§Happiness 第四章:幸せ・・・

 by 暁 十夜様



 俺達は必死に街の裏道を疾走していた。大通りなどとは違い、まだ整備の行き届いていない昔ながらのレンガ道を。非常に走りにくいことこの上ないのだが。
「ねぇ・・・どこまで・・・走れば・・・・・いいの?」
 レイチェルが息も絶え絶えに言う。延々と走り続け、20分くらいたつだろうか。そろそろ全員体力的に限界に近づいてきている。
「俺に・・・聞くな・・・後の・・・クリスに・・・聞いて・・くれ」
 俺は痛くなった脇腹を抑えながら言う。食後、しかも嫌というほど食料を胃に詰め込んだ後の全力ダッシュはマジで脇腹にくる。しかも俺は小脇にアオイを抱えて。そんな俺達の後を抜き身の剣を携えたクリスが追いかけてくる。
「止まれ!!」
 チラっと振りかえった俺に向かってクリスが叫ぶ。止まれと言われて止まるぐらいなら最初から逃げないっての。それ以前に止まればなにされるかわかったもんじゃない。
「でもどうしてあの娘あんなになってるの?もしかして元からとか?」
 もうほとんど全員がバテバテなのにケロッとした顔でサーシャが聞いてくる。
「さぁ?元からじゃないと思いますよ。何か変な物でも食べたんですかね?」
 サーシャの問いにこちらも汗一つかかずにいつものアベルスマイルを浮かべたアベルが言う。いったいこいつらの体の構造はどうなってんだ。アベルだけでもいいから一度解剖して調べてほしいもんだ。
「やってみますか?」
「イヤ、いい。なんか変なもんとか出そうだし」
「そうですか・・」
 と、俺の答えになぜか残念そうに言うアベル。お前は解剖されたかったんかい。って、言うかホントに解剖したらなんか出たりして。
「はっはっ・・・さいきん・・・なんか・・・オレ・・・走って・・ばっか・・だ」
 この3日間の走行の総合距離が42.195キロを越えているジュアンが愚痴る。ガンバレその内なんかいいことあるさ。たぶん。
 俺達は路地を曲がり、坂を駆け上がり、階段を3段飛びで駆け降り、時々物陰に隠れてほっと一息つきながらダグラム市中を駆けまわった。時折、
「おや、エリオットまだ走ってるのかい?元気だねぇ」
 と言う知り合いのパン屋のおばちゃんの声が聞えたりしたり。何気にすっかりなんかの企画と間違われてるような気がしないでも無い。
「しかし、本当になぜクリスさんはあんなになってしまったんでしょうね?」
 余裕綽々、無限の体力があるんじゃないかと思わせるぐらい、いつもの口調で言うアベル。
「う〜ん・・・やっぱ・・し・・変な・・・もの・・でも・・食べたんじゃ・・ない・・・のか・・・」
 懐も体力も極限状態なのにジュアンが律儀にアベルに言う。お前は根性あるんだか無いんだか。
「変な物って。あの娘今までアタシ達と同じ物しか食べてないわよ?」
 と、サーシャが言う。
「と・・すると・・・変な物を・・・食べて・・ああなったとは・・・考え・・・られ・ない・・」
 俺は呼吸と一緒に言葉を吐き出す。ああ、もう辛い。
「ううん・・・そう・・とも・・・言い・・・きれない・・・かも」
 レイチェルが空ろな目で言う。俺は言葉に出して聞き返す力も無く。しばし考えてみるが。走りながら考えるとまとまるもんもまとまらない。
「う〜む、やはりあの魔法のじゃがいもと言うのはマズかったですかねぇ」
「「「「お前のせいかぁああああああああ!!!!」」」」
 アベルの言葉に全員逃げるのを忘れその場で大声を上げる。
「なんでお前はいつもいつもいつも話しをややこしい方へ持っていこうとするんだ!!」
「まったくだ!!いい加減その性格を直せ!!」
「ホントよぉ!!なんで運動部でもないのにこんなに走りまわらないといけないのよ!!」
 疲れていたせいか。俺達は無気力モードからあっという間に怒りゲージが振りきれて怒髪天モードに切り替わる。
「もう!!サーシャさんもなんか言ってやってよ!!」
「そうねぇ、やっぱり裸足で雪山登山かしら」
 おお、顔色を変えはしないがサーシャも怒っているようだ。さて、どうしてくれよう。
「え〜と、お楽しみのところ申し訳ないんですが」
 どんな方法でお仕置しようかと考えていたところにアベルがやっぱしニコニコ顔で話しに割って入ってくる。
「なんだよ?お仕置を止めてくれなんて言っても無駄だからな」
「いえいえ、そうではなくて。ほら、早く逃げないともう追いつかれますよ」
 アベルはそう言いながら俺達の後ろを指差した。その先にはもう10mもしない位置までクリスが迫っていた。
「観念したか!!大人しくその娘を渡せ!!」
「でぇえええええええ!!!は、走れ〜〜〜〜!!!」
 とりあえずアベルへのお仕置は後で考えるとして。今は逃げるのが先だ。俺達は再び路地を走り抜け坂道を駆け上がり大通りを疾走する。そしていつしかお天道様も西へ沈みかけていた。
「はぁ、街に戒厳令が出てるからちょっと暇だなぁ」
「そうだな。こんな時に街から出るやつなんてあんまりいないからなぁ」
 今考えればこんか会話でもしていたのだろう。二人の警備兵が俺達の前に見える。
「どけぇえええええええええええええええええええ!!!!!」
 先頭をきって走っているジュアンが叫ぶ。ランナーズハイというやつだろうか。もはや目がイっている。
「うお!?」
 ジュアンの完璧にイった目を見てか警備兵が慌てて飛び退く。その間を俺達はサバンナで獲物を追いかける、いや追いかけられるインパラのごとき早さで駆け抜ける。そして俺達の後をクリスが追いかけてくる。
「・・・・・・・な、なんだったんだ・・・今の」
「新聞社のやつらだったみたいだけど・・・・たぶんなんかの企画だろ?」
 と、言う警備兵の会話が聞えてきそうだ。すいません、いっつも迷惑ばっかかけて。今度菓子折りでも持っていこう。
「って言うか。今の、街の外に出る門だよね?」
「ああ、そうだな」
「こういった場合は街中の方が捕まる可能性は少ないと思うのですが」
「はっはっは、細かい事は気にしない!!皆オレについてこい!!あの夕日に向かってれっつらご〜だ!!」
 まずい、ハイになり過ぎてジュアンがマジでアブナイ方向へイってる。
「さぁ、皆も叫べ!!夕日のばかやろぉぉぉぉ・・・・・・・・」
 と、エコー付きのわけわからんセリフを残してジュアンが俺達の前からいきなり消える。
「お〜、手品ですか。消えましたねぇ」
「んなわけあるかい」
 アベルのあまりにもアホなボケに思わずツッコミをいれてしまう。ああ、この体質が恨めしい。
「でも、なんでこんなとこに階段なんてあるの?」
 消えた様に見えたジュアンは実は目の前にあった階段を見逃して見事にすっころんだだけだった。
「わかんね。とりあえずジュアンも心配だし。入ってみるか」
 俺がそう言った時。俺の腕の中でアオイの体が強張る。
「どうした?」
「ヤだ・・・」
「え?なんだって?」
「ヤだ、その中に入るの・・・」
 あからさまに拒絶の反応を示すアオイ。その顔はひどく青ざめていた。
「そうだろうな。またあそこへ戻るのはキミには嫌だろうけど。それも仕方ないんだ」
 不意に後から聞えてきた声に俺達は慌てて振り向く。いつの間にか数メートルすぐ後ろまでクリスが近づいていた。
「どういう意味?」
 厳しい表情でサーシャがクリスに聞く。こういう時はなんとも頼もしいな。男としてちょっと情けない気もしないでもないけど。
「その子に直接聞いてみればいい、と言いたいところだけど無理か」
 複雑な表情をしてクリスが言う。いや、違う。クリスの声だけど微妙に男っぽい感じの声だ。どこだろう。俺はこの声を聞いたことがある。どこだ?
 俺がそんなことを考えているとサーシャがチラッと目配せをしてくる。どうやら自分が注意をそらすから隙を見て逃げろと言うことか。
「アオイ、あの中に入るのは嫌だろうけどガマンしてくれるか?」
 俺はクリスに気づかれない様に小声でアオイに言う。アオイは青ざめた表情のまま小さく頷いた。
「良い子だ」
 俺はアオイの頭を撫でるとサーシャとレイチェルに目配せをしてすぐに動ける様に頭を切り替える。アベルには合図をしなかったけど・・・・まぁ大丈夫だろうな。
 サーシャは俺の合図を受けるとクリスに向かって一歩前に出る。
「なんであの子があの中に入るのを嫌がるのか教えてくれない?貴方の口ぶりからするとあの子本人からは聞けそうにないから」
 落ち着いた口ぶりでサーシャが言う。社長という肩書きは伊達じゃ無い。肝の据わった落ち着きを彼女から感じる。
「そうだね・・・やっぱり説明は必要かもしれない」
 淡々とした口調で言うクリスの様子を見ながら俺とレイチェルはジリジリと後ろに下がる。
「そうだな、どこから話そうか。やっぱり彼女の正体からかな」
「そうね。まずそこから教えてもらいましょうか」
 サーシャが後ろ手で行けと合図を出す。レイチェルもそれに気づいた様子でこちらを見る、今だ。
 俺とレイチェルは後ろの地下に続く階段に向かって全力で駆け出す。
「あ!?待て!!」
 クリスが叫ぶ。俺は気にせずにそのまま階段を駆け下りる。背後でサーシャのクリスを止める声が聞こえた。頼むぜ、二人とも無傷で事を済ませてくれよ。
「オラ!!いつまでも寝てんな!!」
 俺は階段の一番下で昏倒しているジュアンを通り過ぎるついでに蹴り起こす。
「いって!?何すんだよ!!」
「いつまでもそんな所で寝てるからだよ」
 レイチェルがジュアンの横を通り過ぎながら言う。
「うあ、レイチェルちゃんまで。オレちょっとショック・・・ってちょっとは待てよ」
 中に入って初めて気づいたが、以外と中は明るかった。通路の壁には魔法の明かりで灯されたランプがいくつもその明るさを失わず輝いていた。しかも通路はかなりの広さだった天井は5メートルはあり、馬車とかも余裕で2台は通れるほどの幅があった。
「すげぇ・・・って、言うかここって少なくても何百年は放置されたまんまなんだろ。そんな長い時間持続し続ける魔法なんてあるのかよ」
 ジュアンがしげしげとランプの一つを眺めて言う。
「さぁ?実際あるんだから昔はあったんだろ」
 俺はそっけない言葉をジュアンに返す。今はそんな古代の魔法のことなんて考えてもしょうがない。なんとかこの事態を収拾する方法を考えないと。
「アオイちゃん、大丈夫?」
 レイチェルが俺に抱えられたアオイに尋ねる。アオイの表情はさっきよりももっと青白くなっている。
「おい、ホントに大丈夫か?」
 心配になって俺はアオイを下ろし座らせる。
「うん、大丈夫・・・」
 力なく答えるアオイ。ここにはアオイを診てもらう医者もいなけりゃ治療の道具も無い。俺はますます心配になってきた。
「オイオイ、マジでヤバイんじゃないのか?なんとかしないと」
 ジュアンが少し焦った様子で言う。そう言われてもなす術が無い以上どうしようもない。
「エリオットさん、ちょっとどいてくれませんか?」
 途方にくれかけていた俺の後ろからアベルが俺とアオイの間に割って入ってきた。アベルには珍しい、と言うか初めて見たアベルの真剣な表情に俺はなんの反論もせずにその場をから一歩引いた。
「アベル?」
 アベルの異常――と言っては失礼かもしれないが――の様子に驚いてレイチェルが思わず声を上げる
「すいません。静かにしてもらえませんか」
 そのアベルの言葉でその場の誰もが口を閉じた。アベルは小さく呪文の様なものを口にすると、アベルの掌から暖かいやさしい光がアオイを包みこんだ。その光景を俺達はただ黙って見ているしかなかった。
 アベルがなにをしようとしているのかはだいたい検討がつく。アオイを助けようとしているのだ。いったい今アベルがどういう治療をしているのか俺には全然わからない。それでも今はアベルに頼るしかない。
「ふぅ。これでしばらくは大丈夫でしょう」
 そう言ってアベルはいつもの笑みを浮かべる、しかしその表情には少し疲れが見えた。かわりにアオイの表情はいくぶんか和らいだ表情になっている。どうやら治療は終わったみたいだ。
「アオイ、いったいどうしたの?」
 レイチェルがアオイの頭を撫でているアベルに聞く。
「アオイさんの魔力・・まぁ精神力と言いますか、そういった類のものが著しく消耗してしまったんです」
 アベルの説明の俺とレイチェルはなんとなくだが意味を理解して頷く。
「どういう意味だ?」
 いまいちわかってないジュアンが頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「そうですね。極度の緊張やストレスで精神的に疲れることがあるでしょう?それの超拡大版みたいなものと思ってくれればいいですよ」
 それはそれでなんとなくあってるような気もしないでもないけど。しかしやっぱりジュアンには理解できないのか、頭の上のクエスチョンマークがさらに数個増える。
「あ〜〜、もうそれでそんな状態になったらどうなるんだ?」
 いくら考えてもわからないと判断したのか。結果に走るジュアン。ジュアンよ、それは正しいぞ。キミの鳥頭じゃ百年経ってもわからないからな。
「良くて昏睡状態、悪ければ死に至ります。今のは比較的初期の状態でしたから私でもなんとかなりましたが症状がすすめばどうにもなりません」
 アベルの言葉に俺達は言葉を失った。なんとなくは理解しているつもりだったがそんな死ぬほどのものとは思っていなかった。
「でも、どうしてそんなことになったの?」
「おそらくこの遺跡にアオイさんだけに働く魔力を吸い取ってしまう魔法がかかっているか、または装置があるんでしょう」
 アベルが再び真顔で言う。
「マジで?じゃあとっととこっからでないとヤバイんじゃないのか?」
「いえ、それよりも元を断った方がいいと思います」
 腕組みをしたアベルが難しい顔――これまたものすっごく珍しい――で言う。
「どうしてだ?」
「アオイさんの症状はここに入る少し前、街中にいる時からでていました。と言うことは彼女の魔力を吸収している物の影響範囲はダグラム市全域をカバーしていると言っていいでしょう。ですから遺跡から出るより彼女に影響を与えている物そのものを排除してしまった方が結果的にはいいと思われますね。探すなら早くしましょう。もう彼女に残された時間はそんなに無いはずです。私が先行します。それらしい感じがする場所ならこの中では一番わかりますからね」
 そう言ってアベルは遺跡の奥へと足を向ける。
「あ、ああ」
 俺はアオイを抱き上げるとアベルの後について歩く。ジュアンもレイチェルも俺の後を追ってついてくる。
「ねぇ、アベルどうしちゃったんだろ?なんかすっごくヘンじゃない?」
「そうだな。なんか悪いもんでも食ったのか?」
 などと後ろからジュアンとレイチェルのヒソヒソ話しが聞こえてくる。内容はしごく失礼だ。と言うか俺もそう思ってたりもする。いつものあの歩くトラブルメーカーだの精神環境に悪い天然野郎と言われているアベルとは到底思えない頼もしさだ。
「・・・・・・・・・・・」
 と、こんなことを考えていても全然無反応。いつもなら「なに?精神不安定なんですか。それはいけませんね」とか言って怪しげな薬でもどこかから出してくるのだが。
 後ろを歩く三人の奇異の視線を浴びながら黙々と歩を進めていたアベルが急に立ち止まる。
「オイオイ、まさか道がわからないとか言うんじゃないだろうな」
 最後尾からジュアンが言う。一本道だからそれはありえないと思うのだが。いかんせんアベルのことだ。いつものアベルスマイルで「いや〜私迷路って苦手なんですよね」などと言う確立は高い。
「何かいます」
 アベルの発した言葉は俺達の予想を裏切るものだった。しかもその言葉からは切迫したものすら感じる。
「何かって・・・なに?」
 レイチェルが俺の袖を引っ張って聞いてくる。
「俺に聞くなよ」
「来ますよ!!」
 と、この時アベルは言ったのだろう。しかしその声は破砕音で掻き消され俺達の耳には届かなかった。
 砕かれた壁の破片と舞い上がったホコリの中から緑色の巨体が姿を現す。3メートルはある身長に緑色の肌。丸太の様に太い腕、饅頭みたいな丸い顔には尖った耳。だらしなく開かれた口から見える並びの悪いすきっ歯が頭の悪さをかもしだしている。
「こいつは・・・・もしかして・・・トロル?」
 ジュアンが信じられないといった感じで声を出す。
「まさか、トロルってもう何十年も前に絶滅したって教科書に書いてたよ・・・・」
 確かに歴史上ではトロルはもう70年ほど前に大々的な討伐で絶滅したはずだ。でも実際俺達の目の前にトロルがいる。昔の討伐を免れた一匹だとでもいうんだろうか。トロルは大きなアクビを一つすると腰に巻いた毛皮の上からボリボリとケツをかきながらあたりを見回す。どうやらこっちには気づいていないようだ。
「よし、あいつがこっちに気づく前にここから逃げるぞ」
 昔の生物学者が正しければトロルの性格は粗野で乱暴。食うことと暴れることしか考えてない――考えられないと言った方が正しいかも――しごく危険なモンスターだ。戦うよりも逃げたほうが人として正しいというものだ。
 俺の提案にジュアンもレイチェルもコクコクと首を縦に振る。俺達はなるべく視界に入らないように慎重にトロルの脇を通り抜けると後ろを振り向かず力の限りを尽くしてダッシュでそこから逃げ出す。
「いやぁ〜追って来るよぉ!!」
 レイチェルの叫び声で後ろ振り返ってみるとぶっとい腕を振り回しながらトロルが追いかけてくる。
「「「うぁあああああああああ!!!!!!!」」」
 俺達は悲鳴を上げてさらに加速する。さっきこれ以上はもう走れないと思ったが。なかなかどうして、人間やれば限界以上の力が出せるもんだ。
「はぁはぁ・・・どうにか・・・撒いたか」
「そ、そうみたい・・・だね」
「もう・・・オレは・・走れ・・・ない」
 迷路の様な遺跡を全力で走り回ってやっと俺達はトロルから逃げ切った。全員が肩で息をしながら胸を撫で下ろす。
「あ!!」
 ヘナヘナと床に座り込もうとしたレイチェルが大声をあげて立ち上がる。
「どうしたんだよ。デカイ声だして」
「アベル。アベル忘れてる」
「あ・・・」
 そうだ、トロルから逃げることで頭がいっぱいでアベルの事をすっかり忘れていた。
「だ、大丈夫だよね?」
「あ、ああ、たぶん大丈夫だろ、アベルだし」
 と、勝手なことを言ってみるものの、やはり心配になる。いくらアベルが動物――危険生物とも言う――に好かれる体質だといっても相手はトロルだ。いくらなんでもモンスターを手懐けられるとは思えない。
「どうするよ。探しに行くか?」
「誰をですか?」
「うおっ!?」
 いきなり背後からかけられた声に俺達は30センチぐらい飛び上がる。毎度のこととはいえ驚かしてくれる。
「アベル、無事だったんだ」
「ええ、トロルは不用意に動かない限り襲ってきませんからね。お頭が弱いためか動いてるものにはなんでも攻撃をしかけますけどね」
 なるほど、そういうことか・・・・・・・・って
「ちょとまて!!お前知ってたんならなんで教えないんだよ!!」
「いやぁ、皆さんが囮になってくれたおかげで私は安全にここまで来れました」
 アベルはいつものすまいり〜な表情で言う。こいつ・・・一瞬でも頼りになると思ったのが間違いだった。
「さて、可笑しな顔をして頭を抱えてる暇はありませんよ」
「は?」
 再び真剣なアベルの声に俺は間抜けな声で答える。やっぱおかしいぞ今回のアベルは。
「目的の物はこの中にあるみたいです」
 そう言ったアベルの前には他のと変わらないただの壁があった。強いて違いを言えばコケとかが生えてないところか。
「これ・・・隠し扉だよね?」
 レイチェルが壁をコツコツと叩きながらアベルに尋ねる。
「そうです。ただすごく特殊ですが」
 そう言うとアベルはレイチェルを後ろに下がらせ壁に手を当てて目をつぶった。
「気合で開けるとかだったりして、いでっ・・・ちょっとしたお茶目なのに」
 とりあえず壊れ気味のジュアンに二発ほど鉄拳を入れ正常な状態に戻し、俺達はアベルをじっと見守る。アベルは呪文だろうか、小声で何か囁いている。その内容は俺にはまったく理解できない。まぁ他の二人も似たようなもんだろうけど。
 呪文が進むにつれアベルから遺跡のランプの明かりと同種の光が溢れ出してくる。その中の一つが手に触れて弾けて消える。触れても熱くない光ってなんか不思議だ。
「我、フォートナーの名において長き封印の眠りから汝を目覚めさせん。汝の心を閉ざせし扉を開放せよ」
 アベルの言葉に反応して壁、いや隠し扉が重い音をたてて開く。中からは少し湿った空気が漏れ出し、俺達の顔を撫でていく。
「さぁ、行きましょう」
 真面目な顔でアベルは全員を促すと、先頭をきって部屋の中へと入っていった。
「どうする?」
「どうするって、行くしかないだろ」
 肩をすくめて、俺は聞いてきたジュアンに応える。
「いかにもって雰囲気だなぁ」
「なにが?」
 唐突におかしなことを口走るレイチェルに、俺は律儀に言葉を返す。
「長い間放置されてた魔術遺跡・・・・・その中の隠し部屋・・・・中にいるのは」
「・・・・・入る前にそう言うことを言うか」
 俺は顔をしかめる。そんな気持ちのなえることを言わないでほしい。
「え〜、だって夏と言えば肝試しでしょ。ここなら雰囲気もばっちりだし」
「今は秋だろうが。何を言ってんだ」
 しばしの間沈黙が流れる。あれ?なんかすっごく妙な時間の流れがするのは気のせいだろうか・・・・
「なぁ、そんな所でコントやってないで入ろうぜ」
 ジュアンの珍しくまともな意見に従い、俺達はアベルの後を追い部屋の中へと入っていく。
「うわ、かびくさ〜い」
 入ってずぐにレイチェルが嫌そうな顔をする。確かにカビ臭い。部屋の中を見回して見ると木製の椅子やらテーブルやらが腐って朽ち果てている。さらには海水が染み出しているのか、空気が湿っている。いかにも菌類が好きそうな環境だ。
「こちらです」
 部屋の中央部にある台座の脇でアベルが呼ぶ。
「おそらくこれが原因でしょうね」
 これ・・・とは台座のことだろう。確かにここに来るまでの壁や天井にはコケがびっしりと生えていたが、この部屋にはコケは生えていない。それどころか台座に近くなるほど真新しく感じる。
「これもやっぱり魔法の力なのかな?」
「は?どういうことだ?」
 現役学生のレイチェルはアベルの言わんとしてることを理解したらしい。しかしかれこれ数年以上お勉強から離れていたジュアンはと言うと、まったく理解していない様子だ。新聞社の社員ならそれぐらい理解してほしいものなんだが・・・・無理か。
「お前な。最近感情が顔によく出るな・・・・」
 ジュアンの顔を見ながら軽い落胆の表情をだしてしまったのか。そんなことをジュアンに指摘される。そりゃあ俺だってなこんだけ色んな事が起きれば顔に出るっちゅうねん。 「つまりこれを破壊すればアオイさんの症状は治まるはずです・・・・」
「おお、なるほど」
 アベルの簡単な――結果のみだが――説明で理解したか、手を打つジュアン。しかしアベルの言葉には多少の含みがあるのが気になった。
「これを壊せばアオイちゃん助かるんでしょ。さっさと壊しちゃお」
「そうだな。よっしゃやるか」
 意気揚々にレイチェルが張り切る。ジュアンも同様にやる気満々だ。
「・・・・・お前ら張り切るのはいいけどな、素手でやる気か?」
 俺の言葉で気づいたのか。自分の手と台座を交互に見比べる。台座の材質は種類はわからないが石だろう。さすがにそれを素手で壊すのはどこぞの山奥にいる仙人とか、昔小説で読んだ全身が機械でできた人形ぐらいのもんだろう。
「さぁ、いけエリオット!世界がキミを待っている!」
「まてい!本気で言ってるのか?」
「・・・・・冗談だよ」
 少しヘコんでジュアンは肩を落とす。
「でもさぁ、どうする?このままだとアオイちゃんヤバイんでしょ」
 確かにレイチェルの言うとおりだ、このままだとアオイの命が危ない。部屋の中を重い沈黙が支配する。
「そうだ!!」
 いきなりジュアンが大声を上げる。
「んだよ、いきなり大声だしててって・・・・あぶね」
 俺は耳をふさごうとして危なくアオイを落としそうになる。
「魔法だよ。魔法!」
「はぁ?・・・・・ああ!」
 全員の視線がアベルに集中する。なんでいままで気づかなかったんだ。アベルの魔法で台座を破壊すれば事は済むじゃないか。
「アベル、お前の魔法であの台座ぶっ飛ばしてくれよ」
「・・・・・・・・・・」
 ジュアンの言葉に、アベルは複雑な表情で何も答えない。いつもなら部屋ごとふっ飛ばすとか言いかねないのに。やはり今日のアベルはどこかおかしい。
「ねぇ、アベルなんか変な物でも食べたの?」
 レイチェルがしごくもっともな事をアベルに尋ねる。俺もそれは聞きたかったが、アベルが拾い食いをしたぐらいで変調をきたすとは到底思えないけど。
「そろいもそろって失礼ですね。確かに落ちてたお菓子とか食べますけど」
 してんかい、拾い食い・・・・・・
「じゃあ、なんでだよ?」
「いや、この台座のみを破壊できる器用な魔法は使えないんですよ、無論部屋ごと消し飛ばす魔法なら使えますが。そうすれば私も海水に飲み込まれますし、それに、なによりこの台座を破壊するのをためらわせるものがあるんですよ」
 複雑な表情で台座を見つめるアベル。俺も台座を見てみるが、特になにも感じなかった、ジュアンとレイチェルも何も感じなかったようだ。魔法を扱える者だけが感じるものでもあるんだろうか。 「とにかくこいつをどうにかしないとアオイちゃんは助からないんだろ?だったらウダウダ言ってないで何とかしようぜ」
「そう言うけどなぁ・・・・」
 事の元凶がそこにあるのにどうしようもない。せめて背表紙が鉄の分厚い辞書だとかトゲ付ハンマーとか落ちてないものかね。
「ピッケルならありますが?」
 アオイをおぶって途方に暮れている俺の横からアベルがピッケルを差し出す。ちなみにピッケルとは雪山登山とかに使う先の尖ったかなづちみたいなものだ。
「そんなの持ってるなら早くだせよ!!」
 アベルの腕から乱暴にピッケルを奪い取ったジュアンが腕まくりをする。
「よっしゃ、そんじゃいくぞー」
「がんばれー」
「よし、いけジュアン、世界がキミを待ってるぞ」
 俺とレイチェルの声援を受け、せーのと言う掛け声と共にジュアンがピッケルを振り上げる。
「ちょっと待って!!」
 突然サーシャの静止の声が部屋の中に響く。
「なんすか社長。これぶっ壊せばアオイちゃん助かるんすよ」
 ピッケルを振り上げた体制のまま、首だけをサーシャに向けたジュアンが言う。
「それを壊しちゃマズイのよ。壊せばダグラムの街は、いいえこの周囲の町や村は地図から消えるわ」
 俺達はサーシャの言っていることが全くわからなかった。冗談でそんなことを言うような女性ではないと言うことは重々承知しているが、冗談にしか思えないことを言っている。
「どういうことなの?」
 顎に人差し指をあてたレイチェルが不思議そうにサーシャに尋ねる。
「それは彼女から話してもらった方がいいわ。正直アタシもちょっと混乱気味だから」
 サーシャに促されて入ってきた人物の姿に俺達は少し身構えた。少し申し訳なさそうな顔したクリスは苦笑を浮かべてサーシャの近くに歩み寄る、どこかに置いてきたのか剣は持っていなかった。
「サーシャさん、ボクは男ですよ」
「ああ、そうだったわね。でも今の体はクリスの物なんだから別にどっちでもいいでしょ」
「なぁ、まったく話が見えないんだけど・・・・」
「そうだね、まず説明をしないと。ですが先にさっきのことを謝っておくよ。少こし時間がなかったからボクも焦っちゃって」
 困惑気味の俺達にクリスは深く頭を下げる。俺の頭の中では、クエスチョンマークが何個もぐるぐると回って、バターにでもなりそうな状態だった。
「まずは自己紹介だね、時間が無いから簡単に言うけどボクの名前はアレス、アレンシス=ジャスティシア=ティンジェル。今体を借りてるクリスの23代かな?前の先祖になるんだ」
「はぁ・・・・」
 あまりに突飛な自己紹介に俺は言葉を失った。まずいなクリスのやつアベルの変なジャガイモ食ってとうとうイっちゃったか?
「・・・・キミ達、あんまり信じてないでしょ?」
 少し怒った様なふくれっつらを俺達に向け、クリス――と言うか今はアレスか――が言う。そりゃあ信じろと言う方が無理と言うもんだが。
「まぁ・・・ボチボチ信じてるかな」
「まさか、単なる食あたりだろ?」
「ばっか、ジュアン食あたりで先祖がえりなんてするわけないじゃん」
 わりと大人な反応――かどうかは人によるけど――を返した俺に比べ、ジュアンとレイチェルは思ったことを口にする。まぁ、それとどうでもいいことだが、レイチェル、先祖がえりの意味が違うぞ。
「はは、反応がキミ達のご先祖そっくりだね。まぁとにかく今は時間が無いんだ。信じる信じないは後にしてまずはボクの話を聞いてほしい」
 アレスが真剣な眼差しを俺達に向ける。目を見るからして嘘は言ってないと思う。それにアレスと言う名前どこかで・・・・
「あ!!思い出した。今朝の夢に出てきた自称勇者」
 色んなことがありすぎですっかり頭の片隅、と言うかほとんど記憶から消えかけていた夢の内容を思い出した。アレスは自分をクリスの23代前の先祖と言った。と言うことはあの夢は俺のご先祖様の記憶か?にしてはなんか出てきたメンバーに違和感がなかったな。まぁ、それは置いておこう。
「ボクは過去、つまりボクが生きていた時代にキミ達のご先祖と一緒にアオイをここに封印したんだ」
「私たちの・・・・先祖・・・・」
 レイチェルが感慨深げに呟く。・・・・にしてもあの夢の内容はレイチェルには話さない方がいいな。後が怖い。 「そう、だいたい3、400年前かな」
「そんな前からメンツ変わらずかよ。すげぇ腐れ縁だな」
 ジュアンが苦笑しながら言う。俺の先祖もお前の先祖に俺と同じ苦労をさせられてたんだから人間とは不思議なもんだ。
「あなたは先程、アオイさんを封印したと言いましたね。その理由はなんです?アオイさんはそれほど危険な存在なのですか?」
 アベルが低いトーンで声を出す。今まで聞いたことのない真面目なアベルの声は、いつもなら不審に思うのだが、今だけはしごく当然の様に思えた。
「いや、その娘事態は危険じゃない。むしろ逆。その娘、アオイはこの周囲一帯の安全を保つための鍵なんだ」
「鍵?」
「ああ、この遺跡の真下にはプレートが集中しているんだ。プレートの衝突で地震が起きる、その衝突のエネルギーを緩和して地震を発生させないために作られたのがこの魔術遺跡さ、その中枢部分となるのがアオイなんだ。」
 その場の誰もが言葉を失った。あまりにも衝撃的すぎる真相に、全員が驚愕の色を隠せない様子だった。おそらくサーシャもこの話を聞いたのだろう。だから珍しくうろたえていたんだ。
「それからこの魔術遺跡には欠点が一つあって、一定の時期が来ると結晶体が魔法で人間に似た体を構築して遺跡の外に出てしまうんだ。しかも面倒なことに結晶体であった時の記憶や、以前外に出た時の記憶を失くしてね。だから誰かが彼女を遺跡に連れて行って結晶体にまで戻さないと大地震と津波でこの一帯の安定が崩れるんだ」
「・・・・・でも、でもそれってアオイちゃんを犠牲にして地震を止めてるってことでしょ?よくわかんないけど、そんなの間違ってるよ」
 悲痛な表情のレイチェル。確かに・・・確かに間違ってるとは俺も思う。だけど・・・
「私は間違っているとは思いませんね」
 その言葉で全員の視線がアベルに向けられ、ジュアンがアベルに歩み寄りシャツの胸元を乱暴に掴んだ。その気持ちはわからなくもないけど・・・・
「お前!!自分で何言ってんのかわかってんのか!!」
「わかっていますよ。しかしですね。ジュアンさん、貴方はもし自分一人の犠牲でダグラム市全体が救えるのならどうしますか?」
「・・・・っ!!」
 ジュアンは次の言葉が見つからないのか、掴んでいたアベルのシャツから手を離しふてくされた様にそっぽを向く。アベルは乱れたシャツを直しながら言葉を続けた。
「そういう事ですよ。安定を保つには犠牲は付き物です。私のご先祖様もそれをわかっていたんでしょう」
 そう、平和や人工的な安定を保つには犠牲がいる。それが無いやつは欺瞞しかない世界なんだろう。
「サーシャさんはどう思うんですか?」
 レイチェルは懇願するような瞳をサーシャに向ける。サーシャはため息を一つついて口を開いた。俺には彼女の答えは検討がついた。やはり付き合いが長いということか。
「私は、間違っているとは思わないわ。きっと犠牲になるのが大切な人だったとしてもね」
 予想通り・・・・悲しいくらい大人だよな。だけどそれはまだまだ子供なレイチェルには理解できないかもしれない答えだ。
「どうして、サーシャさんまで・・・ねぇ、エリオット、エリオットは間違ってると思うよね」
「俺は・・・・」
 そこで言葉に詰まってしまった。頭では理解できる。でも感情が別の答えを叫んでいる。自分でもわけがわからない。まさにパニック状態だ。
「ねぇ!!エリオット、なんとか言ってよ!!」
 全員の視線が俺に集中する。嫌な感じだ、人の視線を集めてこれほどまでに悩んだ記憶なんてない。
 弱々しいアオイの吐息を背中に感じる。この小さな少女と街のどちらかを選ばなくてはいけない・・・・・・究極の選択、と言えないこともないか。
「俺は・・・俺はどっちが正しいなんてわからない。どっちも正しいかもしれないし、間違ってるかもしれない・・・」
「だからって両方を救う方法なんて無いんだ」
 アレスの厳しい眼差し。そんな事わかってる。今よりもずっと発展した文明の選んだ手段以上の方法なんて俺に考えつくわけもない。
「でもな、だからってそう簡単に諦められるかよ!!」
 俺の中で感情が勝った。サーシャやアベルみたいに、俺はまだ大人にはなれない。
「時間が無いんだ!!他の方法を探してる間に街は滅びる」
「何か、何か方法があるはずだ!!それを・・・」
「もう・・・いいよ」
 唐突だった・・・・俺の背中でアオイがか細い声で言った言葉に、俺は首だけで振り返り怒鳴った。
「何がもういいんだよ!!」
「思い出したの・・・自分が・・・なんでここにいなきゃいけないのかって」
 下に降ろしてくれというアオイの頼みに俺は少し躊躇したが、ゆっくりと腰を下ろし、アオイを降ろした。少しよろめいたが、アオイはしっかりと自分の足で床を踏みしめる。
「ありがとう。皆の気持ち、とっても嬉しい。でも私はあなたちとは一緒にいられない」
「どうして、どうしてそんなこというの!!」
 非難に近いレイチェルの言葉に、アオイは物憂げな表情で答えた。
「・・・・私は、人間じゃないから」
 さすがに、これには驚かないわけにはいかない。今日は何度も面食らったが、これが一番だ。
「マジかよ・・・・でもどっからどう見ても人間にしか見えないけど」
 さっきまで憮然とした表情を一変させたジュアンがアオイをまじまじと見つめる。
「彼女はこの遺跡の核となるために作られた魔術結晶体が、意志を持ったものなんだ」
「そう、私は人間じゃないの……だから貴方たちとはいられない」
 寂しそうに、それでいて決意を固めた表情を浮かべるアオイ。俺は何も言えず、ただ彼女の顔を見つめることしかできなかった。
「それで、アオイちゃんはそれでいいの!!」
 レイチェルが叫ぶ。アオイの表情から彼女の決意はレイチェルにもわかるはずだ。それでもレイチェルには納得がいかないのだろう。
「仕方ないのよ。本人が決めたことなんだから」
 サーシャがレイチェルを軽く諭す様に言う。レイチェルは涙を流しながらサーシャにだきついて肩を震わせる。
「ごめんなさい・・・でも本当に、楽しかった」
 悲しげな微笑を浮かべるアオイにアレスが剣を手に歩み寄る。
「さぁ、時間が無い。そろそろいいか?」
 アレスの言葉にアオイは静かに頷き、目を閉じる。アレスは剣を顔の前で構え、小さく呪文を唱え始めた。
「遠き記憶の中の者よ、汝の力、汝の心、汝の魂、その全てを自然に捧げよ。願わくば我等の助けにならんことを、そして汝に安らぎを与えんことを」
 アレスの体が淡い青色の光に包まれ、その光が剣へと集まっていく。一呼吸置いて、アレスは光をまとった剣を下段に構える。俺は拳を握り一瞬たりとも見逃さないように目を見開く。
「さよなら、エリオット。ホントに助かったよ」
 目を閉じたまま、静かに言ったアオイの言葉に俺の目から涙がこぼれる。助かった?俺はお前に何もしてあげられなかったのに・・・・どうして。
 アレスが数歩踏み出し、手にした剣を一気に振り上げる。淡い青色の光の線がアオイの上を走る。
 光が弾け、アオイの姿が消えた。
その場の全員が静かに立ち尽くす中、部屋を漂っていた光が青から紫に変わり、台座の上に集まる。
一つ一つの光が俺達にメッセージを送るように強く光る。良く見るとそれは小さな結晶が光を放っている。
「ありがとう・・・」
 サーシャが小さく呟いた。そう、確かに俺にもわかる。あの結晶全部が「ありがとう」と言っているのが。
「アオイちゃん・・・・寂しかったんだろうな。こんなとこでさ」
 感慨深げに目を細めてジュアンが口を開く。涙こそ見せてはいないが泣いている。そんな感じを受ける表情を浮かべて。
 しばらく誰も動こうとはしなかった。ただずっと台座の上で光る結晶を見つめていた。
「・・・・・行きましょう」
 そう言ったサーシャの言葉に誰も応えなかった。ただゆっくりとした足取りで遺跡を後にした・・・・・




――――勝手ながらしばらくの間休刊させていただきます。
 俺達が遺跡から帰って数日、会社の入り口のドアにはこう書かれた張り紙が貼られた。サーシャの突然の命令での事だったが、誰の反対もなかった。
「そう、そんなことが」
 帰ってすぐに意識を失ったクリスが目覚めたのはつい先日のことだった。クリスはアレスに憑依――だと思う――されていた時の事は覚えていないらしく、俺はかいつまんで事情を話した。
「それで皆いなかったのね」
 ジュアンは会社に戻ってすぐに街に出てから戻ってこない。レイチェルも自分の部屋から出てこないそうだ。サーシャは色々と事後処理があるらしく、忙しく会社と役所を往復している。
クリスは複雑な表情を浮かべて窓から空を見上げた。俺もつられて空を見上げる。小さなうろこ雲がゆっくりと流れていく。
「・・・・・コーヒーでも淹れるわ」
 クリスはそう言って給湯室に入っていった。静かに時が過ぎる。あれほど頻繁に起こっていた地震も今はすっかり収まったらしく、警戒態勢も解かれ街は普段の姿を取り戻していた。
「なにかの犠牲の上になりたつ安定か・・・・・」
 会社の前の道を元気に走っていく子供の姿を見て小さく呟く。それが正しいのか間違っているのか、いくら考えても答えは出ない。いや、そもそも答えなんて無いのかもしれない。
 そんな事を考えている俺の顔の横に、白いコーヒーカップが差し出された。
「あんまり考えすぎると体に悪いわよ」
「・・・・そうだな」
 俺は小さく苦笑してコーヒーカップをクリスから受け取る。
「お、コーヒー淹れるの上手くなったな」
 一口飲んで言った俺の言葉にクリスは少しはにかんだ笑顔を浮かべる。
「へぇ、何気にいい雰囲気だな」
「ほうほう、まさかエリオットさんとクリスさんがこのような仲になっているとは」
「あ〜、エリオット、私というものがありながら!!」
「社内恋愛は禁止って言わなかったかしら?」
 と、入ってきてそれぞれ勘違いもはなはだしい言葉。
「何を勘違いしてるんだお前らは。と言うか全員一緒だったのか?」
「たまたま入り口で一緒になったのよ。それよりエリオット社則を破った罰は覚えてるわよね?」
「いや、だからですね社長」
「ははは、諦めろエリオット。大人しく罰を受けろ」
「そうよ、大人しく罰を受けなさい」
「おや、罰ゲームですか?それなら丁度いい物が」
 どうやら俺は罰を受ける事が確定してしまったらしい。隣で苦笑を浮かべるクリス。厳しい表情のサーシャ、煽るジュアン、少しむくれたレイチェル、謎の物体を取り出すアベル。
 いつからか俺の日常になった風景。
「だーかーら、誤解だっつってんだろ!!そこ、変な物を用意しない!!」
 永遠・・・・・とはいかないだろうが。しばらくは変わらないだろう。騒がしくもあるが充実した日常、それが「幸せ」と呼べるものなんだろう。
 この「幸せ」をアオイはずっと見守ってくれているんだろうと俺は思う。今も、これからも、ずっと・・・・・


- 終 -

■あとがきモドキ♪

 どうも、お待たせしましたはぴねす最終話、いかがでしたでしょうか?
え?待たせ過ぎ?・・・ほんっとうにすいません。(土下座)
かくなる上は腹かっさばいてお詫びしま・・・え?キモイからそのままでいい?わかりました。(ぉぉ)
さて、今回はちょいとシリアスに戻りました。安定のための犠牲。現実でもそれは言えると思います。
戦争なんてなんの理由で起きるかなんて俺にはわかりませんが、終わらすには必ず犠牲が出ますし、こと現代の生活は自然を犠牲にして人の安定を確保しています。だから関東の夏は異常に暑い・・・・(ぇ)
まぁ、難しい話は学者と政治屋に任せて違う話題へと移りましょう♪さてさて、はぴねすを書くにあたって葵さんより頂いたお題は「幸せ」です。
・・・・すいません、クリアできたか結構微妙です(汗)できてたらとっても嬉しいも。か
普通の日常が幸せであるということを書こうというオイラの計画はもはやグダグダ、アレスのセリフは説明文みたいで長いし、なんと言ってもクリスの陰が薄い(汗)
 それでは、最後にここまでお付き合いただいた葵さま、DISTINCT LINEに来ているお客様方に、心よりお礼を申し上げます。

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