2000年6月10日
デイヴィッド・I・マッスン『時のまきびし』(The Caltraps of Time, 1968)を読んだと言ったら、知人に90年代以降でデイヴィッド・I・マッスンの小説を読んだただひとりの男と呼ばれてしまった。
内容はこんな感じ。「地獄の口」は傑作だと思うけど、SFでもミステリでもファンタシーでもホラーでもないから訳されないだろうなあ。
●「消失地帯」("Lost Ground")
犬や家畜は謎の消失を遂げているという噂を聞いて、主人公のロイドンがスニーヴリー・フィールズを訪れると、妻のミリエルが突然姿を消してしまう。
ロイドンの通報を受けて、科学者チームが現地調査をおこなう。その結果、スニーヴリー・フィールズには時間異常が起こっていることがわかる。ところどころに時間のずれた領域が発生していて、そこに侵入すると、数十年から数世紀離れた過去や未来に入り込んでしまうのだ。スニーヴリー・フィールズは隔離される。
ロイドンは妻を探すため、スニーヴリー・フィールズをふたたび訪れ、時間異常領域に足を踏み入れて、61年後の未来に入り込んでしまう。その時代には、時間異常領域は日々拡大をつづけ、文明を脅かしつつあった。やがて、数百年か数千年後には、時間異常領域は地球全体を覆いつくすだろう。
ロイドンは未来の調査チームと行動をともにするうちに、妻が消えたと思える場所をふたたび見いだす。彼は時間異常領域に入り、過去の世界に行きつき、原住民に襲われて、重傷を負う。
死に瀕したロイドンは、妻のミリエルが事実この時代にやってきたこと、そして天寿を全うしたことを知る。かつて、ロイドンにとっての現在で妻とともに見つけた古びた墓は、妻ミリエル自身の墓だったのだ。
●「よくわからない」("Not so Certain")
地球から来た探検隊はシュムク人の言語を順調に習得してきたと思い込んでいたが、どうも最近、コミュニケーションがうまくとれていないような気がする。何を訊いても、「だめだ」という返事が返ってくるのだ。
しかも、「この道は通れるかな?」「だめだ」という会話を交わしても、あとで調べたら、ちゃんと通れたりする。
隊長はシュムク星の物品を持って地球に帰りたいのだが、そう告げても、シュムク人は「だめだ」と答える。
困りはてた隊長は言語学者に意見を求めて、驚くべき事実を知る。シュムク語は主に子音だけでできていて、母音がほとんどない。しかも、子音の数は36種類もあり、一ヵ所子音が違うだけで、全然別の意味になるのだった。録音したテープをスロー再生しないと区別がつかないが、隊長が「だめだ」という意味だと思い込んでいた言葉には2種類あり、ひとつは「だめだ」、もうひとつは「よくわからない(=たぶんそう)」という意味なのだ。
隊長はもう一度「地球に帰ってもいいか?」と訊いてみようと思い立つが、シュムク人の返事が「だめだ」か「まあいいよ」なのか、やっぱりよくわからないのだった。
●「地獄の口」("Mouth of Hell")
極地探検隊のトラクターが高原を進んでいく。南に進むにつれて、大地は次第に急な下り斜面となり、極寒の風が吹きすさいでいるのに、地表は暖かくなっていく。
やがて、トラクターが走行不可能なほど傾斜が急になったので、隊長はキャンプを設営し、三人の隊員を斥候に出す。三人が徒歩で先に進むと、傾斜はますます急になり、やがて垂直に近い岩壁となる。あたりは灼熱の暑さとなり、気圧は増し、高度計の目盛りは海面下を示している。無気味な雰囲気と、高圧下で酸素ボンベを使用したための中毒症状で、二人の隊員が錯乱し、穴の底に身を投げて、命を落とす。やむなく、探検隊は母国に引き返す。
三年後、隊長はふたたび謎の穴にやってくる。今度は特製の垂直離着陸機(VTOL)二機を用意しての探検だった。無線連絡用に、一機を穴の上空にホヴァリングさせて、もう一機が穴の底へ下っていく。レーダーでの測定結果、穴は少なくとも43kmの深さがあることがわかる。VTOLはぎりぎりまで降下し、溶岩渦巻く穴の底を確認する。
30年後、隊長は孫を連れて、三たび穴を訪れる。穴の西側には気密式のケーブルカーが建設され、観光客を乗せて、穴のなかへと往復を繰り返している。北側にはロケット列車があり、より深くまで観光客を送り込んでいる。穴の底深くに設置された地熱発電所はふたつの大陸に電力を供給し、高原にはサナトリウムや狩猟場や生態系研究施設がひろがる。それでも、穴の南側の切り立った岩壁は、まだ人を寄せつけていない。
●「二代之間男」("A Two-Timer")
*邦訳=マイクル・ムアコック編『ニュー・ワールズ傑作選No.1』所収(ハヤカワSFシリーズ)
●「超限的選択」("The Transfinite Choice")
24世紀の地球、医学的な方法での寿命延長は限界に達していた。そこで、クォーク以下のレベルの素粒子物理学を応用した方法が試される。人間の世界線そのものをコントロールすることで、不老不死を実現しようというわけだ。
ところが、動物実験をしてみると、世界線の傾斜角度を変えたとたん、消えてなくなってしまう。実験動物はこの世界とは異なる傾斜角度のパラレル・ワールドに行ってしまったのである。
この成果は人口爆発の解決策に用いられることになった。世界各地に世界線変更用の施設が建造され、毎日数万人単位の貧民がパラレル・ワールドに移民していった。
ところが、ある日、施設周辺で突然人口が増えていることがわかる。無限のパラレル・ワールドのなかには、当然、同じテクノロジーを開発した世界も無限に存在する。そうしたパラレル・ワールドのどれかから、この世界にどんどん移民が送られてきていたのである。
●「精神浸透」("Psychosmosis")
火山の近くの村では、不思議な消失事件が数多く起こっている。夫がいなくなった妻が、あたりを探していると、自分も消えてしまう。
気がつくと、そこは〈内側〉と呼ばれる世界。村人のうち、特別な能力を持った何人かが、この〈内側〉に入り込めるらしい。〈内側〉は死後の世界ではなく、人々は狩猟で暮らしているし、ちゃんと死を迎えるのである。
(……という話だと思うが、何が書いてあるかよくわかりません)
●「旅人の憩い」("Traveller's Rest")
*邦訳=ウォルハイム&カー編『忘却の惑星』(ハヤカワ文庫SF)
2000年6月24日
1週間かけてジーン・ウルフ『ケルベロス第五の首』(The Fifth Head of Cerberus, 1972)を読了。
あまりに傑作なので、そのうち翻訳されるんじゃないかという妄想に取り憑かれる。また、小説の構成のしかたについて、いろいろ勉強させてもらいました。
三つの中編からなる連作長編だが、完璧なあらすじを書く自信はないので、ごくごく簡単にご紹介。
【基本設定】
地球から遠く離れた星系に、サン・クロワとサン・アンヌという二重惑星があり、地球からの移民の子孫たちが独自の文化を築き上げている。
サン・アンヌには原住民がいたが、地球人によって絶滅させられて、いまは遺物を残すばかり。しかし、いまだにサン・アンヌでは、原住民を目撃したという噂がある。ちょうど雪男やツチノコのように、フォークロア的な架空の存在となっているわけだ。
しかし、オーブリー・ヴェイル博士によれば、原住民は絶滅してなどいない。原住民は自由に姿形を変える能力を持っており、地球人がやってきたとき、地球人の姿に変化した。彼らは逆に、地球人を皆殺しにした。現在、サン・アンヌに住む者は、実はみんな原住民の子孫なのだ。ただ、自分たちが原住民であることを忘れ、地球人だと思い込んでいるだけ……。もちろん、ヴェイル博士の学説は異端であり、信じる者は誰もいない。
第一話「ケルベロス第五の首」("The Fifth Head of Cerberus")
ぼくはサン・クロワの都市ポート=ミミゾンにある〈犬の館〉に住んでいる。家は娼館で、多数の女たちがいて、毎晩のように客がやってくる。〈犬の館〉という名前がついたのは、庭に黒い三つ首の犬の彫像が立っているからだ。
家にいるのは、父、弟のデイヴィッド、叔母のジーナイン、そして家庭教師のミスター・ミリオン。
父は実験室に閉じこもって、ほとんど会うことはない。ぼくはデイヴィッドとともに、ミスター・ミリオンの指導を受けている。デイヴィッドは文学好きだが、ぼくはもっぱら生物学を学んでいる。
七歳になった年のある夜、ぼくは父の実験室に呼ばれる。
「おまえはなんと呼ばれたい?」
と父は訊ねる。
ぼくは自分の名前を答えるが、父は首を振り、
「それではだめだ。わたしのために別の名前を持たなければならない。——わたしがつけてやろう。おまえはナンバー5だ」
その日から、ぼくは毎晩のように父の実験室に呼ばれ、催眠剤のようなものを注射されて、何やら実験される。ぼくの健康はむしばまれ、数時間、ときには数日分の記憶が失われるようになる……。
やがて、ぼくは父の代理で、娼館を訪れる客を出迎えるようになる。ある夜、マーシュ博士と名のる男が〈犬の館〉にやってくる。彼は地球から来た人類学者で、サン・アンヌを経由して、サン・クロワにやってきた。そして、ヴェイルの仮説について意見を聞くため、ヴェイル博士に会いに来たのだ、と言う。
ここはヴェイル博士の家ではない、と言っても、マーシュ博士は聞き入れない。しかたなく、叔母に面会させると、驚いたことに、
「わたしがヴェイル博士です」
と叔母は答える。
父の実験はつづき、ぼくはついに数カ月分の記憶を失うようになる。父の支配から逃れるため、ぼくは父を殺すことを決意する。解剖用のメスを持ち、父の実験室を訪れると、父はぼくの殺意を察したようだが、平静を保っている。
そこにマーシュ博士が現れ、父とともに真相を語る。
実はぼくは父の息子ではなく、父のクローンだった。クローンによる世代交代はすでに五世代に及んでいる。叔母だと思っていたジーナインは何世代か前の父=ぼくの娘であり、ミスター・ミリオンは四世代前の父=ぼくの人格を記録したロボットだったのである。
父=ぼくはクローンによる世代交代をつづけながら、自己とは何かという探究をつづけていた……。
第二話「ジョン・V・マーシュ作『物語』」("'A Story' by John V. Marsch")
岩だらけの荒地で、女はふたりの子供を生み、ひとりはジョン・イーストウィンド、もうひとりはジョン・サンドウォーカーと名づけられる。
イーストウィンドは生後まもなく、泥の民に連れ去られ、サンドウォーカーだけが残った。この荒地では、子供が生き残ることは難しい。だが、サンドウォーカーは無事成長していった。
サンドウォーカーは一人前の狩人となるため、川をさかのぼり、山岳地帯の僧侶に会いに行く。途中、影の子供たちと呼ばれる夜の種族と遭遇し、彼らの友人となる。
山岳で過ごすうちに、サンドウォーカーは夢の啓示を受け、家族や仲間たちが泥の民に捕らえられたことを知る。川を下って、泥の民の土地にたどり着くと、家族や仲間たちは縦穴に閉じ込められている。サンドウォーカーも(そしてサンドウォーカーについてきた影の子供たち)も捕まり、縦穴に落とされる。
泥の民を支配していたのは、星々の世界からやってきたラストヴォイス、そして泥の民に連れ去られたサンドウォーカーの双子の弟、イーストウィンドであった。泥の民たちは、日にひとりずつ、サンドウォーカーの仲間を生贄にし、川で溺死させる。
やがて、サンドウォーカーも生贄にされようとしたとき、影の子供たちの不思議な力によって、赤い星が海に落ち、高波が岸辺を襲う。泥の民たちがちりぢりに逃げ去ったあと、サンドウォーカーはラストヴォイスを殺し、イーストウィンドを鞭打って、川に流す。
第三話「V.R.T.」("V.R.T.")
サン・クロワの士官が、投獄された囚人に関する記録を読んでいる。ノート、牢獄での手記、尋問のテープなどから、囚人に関する情報が少しずつ明らかになっていく……。
マーシュ博士は原住民について調べるため、サン・アンヌにやってきた。彼は原住民がいまでも生存しているのではないか、と考えている。
地元の人たちにインタヴューするうちに、マーシュ博士はトレンチャードという乞食を紹介される。トレンチャードは原住民の子孫だと自称しており、息子のヴィクター・ロイ・トレンチャード(V.R.T.)とともに、原住民の真似をしながら物乞いをして暮らしている。トレンチャードの話によれば、最初の地球人がサン・アンヌに着陸したとき、川の上流から傷ついた原住民が流れてきた。その男、イーストウィンドが自分の先祖だという。
マーシュ博士はV.R.T.を案内人に雇い、ラバに荷物を積んで、原住民がいるかもしれない川の上流をめざす。
旅の途中でV.R.T.は死んだ(と手記には書いてある)。マーシュ博士は山岳地帯で三年間を過ごし、驚くべき発見をした。町に戻ったマーシュ博士はその驚くべき発見について話したが、誰も真に受けない。まともな人類学者もいないサン・アンヌに見切りをつけた博士は、サン・クロワに渡り、ヴェイル博士に会いに行く。
第一話でのナンバー5と父の会話に立ち会い、宿泊場所に戻ってきたマーシュ博士は、突然、逮捕される。いったいなんの嫌疑で逮捕されたのかもよくわからないまま、博士は投獄される。
……こんな紹介じゃ、なぜとんでもない傑作なのか、よくわからないだろうなあ。残念。
2000年7月1日
D・G・コンプトン『連続的キャサリン・モーテンホー』(The Continuous Katherine Mortenhoe, 1974)を読んだ。
『人生ゲーム』(サンリオSF文庫)で一部で有名な著者の最高傑作といわれる長編。
『眠らざる目』(The Unsleeping Eye)という別題でも知られている。また、直接の続編『心の窓』(Windows, 1979)もある。
キャサリン・モーテンホーは44歳、二度目の夫のハリーと暮らしている。勤め先はコンピュータブックス社で、コンピュータにプロットや設定を入力して、ロマンス小説を製造する仕事をしている。
ある日、キャサリンは主治医のメイスン博士から、特殊な脳障害により余命4週間の告知を受ける。医学の発達により、この近未来社会では、病気で死ぬ者はほとんどいない。不治の病に冒される人間はきわめてまれであり、メディアから注目される存在だった。
メイスン博士から情報を得て、テレビ局のプロデューサー、ヴィンセント・フェリマンはすでに動き出していた。彼の担当する番組「人に宿命あり」は、難病や精神障害に苦しむ人々を扱って、高視聴率を得ていた。
ヴィンセントは、レポーターのロディにキャサリンを取材させようと考えていた。ロディは脳神経手術により、両目にテレビカメラを埋め込まれていた。彼の見るものはすべて、テレビ局にモニタされ、録画される。
ただし、この脳神経手術はロディに負担をも強いていた。視覚入力が一定時間以上とだえると、カメラ回路が焼き切れ、目が見えなくなってしまう。ロディは長時間目をつぶることができず、眠ることさえできなかった。
キャサリンはヴィンセントからの取材依頼を断る。しかし、ハリーはすでにヴィンセントと契約し、キャサリンがどこかに旅行したとき、報告する義務を負っていた。
さらに、ヴィンセントが意図的に情報を漏らしたため、他のメディアもキャサリンを追いかけはじめる。街を歩くと、記者たちがつきまとい、家の周辺にはレポーターが待ち伏せしている。
キャサリンはついにヴィンセントと契約し、30万ポンドの取材費を得る。その大金をハリーのために残すと、彼女はひとりで失踪する。
ところが、ヴィンセントはキャサリンのハンドバックに発信機をつけていた。
まだロディの顔が知られていないことから、ヴィンセントは極秘取材を思いつく。ひそかにロディをキャサリンに接近させ、取材をしようというわけだ。
金をほとんど持たずに逃亡したキャサリンは、教会の救貧院に泊まっていた。ロディはキャサリンに接近し、新聞で彼女のことを知ったふりをして、「逃げるのを手伝ってあげよう」と持ちかける。
ロディとキャサリンは、徒歩とヒッチハイクで旅をつづける。途中、大富豪の屋敷に招き入れられ、デカダンなパーティの余興にされたり、暴走族に襲われて金を盗まれたり、パンチとジュディの人形劇を演じる旅芸人の老人に会ったりする。
いつしかキャサリンと心を通じ合わせるようになったロディは、海岸の闇を見つめつづけ、自らカメラ回路を焼き切ってしまう。盲目となったロディとキャサリンは、キャサリンの前夫ジェラルドに会いに行く。
突然、モニタ画像がとだえたテレビ局では、ヴィンセントが必死になってロディとキャサリンの行方を追っている。
キャサリンはジェラルドと数年ぶりに再会し、彼の家の庭で話しながら、息を引きとる。ロディとジェラルドが黙って坐りつづけるなか、テレビ局のヘリコプターがやってくる。
……という、ものすごく地味な話だが、それでもそこそこおもしろく読めるのは、細部がちゃんと書き込まれているから。
たとえば——。
(キャサリンが公衆電話でハリーと話す場面)
プラスチック製の公衆電話は引っかき傷だらけで、電話番号や猥褻な言葉がいくつも落書きされていた。キャサリンはハリーへの興味を失っていった。
「ハリー、ここにこんなことが書いてあるわ。『おまんこがあるなら、四つんばいになれ』。悲しい台詞じゃない?」(ロディが別れた妻と話す場面)
「ぼくらの議論の基盤はどうしてる?」
「あの子をそんなふうに呼ばないで。ロディ二世は元気よ」
あと、キャサリンが街で人々に気づかれる場面があるのだが、テレビや新聞で話題になっている人物に会えて喜ぶと思いきや、
「どうしてあの人を外に出したりするのかしら?」
と眉をひそめるのである。
これはすごくリアルだと思った。難病患者や身障者をテレビで見るのは好きだが、直接目のあたりにするのはいやだ、という視聴者心理を鋭く洞察している。
確かに、「天使が消えた街」に涙したけど、自閉症患者を街で見かけるのはいやだ、という人は多いと思うよ。本物の自閉症患者はフミヤみたいな二枚目じゃないからね。
余談だが、わたしは、この作品を翻案して連続テレビドラマにすればいいと思った。実際、連ドラみたいなつくりなんですよ。エピソードが数珠つなぎになっていて、いくらでものばせる構成になっている。
両目にカメラを埋め込んだレポーターと難病に冒される女性が、ロード・ムーヴィー風に旅する話だから、けっこうおもしろくなるんじゃないかな。
ロディは自分がレポーターと気づかれてはならない、というサスペンスもあるし、ロディの見た目で映像が撮れるからヴィジュアル的にも工夫できそうである。
テレビドラマにするなら、絶対、日テレがいい。だって、ヴィンセントが勤めるテレビ局はNTVっていうんだもん。
2000年7月5日
ブライアン・W・オールディス『八十分時間』(The Eighty-Minute Hour, 1974)を読んだ。こんな話です。
第三次世界大戦を経て、国家体制は大きく変貌していた。
世界の大部分は資共同盟(Cap-Comm Treaty)の傘下にある。名前のとおり、米ソ中という資本主義・共産主義大国が同盟したものだが、その実権は超巨大企業スミックス=スミス社に握られていた。社長のアッティカ・サイゴン・スミックスが他の企業をどんどん合併吸収し、コンピュータ・システムを接続していった結果、地球全体を覆いつくすコンピュータ複合体ができあがり、世界を支配してしまったのだ。アッティカ・サイゴン・スミックスと、コンピュータ複合体の人格であるジョン・サンダーバード・スミスのふたりが、事実上、世界の最高権力者であった。
この強大な資共同盟に対抗するのが、反体制国家連合(Dissident Nations)である。ユーゴスラヴィア、ハンガリー、チェコスロヴァキア、ブラジル、日本などが参加し、経済制裁を受けながらも、資共同盟と対立をつづけている。
反体制国家連合の主力国、ハンガリーはパンノニア海のほとりにある、スラヴォンスキー・ブロード・グラードの城で、城主のマイク・スリナートが客をもてなしている。
老齢ながらも美しいグラミス・フィーヴァトリーズ、ホロ映画作者のモンティ・ズーマーなどがいる。
また、スリナートは天才科学者オーデン・チャプレインの幼い娘、チョグルズ・チャプレインを養ってもいる。
オーデンは人口爆発の最終解決策を提案したことで悪名高かった。その解決策とは、あらゆる人間の脳に小型電極を移植し、必要な場合には遠隔操作で性衝動を抑えようというものだった。オーデンはすでに死亡したと思われており、彼の妻レダは、いまや戦争犯罪者や難民の収容先となった火星植民地にいるという。
ズーマーはグラミスに恋をしてしまい、雇い主であるアッティカ・サイゴン・スミックスの妻ルーミス(彼女はグラミスの妹でもある)からもらったペンダントをプレゼントする。
アッティカ・サイゴン・スミックスは、妻のルーミスとともに、彼の隠れ家であるミクロメガスで過ごしている。まあ、喩えていえばヴァーチャル・リアリティみたいなもので、ズーマーが製作した仮想世界である。鳥や動物たちが戯れる牧歌的風景。しかし、全部単純化され、原色で彩られている。アニメの世界と考えればいいだろう。
アッティカ・サイゴン・スミックスの実体はずっとミクロメガスにいるのだが、重要な会議などには出かけなければならない。そういうときはホロ人格(テレイグジスタンスみたいな感じかな)で赴くのである。
今回の重要な会議は、地球規模で勃発する時間異常に関するものだった。核戦争の莫大なエネルギーは、各地で乱時流を発生させていた。あちこちでタイムスリップが起き、過去や未来が現在に侵入してきていた。南アフリカではズールー戦争が勃発し、コンスタンティノープルにはオスマン・トルコ軍が侵入、ボルドーには薔薇戦争の英国軍が侵攻を始めていた。
乱時流はグラミスの運命をも変えていた。反体制国家連合のスパイ宇宙船に乗って、木星軌道上にいたグラミスは、乱時流に巻き込まれ、数億年もの過去に飛ばされてしまった。
グラミスは数億年過去の太陽系で、地球軌道と火星軌道の中間にある謎の惑星を発見する。のちに爆発し、小惑星帯を形成する惑星である。
着陸してみると、そこは空中に浮かぶ森に覆われていた。この惑星は半ば木星のようなガス惑星なので、地面に水素を多く含んでいる。木々は地中から水素を吸い上げて、その浮力でふわふわ浮かぶわけ。
さて、一方、スラヴォンスキー・ブロード・グラードでは、天才科学者オーデン・チャプレインがまだ生きていて、火星にいるという情報が入る。そこで、反体制国家連合のスパイが火星に送られる。
まあ、いろいろあって、スパイはオーデンに会うことに成功する。
オーデンは火星で大発見をしていた。火星人の古代遺跡を調査した結果、数億年前に火星人が地球にやってきて、原始哺乳類の脳に移植手術をしたというのだ。その結果、原始哺乳類は人類に進化した。人類は火星人によってつくられたものだったのである。
さてさて、一方、ズーマーは突然、コンピュータ複合体の人格であるサンダーバード・スミスに訪問を受ける。
実はアッティカ・サイゴン・スミックスの隠れ家であるミクロメガスは、極小生態系(ecopicosystem)というもので、ズーマーの持っていたペンダントのなかに存在していたのである。
コンピュータ複合体は、この極小生態系にアクセスする技術を自分のものにし、アッティカ・サイゴン・スミックスを出し抜こうと考えていた。サンダーバード・スミスはズーマーからペンダントを奪う。(だが、本物のペンダントはグラミスが持っている)
外界の異常に気づいたアッティカ・サイゴン・スミックスは、ミクロメガスから外に出ようとする。
この結果、どうなるかというと、アッティカ・サイゴン・スミックスとルーミスは、グラミスがいる数億年前の謎の惑星上に出てきてしまうのである。それどころか、極小生態系にアクセスしようとしたコンピュータ複合体まで、同じ場所にやってきてしまう。
結局、どういうことかというと、オーデンが調査した火星人の古代遺跡というのは、コンピュータ複合体だったわけ。数億年もの過去に戻ってしまったコンピュータ複合体が、火星を経て、地球にやってきて、原始哺乳類の脳を改造したのである。その結果、人類が進化した、という次第。
……以上があらすじである。よく理解できなかったとしても、それはわたしのせいではなく、オールディスが悪い。だいぶ省略したけど、実際の筋書きはもっとこみ入っている。だから、文句はオールディスに言ってね。
『八十分時間』という奇妙な題名は、コンピュータ複合体が目論んでいる効率化政策のこと。文字どおり、一時間を八十分にすれば、もっと労働効率がよくなる(らしい)。月月火水木金金みたいなもんですわ。
この小説はいったい何かというと、オールディス流ワイドスクリーン・バロックである。前年に発表された『十億年の宴』の応用編、といってもいい。(実際、副題はずばり“A Space Opera”だ)
むちゃくちゃな設定、陰謀と権力闘争、やつぎばやに繰り出される超科学的ガジェット、極大と極小の一致、つじつまの合わないタイム・トラベル、ご都合主義そのもののプロットと、オールディスが考えるワイドスクリーン・バロックの要素がぶちこまれている。(めんどくさいので書かなかったが、ラストは思いっきりデウス・エクス・マキナでハッピーエンドになるのだ)
要するに、一回、ワイドスクリーン・バロックを書いてみたかったんだと思う。
しかしながら、オールディスはやっぱり嫌味なインテリ英国人なので、ワイドスクリーン・バロックの破天荒な魅力は出せないのであった。
結局は、ワイドスクリーン・バロックのパロディになってしまっている。本人も自覚しているらしく、「俺、バカやってるなあ」という感じの書きっぷりなのね。そこが評価の分かれるところだろうなあ。パロディとしては、おもしろいんだけど。
ひと言でいうと、
「批評家オールディスにしか、ワイドスクリーン・バロックは評価できない。しかし、小説家オールディスにはワイドスクリーン・バロックは書けない」
ということだと思う。
余談だが、この作品では、ところどころで登場人物が韻文で台詞を歌う。
なぜなんだろう、としばらく考えて、やっとわかった。スペース・オペラだからなのね。ちょっと笑いました。
2000年7月28日
グラディス・ミッチェル『月の出』(The Rising of The Moon, 1945)を読んだ。(追記。『月が昇るとき』として邦訳されました)
ぼく(サイモン)は13歳、弟のキースは12歳。両親が亡くなったので、年の離れた兄ジャックの家で暮らしている。家にはジャックの妻ジューン、3歳の息子のトム、そして間借り人のクリスティーナが住んでいる。ぼくはクリスティーナにほのかな恋心をいだいている。
復活祭が近づいたある木曜日、ぼくらは普段遊び場にしているコッカートン夫人の骨董屋に出かける。コッカートン夫人はいつも帽子をかぶっている変なおばさんで、その店は骨董屋といっても、裏手の小屋を借りている屑屋が持ち込むがらくたばかり。でも、ぼくらにとっては宝の山だった。
その夜、ぼくとキースは家を抜け出して、月光の降り注ぐなか、テイラーさんちの空き地に出かける。もうすぐ復活祭で、学校も休日となったこの時期、ぼくらの町には年に一度だけ、サーカスが訪れる。もちろん、ぼくらにはサーカスを見るお金はないので、天幕に穴を開けて、こっそり忍び込むことにしている。その穴を大きくしておこうと思ったのだ。
あいにく、サーカスの一団はまだ起きていたし、猛獣たちの吠え声もしていたので、ぼくらは帰ることにする。
だが、翌日、サーカスは開かれなかった。サーカスの綱渡りの女性が、ぼくらの見に行った空き地で殺されたからだ。ナイフで切り刻まれて……。
犯人はサーカスの一員だと思われた。だが、そうではなかった。土曜日の夜には、酒場に勤める女性がやはり同じく、ナイフで惨殺されたからだ。普段は平穏な田舎町は切り裂き魔の噂に震えあがった。
女子供は夜、ひとりでは外出しなくなった。日曜日の夜、クリスティーナがダンスに出かけたときも、帰りは誰かに送ってもらうことを約束した。
クリスティーナが出かけたあと、ジャックは家人の誰にも告げず、外出した。以前からジャックとクリスティーナの仲を疑っていたジューンは、ジャックがクリスティーナのあとを追っていったと思い込んで、ぼくとキースに連れ戻すように命じた。
ぼくらはダンス会場に出かけたが、ジャックはいなかった。
帰り道、ヴィカリーさんの農場につづく小道を歩いてくるジャックを見つけた。ジャックは両袖をびしょびしょに濡らしていた。
「ころんじゃってね」と、ジャックは言いわけした。「手が泥だらけになったから、川で洗ったんだ」
だが、その夜、ヴィカリーさんの農場では、ヴィカリー家の女中が殺されていたのだった。
ジャックがヴィカリー家の女中を殺すわけがないことは、ぼくらもわかっていた。だが、疑われてもしかたがない状況だ。それに、ジャックが革細工に使っている大ぶりのナイフが、家からなくなっていた。ジャックは夜道の護身のために持ち歩き、どこかで落としたと言う。だが、警察がそのナイフを見つけたとしたら……しかも、ヴィカリーさんの農場につづく小道で……。
ぼくらはジャックを救うため、一計を思いつく。コッカートン夫人の骨董屋で見つけたナイフは、ジャックのナイフにそっくりだ。だから、骨董屋からナイフを盗み出して、なくしたナイフの代わりに置いておけばいい。
ぼくらの計画は成功し、ジャックのナイフを発見した警察が訪れたときも、代わりのナイフを見せて、その場をしのぐことができた。
ところが、驚いたことに、ぼくらが骨董屋から盗み出したナイフから血痕が発見されたのだ! このナイフこそが、本物の凶器だったのだ。これはいったいどういうことだろう?
ぼくらはコッカートン夫人の骨董屋に出かける。すると、そこには品のよさそうな老婦人がいて、コッカートン夫人と何やら話している。いったい誰なんだろう? ……
そのうちどこかから翻訳されるかもしれないので、紹介は途中までにする。これでだいたい半分くらいです。
グラディス・ミッチェル(1901〜1983)はイギリスのミステリ作家で、ベアトリス・ブラッドリー夫人(ミス・マープルのようなおばあちゃん探偵)を探偵役とする66冊の長編ミステリを書いた。
クリスティ、セイヤーズと並び称される、英国本格黄金時代を代表する女流作家らしいが、邦訳は『トム・ブラウンの死体』(ハヤカワ・ミステリ)の1冊のみ。いまや稀覯本なので、わたしは当然、読んでません。
その作風は、ひと言でいえば、常軌を逸したアガサ・クリスティだそうで、森英俊氏の紹介で一部で有名になった『湖畔でウィンク』(Winking At The Brim, 1974 →邦訳『タナスグ湖の怪物』)には、ネッシー(そのものではないが同様の古代恐竜)が出てくるらしい。(余談ですが、この題名はキーツの引用で、意味をずらしてあります)
本作は、あらすじを読んでいただければおわかりと思うが、ブラッドベリ風の雰囲気がただよう少年小説。両親を亡くした子供が主人公で、サーカスと骨董屋が出てきて、年上のお姉さんへのあこがれがあって、ナイフで若い女性を切り刻むシリアル・キラーが暗躍するなど、いい感じで話が進む。
骨董屋にあらわれた謎の老婦人とは、もちろんスコットランド・ヤードに助けを求められた名探偵ベアトリス・ブラッドリー夫人で、以後、主人公の少年たちとともに捜査をおこなうわけだ。このあたりも、実によろしい。
なんとなくNHKの少年ドラマシリーズを連想させる話なので、翻案して連続ドラマにしたら、いいかもしれない。
ところで、前述したとおり、作者は女性(当時44歳)である。それなのに、よくこれだけ少年をヴィヴィッドに描けるな、と最初は感心していたのだが……。
途中まで読んで気がついたんですが、この小説には女の子が出てこないんですよ。登場するサイモンとキースの同級生は全員男子。しかも、みんな「女の子はバカだから嫌いだ」とか言う。
女性の登場人物を見ると、コッカートン夫人とブラッドリー夫人は初老で、ジューンは中年、クリスティーナはおそらく20代後半でしょう。若い女性はまったくあらわれない。
若い女性が言及されるのは、切り裂き魔の被害者だけ。ナイフで惨殺される役まわりなのね。
わたし、ここには何か深ーい意味が隠されているんじゃないか、と思うんですが、こわいから、考えるのやめました。
2000年8月24日
3ヵ月近くかけて、ひーひー言いながら読み進めてきたジェイムズ・ブリッシュ『驚異博士』(Doctor Mirabilis, 1964)をようやく読了する。読んだというより、ページに風を通したとか、一応最後まで字面をながめたというほうが近いですが。
本作は13世紀を舞台にした歴史小説で、ロジャー・ベーコンの生涯を描いている。ここの情報によると、ロジャー・ベーコンとはこういう人です。
R.ベーコンはイギリス生まれのフランシスコ派の修道士で、オクスフォード大学でアリストテレスの自然学及び数学を学び、更にパリ大学にも学びました。1240年代には、パリ大学で講義もしています。恐らくこの時にペトルス・ペリグリヌスに、ペリグリヌスの磁石研究や自然学研究に於ける実験の重要さについて教わったと思われます。1247年に彼はオクスフォード大学に戻り、そこでグローステストに師事し、光学に興味を持つに至りました。1251年にはオクスフォード大学教授となり、1257年にフランシスコ派に入会します。修道士として、哲学や神学、また法学も研究し、更に医学も研究し、加えてアリストテレス、ユークリッド、アルキメデス他の業績を直接原典で研究する為、ギリシア語、ヘブライ語等を学び、言語学者としての研究を行い、ヨーロッパ最初のヘブライ語文典、ギリシア語文典を作っています。彼もまた、文化史上にあらわれる「万能の人、ホモ・ウニヴェルザリス」の一人で、その博識に当時の人は彼を「驚異博士、ドクトル・ミラビリス」と呼んだ程でした。
彼は、実験的方法が自然学研究には不可欠で、本質的であることを確信しており、実験の結果と従来の伝統的、アリストテレス的考え方とが合わない場合は、容赦なく伝統的考え方を批判し、攻撃したので、徐々にフランシスコ派内部に多くの敵を作って行く事になりました。例えば、ドミンゴ派の修道士で「全科博士、ドクトル・ウニヴェルザリス」と呼ばれた、中世スコラ哲学の巨人、アルベルトウス・マグヌスさえもベーコンによって、簡単に「無知な男」とひとことで片付けられています。この為フランシスコ派の実力者で、やはり優れた科学者、哲学者であったボナヴェントゥラ−彼はベーコンの行動ばかりでなく、ベーコンの信じていた錬金術と占星術を嫌っていたので−の非難を受け、また彼の方でも当時の宗教界を激越な調子で非難した「哲学研究の適用」という論文を書いて非難に応じたので、ついに1277-79年頃パリで投獄され(直接の嫌疑ははっきりしませんが)死の直前まで幽閉されてしまったのです。
これ以上のことをわたしに訊かないように。というのは、内容が難しすぎて、ひいき目に見ても約3割くらいしかわからなかったからです。
まず、ヨーロッパ史の素養がないから、ヘンリー三世がどうのこうのと言われても、ピンとこない。中世英語とラテン語ができないから、引用される文章がちんぷんかんぷん。
普通、地の文は難しくても、台詞はなんとか読めるものだが、本作では全員が中世英語風のしゃべり方をするんですよ。時代劇の登場人物が「率爾ながらナントカカントカでござる」と言うようなものですね。おかげで、会話すら一読では頭に入らない。
一例をあげると、
OF HEM THAT YAF HYM WHERWITH TO SCOLEYE
というのは第三部の表題だが、これ、なんて書いてあるかわかりますか?
自慢じゃないが、わたしにはわからなかったので、インターネットで調べた。その結果、これが『カンタベリー物語』の引用であると判明した。そこで、原文のeTextをダウンロードし、邦訳を買ってきて、相互参照したあげく、
彼の頭のなかには学問しかなかった
という意味だと知ったのだが、なぜこういう意味になるのかは、いまだにわからない。万事がこの調子。
浅倉久志氏の『地球人よ、故郷に還れ』文庫解説によると、
ブリッシュ自身が最も自信を持って書き上げた歴史小説『驚異的博士』"Doctor Mirabilis"(十三世紀イギリスの哲学者で自然科学者でもあったロジャー・ベーコンの生涯を描いたもの)は、ついにアメリカで買手がつかず、イギリスのフェイバー社から刊行されることになった。
とのことだが、さもありなん、と思う。
そして、アメリカ人すら興味を持たないような難しい内容の小説を、教養のない日本人が読むのは無謀以外の何物でもない。
でも、いいじゃん、読みたかったんだもん。
理解できた範囲ではおもしろかったし、ブリッシュがなぜこういう小説を書きたかったかも、なんとなくわかりました。
つまり、こういうことだと思う。
ベーコンは近代自然科学の先駆者でありながら、一方で占星術を信奉し、錬金術にも興味をいだいていた。おかげで、ヨーロッパには魔術師ロジャー・ベーコンに関する伝説のたぐいも数多く残っているという。
その結果、ベーコンに対する評価は真っ二つに分かれる。
「ベーコンは近代自然科学を先取りしていたが、そんな彼でも時代の制約からは逃れられず、占星術や錬金術などの迷信を信じていた」
「いや、ベーコンの本質はそうした魔術のほうにあったのだ。彼は実は近代自然科学に対抗するオルタナティヴな知の持ち主だった」
ところが、ブリッシュはこういう見方のどちらにも与さない。
ベーコンが近代自然科学の先駆者であり、同時に占星術や錬金術を信奉していたことは何も矛盾していない、というのがブリッシュの立場なのだ。なぜなら、近代自然科学もある意味では迷信だし、占星術や錬金術もある意味では科学だからである。その総体が人間の知性なのだ、とブリッシュは考えている。
「わたしがいいたかったのは、数学と現実の世界とに、なにかの関連性があると考える数学者の信念そのものが、一つの信仰だと——証明はできないが、数学者はそれを非常に強く感じるものなんだ、ということです。もっとも、その点に関してなら、まるきり無宗教な人間のそれ、つまり、自分の五官の示すとおりの現実の世界がたしかに存在する、いう信念だって、やはり証明できるものじゃない。これだけは、平凡人も、ピカ一の物理学者も、信仰でゆくよりしかたのない問題なんだ」
(『宇宙零年』浅倉久志訳、ハヤカワ文庫SF)「ぼくには、リチア人が作りだしたこの膨大な理性の産物が、いったいどうやってもちこたえられるのか、理解できないね。どこにも根拠になるものが見えない。“物質が存在する”というのは、よく考えてみれば、気ちがいじみた公理だ。すべての事実は、まさに反対の方向を指し示している」
——『悪魔の星』(井上一夫訳、創元推理文庫)
というわけで、ブリッシュがロジャー・ベーコンにのめり込み、ほとんど自己同一化した小説を書いたことは、わたしには大変よく納得できます。
2000年8月29日
ピアズ・アンソニイ『マクロスコープ』(Macroscope, 1969)を読んだ。
主人公の青年、アイヴォ・アーチャーは街で見知らぬ男に声をかけられる。
「アーチャーさん、いっしょに来てもらえませんか?」
車に乗せられて、連れていかれたのは、ケネディ宇宙センター。そこからシャトルに乗り換えて、宇宙に飛び立ち、着いたのはマクロスコープ・ステーションだった。
マクロスコープとは何か? それは光子と重力子の相互作用で生まれる素粒子マクロンを観測する装置である。マクロンを観測すると、とにかくなんでも見える。地球上のあらゆる地点が見えるし、地中のマグマも見える。それどころか、外宇宙の惑星の様子だって見ることができるという究極の観測装置なのだった。
このマクロスコープを開発したのは、若き天才科学者ブラッドリー・カーペンター。ブラッドは幼い頃、アイヴォと同じ施設にいた幼なじみだった。
その施設では、天才を人工的につくり出そうという実験がおこなわれていた。いろんな人種のあいだに生まれた子供たちを親から隔離し、集団生活させることで、知能向上をめざそうという、あんまり政治的には正しくない計画である。
実験者の目論みどおり、ブラッドは天才になって、20代半ばだというのにマクロスコープ計画の総責任者をしているが、アイヴォは人並みの知能しか持っていない。
ブラッドは、なぜそんなアイヴォを呼び出したのだろうか?
マクロスコープで観測をつづけるうち、ブラッドは異星人からのメッセージを受信した。どうやらすごい知識が含まれているらしいが、このメッセージを見ると、頭のいい人間はみんな廃人になってしまう。すでに5人の科学者がバカになってしまったほどだ。
ブラッドは、これは見る者が十分頭がよくないせいではないか、と考えた。もっと超天才なら、異星人からのメッセージを解読できるのではなかろうか?
そこで思いあたったのが、施設の幼なじみのシェーン(ドイツ語で「きれい」という意味)。そして、シェーンに連絡をつけられるのは、アイヴォしかいないのであった。
さて、科学者が5人もバカになってしまったことをかぎつけて、上院議員がステーションにやってくる。ブラッドは事情を説明すると、上院議員は「おれにもそのメッセージとやらを見せろ」と言い出し、しかたなく、見せることになる。
結果、上院議員はそこそこ頭がよかったのでショック死し、いっしょに見てしまったブラッドはバカになってしまう。たまたま同席していたアイヴォは無事。頭が悪かったおかげである。
しかし、上院議員が死んでしまっては、騒ぎになること間違いなし。国連がやってくる前に、マクロスコープをどこか無事な場所に隠そうということで衆議が一致し、アイヴォは数人の仲間と、マクロスコープを緊急脱出用ロケットにつないで、逃げ出すのであった。
いったいどこへ逃げ出せばいいか? と考えているところに、シェーンからの謎の伝言が出てきて、「海王星へ行け」とのこと。アイヴォたちは海王星をめざす。
しかし、国連の宇宙船がやってきて、アイヴォたちを追いかけはじめる。このままで追いつかれて、レーザー砲で撃ち落とされてしまう。いったいどうする?
異星人のメッセージを見ても無事だったアイヴォは、メッセージの一部を解読し、超科学技術を発見する。それは人間をどんな加速度にも耐えさせる方法だった。
人間が高Gに耐えられないのは、器官や骨格が潰れてしまうからである。それなら、最初から潰しておけばいい。というわけで、人間をいったんどろどろの液体状にして、高G飛行が終わったあと、また元に戻せばいいのだった。
どろどろ状態で10Gですっ飛ばし、アイヴォたちは無事海王星に到着。衛星トライトンに着陸する。
太陽から遠く離れたトライトンでの生活は大変だろうと思いきや、異星人のメッセージから得た超科学技術でテラフォーミングを決行し、大気や池をつくってしまうから、そんなに苦労はない。マクロスコープを使えば、地球の今日の新聞だって読めるのである。
さて、話のこのあたりで、シェーンの正体が明らかになる。
シェーンはあまりにも超天才だったので、普通人のあいだで生活するのは退屈でしかたがない。そこで、普通の知能の別人格をつくって、自分は寝てしまうことにしたのだった。アイヴォこそがその別人格で、シェーンが目覚めると、アイヴォの人格は雲散霧消してしまうらしい。
異星人のメッセージの秘密もだんだん解けてくる。
どうやら、超科学技術情報と人間をバカにする信号とは別物で、何者かが有益なメッセージの上に有害な精神破壊信号を重ねているらしい。
アイヴォたちは精神破壊信号を発信している悪者を突き止めるべく、メッセージの超科学技術から、瞬間移動航法を探り出す。
この瞬間移動航法というのは、要するにブラックホールに飛び込むやつで、そのためにはブラックホールをつくらなければならない。
トライトンを縮潰させてもいいのだが、もっと大質量のほうがやりやすいから、トライトンを海王星にぶつけて、潰してしまう。
元海王星のブラックホールを通じて、アイヴォたちは宇宙に旅立つ。
精神破壊信号の発信基地を見つけて、なかに入ったアイヴォたちは真相を知る。
超科学技術情報は、はるか彼方の別の銀河系から発信されていた。大昔、銀河系の知的種族はみんなこれを受信し、文明を大いに飛躍させたものだが、大きな弊害が生じた。まだ未発達の野蛮な知的種族が瞬間移動航法を手にしたものだから、銀河系規模の戦乱が起き、ほとんどの文明が滅びてしまったのである。
わずかに生き残った知的種族たちは、このことを教訓にして、精神破壊信号を発信することを決めた。ふたたび別の銀河系から超科学技術情報がやってきても、未発達の知的種族に聞きとれないようにするためである……。
あらすじを読んで勘違いされると困るので、はっきり書いておきますが、本作品はものすごーくつまらないです。あまりの退屈さに、後半は斜め読みしました。
ピアズ・アンソニイはSFに向いていないと思う。〈魔法の国ザンス〉シリーズは読んでないから知らないが、ファンタシーのほうが圧倒的におもしろいんじゃないかな。マクロスコープなる観測装置も、ほとんど魔法の鏡みたいなもんですし。