2004年8月2日
"There Beneath the Silky Tree and Whelmed in Deeper Gulph Than Me"より、アヴラム・デイヴィッドスン先生のエスニック料理講義。
A paradox: that, whilst Bayfolk home-cooking is as good a style of home-cooking to be found anywhere and better than manywhere, Bayfolk home-cooking almost never reaches the cook-rooms of Bayfolk restaurants. Crab soup with crap spawn? Venison with crabboo-fruit? Turtle stew? Cowtail braised and made with broth? Coconut bread? Mango jelly? And more and more and - Yum Yum. But.
But somehow, Limekiller did not know why, it was almost never that one found any such things in any King Town restaurant, the home of the Fry Chicken, the Hom Somwich, and the Tin Soup. Why? Odd.パラドックス。湾民の家庭料理がどこの家庭料理にも劣らぬスタイルどころか多くは勝るにもかかわらず、湾民の家庭料理が湾民のレストランの調理場にたどり着くことはめったにない。蟹の卵入り蟹のスープ? 鹿肉のクラブー・フルーツ添え? 亀のシチュー? 牛の尻尾の蒸し煮? ココナッツのパン? マンゴー・ゼリー? その他もろもろ——どれもうまそう。だが。
だが、ライムキラーにはなぜかわからなかったが、こういったものをキング・タウンのレストランで見かけることはまずない。あるのはフライ・チキンにホム・サンイッチ、缶スープ。なぜ? 変だ。
なるほど、そういうものか、と思った。ただし、おそらくこれはデイヴィッドスンが英領ホンジュラスに住んでいた1960年代の知見で、現在ベリーズに旅行すると、レストランでもエスニック料理が食べられるんじゃないだろうか。ベリーズ料理なんて聞いたこともないけど。
Limekiller(2004)読書は『どんがらがん(仮)』とまったく関係ないので、短編考課表には載せず、全編読み終わったら別館で詳しく紹介する予定。当分先の話ですよ。めちゃくちゃ読みにくくて、全然進まない。
2004年8月2日
ついでに同中編よりアヴラム・デイヴィッドスン先生の英国植民地紅茶講義。
The Fort Benbow Hotel was very much like the Empress Hotel in Victoria, in that it served afternoon tea; otherwise it was not much like the Empress Hotel in Victoria. Jack had not really been much of an afternoon tea addict, and current CO of the Tea Ceremony in the Fort Benbow knew even less about it than he: horrid brew.
フォート・ベンボウ・ホテルは午後の紅茶を供する点でヴィクトリアのエンプレス・ホテルによく似ていた。その他の点ではヴィクトリアのエンプレス・ホテルにさほど似ていない。ジャックは大の午後の紅茶好きというわけではなかったけれど、フォート・ベンボウの現茶会担当者は彼以上に無知だった。ひどい淹れ方だ。
なるほど、そういうものなのか。
このフォート・ベンボウ・ホテルは、ベリーズ・シティにあるラディソン・フォート・ジョージ・ホテルがモデルなのかな。つい買ってしまった『地球の歩き方/中米』(ダイヤモンド社)には「ベリーズ・シティ最高級のホテル」と書いてある。一生旅行することはないであろう国のトラベルガイドを買うはめになるとは、なんともはや……。
2004年8月20日
8月18日、中村融さん、河出書房新社の担当者氏と東京でアヴラム・デイヴィッドスン選集の打ち合わせをした。打ち合わせというよりは顔合わせで、中村さんにエース・スペシャル版The Phoenix and the MirrorとThe Island Under the Earthを見せてもらったりしただけ。
担当者氏によると、版権所有者のグラニア・デイヴィス女史(デイヴィッドスンの元妻)は、日本で選集が出ることをたいへん喜んでくださっているらしい。ありがたいことである。
また、翌19日には、たまたま入った八重洲古書館で、デイヴィッドスンの短編が掲載された日本版EQMMを3冊買うことができた。
そういうわけで、ひさかたぶりに今日のアヴラム・デイヴィッドスン。
●"The Creator of Prelude"(1958)
邦訳は「前奏曲の創作者」(青田勝訳、日本版EQMM1960年11月号)。
主人公は作曲家ではなく画家で、「前奏曲」というタイトルの絵を描いている。たいしておもしろくはない。
●"The Dive People"(1959)
邦訳は「ドヤ街の人々」(岩田迪子訳、日本版EQMM1961年4月号)。
こちらはけっこうおもしろい。貧乏作家、ニューヨークの安アパート、異常心理とデイヴィッドスン印満載のミステリ短編。
2004年8月21日
中村さんはわたしを「日本一デイヴィッドスンに詳しい男」と呼ぶのだが、それって「サンダル飛ばし日本一」みたいなもんだよな。ほかにやる人がいないから、必然的に日本一になるというわけ。
確かに「TVチャンピオン」アヴラム・デイヴィッドスン王決定戦なら優勝する自信あるよ。世界王座はヘンリー・ウェッセルズがいるから無理だけど。
2004年8月22日
雑誌に短編が掲載されるときには、ルーブリック(編集者による簡単な解説)がつく。せっかく日本版EQMMを入手したことだし、デイヴィッドスンの短編のルーブリックを書き写しておこう。当時、デイヴィッドスンがどんな作家だと思われていたのかわかって、興味深い(アヴラム・デイヴィッドスン王のわたしだけかもしれませんが)。
まずは日本版EQMM1961年4月号「ドヤ街の人々」のルーブリック。
アメリカではミステリ・マガジンが数多く出ていて、作家のなかには、ヘンリイ・スレッサー、C・B・ギルバート、ロバート・ブロックなどのように、毎月、いくつかの雑誌に短篇を発表している作家がいます。
このエイブラム・デイヴィッドスンも、そうした作家のひとりですが、他誌よりはEQMMに書くほうが多いのではないでしょうか。しかし、デイヴィッドスンの場合、三流の探偵雑誌で、名前を見かけることもあります。
この作家には、長篇がありません〔共作の処女長篇Joylegは1962年刊〕。うまい、気のきいた短篇を書くので、力倆はあるはずだし、長篇の1、2篇あってもいいキャリアの持主ですが、アメリカには、短篇しか書かない作家がたくさんいます。ギルフォードなども、そのひとりでしょう。スレッサーも一昨年〔1959〕に『グレイ・フラノの屍衣』を書くまでは、いろんな雑誌に短篇を書きまくっていました。
短篇しか書かない作家といえば、ロアルド・ダールもそうです。デイヴィッドスンなどは、非常に凝ったものを書くので、体質的に、短篇作家なのかもしれません。
つづいて、日本版EQMM1964年4月号「お守りの値段」のルーブリック。
ダールの「すばらしい息子」という短篇をご存じですか? 異色作家短篇集の『キス・キス』に収録されています。あの短篇の結末のすばらしさは、本篇にも通じるものです。
デイヴィッドスンもEQMMの準レギュラー格の作家ですが、SF作家としても知られています。現在、「マガジン・オブ・ファンタジィ・アンド・サイエンス・フィクション」の編集長であることは、「SFマガジン」の読者ならご存じでしょう。
このひとは、ミステリ、SFばかりでなく、ノン・フィクションも書いている。彼の犯罪実話集〔Crimes & Chaos, 1962〕には、アル・カポネの伝記などもはいっていて、何が本業なのか、ちょっとわからない。
ところで、このショート・ショート、いかがですか? サラエヴォといえば、世界の歴史を変えた、大きな事件に関係があります。これ以上書くと、エチケットに反しますので、やめましょう。
*〔〕内は引用者注。太字の強調も引用者によるもの。また、『グレイ・フラノの屍衣』は現行の邦題に改めた。