)
よって藤馬さん好き変えちゃって結構です(笑
それではこれ以上だらだらと書くとどっかから毒矢が飛んできそうなのでこの辺で失礼するデフ。でわ。
でわでわ、この辺で。

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