JR

ウィリアム・ギャディス

(抜粋)

William Gaddis JR (1975) p.417

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(作家トーマス・アイゲンは処女作がまったく売れなかったため、タイフォン・インターナショナル社で重役のスピーチ原稿を書くなどして糊口をしのいでいる。最近やっと処女作の評価が一部で高まり、出版社はペイパーバック化したが、アイゲンにはいっさい連絡がなく、書店で見つけてびっくりする始末。しかも、「リプリント時には印税は払わない」という契約内容だったため、アイゲンには一銭も入ってこない。タイフォン社のオフィスで仕事をしているアイゲンのもとへ、同じくライターの仕事をもらった若い作家ゴールがやってくる)

——ところで、あなたは、あなたはトーマス・アイゲンじゃありませんか? いや、あなたの本の表紙には写真が載っていなかったものですから……。
——載せたくなかったんだよ、驚いたな……。
——ずっとあなたにお目にかかりたいと思っていたんですよ、でも、ええと、まさかこんなオフィスでお目にかかれるとは思ってませんでした、ああ、ありがとう……ドア越しに差し出された椅子を受け取り、座席のほこりを払い落とすと、——ご著書を読んだとき、すぐに手紙を書きました、出版社気付でしたから届いていないかもしれませんが、でもあれはきわめて重要な作品だと思います、アメリカ文学史のなかでもきわめて重要な作品で、ぼくが作家になったのも、作家をめざしているのも……。
——ああ、うれしいこと言ってくれるね……自分の椅子を後ろにかしげると、靴の底でファイル・キャビネットの端を押し、遠ざかって両足を上に載せて、——きみみたいな人がもう百万人ほどいてくれたら、わたしは……。
——でも、書いているときにすでにおわかりだったんじゃ、ごく一部の読者向けの作品だとわかってらっしゃったんじゃありませんか……。
——ごく一部の読者! 両足が下りて、——そのために七年かけて書いたと思ってるのか、最後にもらった印税がいくらだか知ってるか、ええと……。
——ゴールです……。
——ゴールくん。五十三ドル五十二セントだよ、出版社は冷たい態度でよこしたもんだ、たぶんあいつもわたしがごく一部の読者向けに書いてると思ったんだろうな。
——ええ、そうですね……。
——最近、授業であの作品を扱ってる大学生からよく手紙をもらうんだが、一冊の本をみんなで回し読みしてるらしい。あいつが権利を返してくれてたら、わたしがこんなところに坐ってると思うかね?

注。ギャディスは処女作The Recognition発表後、フリーランスのライターで生計をたてていた。実際、企業のスピーチ原稿なども書いていたらしい。


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