子どもの数学力評価に新手法

教育の成果を語るときに、子どもが身につけた学力をどのように測定するかが、重要になる。
京都大学の松下佳代教授は、パフォーマンス・アセスメントと呼ばれる新たな学力評価法の有効性を指摘し、
計算偏重の学力のとらえ方そのものの見直しを、迫る。

新聞記事の本文は下記に

 

 私は、お茶の水女子大学のCOEプログラム「誕生から死までの人間発達科学」で、算数・数学学力調査グルーブのリーダーを務めている。調査では、二通りの手法で学力を測った。従来のテストと同じ形式の「アチーブメント・テスト(AT)」と、新しいタイプの評価方法である「パフォーマンス・アセスメント(PA)」の二つだ。

 国内で追跡調査

 PAは、伝統的な標準テストに代わる評価法をさして広く使われている用語である。「パフォーマンス」には「遂行」という意味の他に、「演奏」「演技」「(作品の)できばえ」といった意味もある。演奏・演技・作品のできばえを評価するときのように学力を評価しようというのが、PAなのである。
米国や英国では既にかなり用いられているが、国内の学力調査でPAが採り入れられたのは今回が初めてだ。調査は大都市周辺・地方都市・国立大付属の三エリアで、小三・小六・中三・高三を対象に行った。一学年約二干五百人、三年ごとの変化をみる、国内初の大規模追跡調査である。
 今回作成したPA課題は、どの学年も、二十分で一問の自由記述式の問題。B4サイズの紙一枚の、ほぽ上部三分の一に問題文が書いてあり、残りのスペースに考え方を書いてもらう。「どのように考えたのか、その考え方を、式、言葉、図、絵などを使って、わかりやすく書いてください」「正しい答えが出せなくても、考え方がきちんと書けていれば、点数がもらえます。しかし、答えが正しくても、考え方を書いていなければ、点数はもらえません」という指示を与えた。
 調査では今後も同じ問題を繰り返し使い、変化一をみるため、問題文をそのまま紹介できないが、大まかにいうと、例えば小六では、こんな間題だ.(実際はストーリー仕立てになっている)。
〈子ども会でハイキングに行きました。ゆう子さんのグループは三キロの一コース、あきお君のグループは五キロのコースを歩くことになりました。十時に分かれて、ゆう子さんのグループは十一時に目的地に着きました。あきお君のグループはその三十分後に到着しました。二人はどちらが速く歩いたのかでもめています。あなたはどう考えますか〉
 簡単にいえば、速さの比較の問屈なのだが、時速や分速だけでなく、分速の逆(分/メートル)で比べてもいい。五キロ歩くのにかかる時間で比べてもいいし、一・五時聞で歩ける距離で比べてもいい。とにかく時間か距離のどちらかをそろえさえすれば、速さは比べられる。そんな多様な解き方ができる問魑である。

課題ごとに基準

 PAの特徴は、「ルーブリック」と呼ばれる課題別採点基準を作成して採点を行う点にある。
 作り方はいろいろだが、今回は、メンバーの一人鈴木京子氏(日本大学工学部)が開発した基準をもとにした。
(1)時聞・距離・速さの関係が理解できているか(概念的知識)(2)計算手続きを正しく実行できているか(手続き的知識)(3)数学的に筋道だった考え方をしているか(推論とストラテジー)(4)自分の考え方をきちんと説明できているか(コミュニケーション)ーーの観点を立て、観点ごとに0、1,2,3の四段階で評価する。各観点について、答案にどんな特徴があれば何点と秤価するかをあらかじめ文章で記述しておく。これがルーブリックである。これにより算数・数学の学力を多元的に把握することができる。
 調査前は、長い問題文を見ただけで子どもたちに嫌がられ、白紙が続出しないかと不安だった。だが、ふたを開けてみれば、ほとんどの子どもが紙いっぱいに自分の考えを個性的な表現方法で書いていた。「正」「誤」の二分法ではなく、その子の思考プロセスが手に取るようによく見えた。
 例えば、A君の答案には、「3÷11=0.27…」「11÷3=3.66…」「30÷5=6」「5÷30」という四つの式と、その答えを出す箪算だけが書かれていた。3は三キロ、11は十一時、30は三十分、5は五キロのことだろう。問題文に出てきた数値を組み合わせて割り算の式を作って計算。それらしき数値が出たら、それを答えにしようとしたのではないだろうか。時刻と時間の区別もない。
 一方で、筆算はき帳面に定規で線が引かれ、小数点以下第二位まで正確だ。計算はきちんとなされているが、式にはまったく意味がない。この答案は、(2)の手続き的知識のみ二点で、他は零点と評価された。このように、PAの答案には、子どもの思考プロセスと表現方法が鮮明に現われる。

異なる測定結果

 今回の調査を全体的にみると、合計点では二極分化がかなり顕著で、特に概念的知識で大きな差が出た。
 一方、ATとPAの得点の関係をみると、両者の相関関係はあまり高くなかった。ATで得点の高い(低い)子とPAで得点の高い(低い)子があまり一致しないということだ。つまり、PAは従来のテストとは異質な学刀を測っている可能性が高い。
 一般には、学力調査の繕果が学力だど考えられがちだが、評価法が異なると、こんなにも見えてくる学力の姿が違ってしまう。
 学力低下批判の反動で、現在、教育現場では計算練習こそが算数・数学の勉強だという風潮が再ぴ広がっている。PAという新しい評価法は、そんな教育現場の学力のとらえ方そのものの見直しを、迫ることになるだろう。