Words from Moto


2004.3.22
本当に久しぶりです。書こう書こうと思いながらなかなかかけずにいました。これからまた書いていきたいと思います。書きたいテーマも沢山あるし。ただ、僕も不勉強だし、偏ったところも有るし、表現が下手なので色々ご意見くださると嬉しいです。メール掲示板などででも良いし、ライブで会った時にでも。

文芸春秋の出版差し止めとマスコミについて
 先日文芸春秋の販売差し止めの仮処分が決定されました。この日新聞の社説や、多くの人の言葉として言論の自由が脅かされるというような事を見たり聞いたりしました。確かにそれは一理あるとは思います。戦前の検閲みたいな事がおこなわれたら大変な事だと思いますし、言論、表現を国家が統制する事は大変危険です。今回の記事はまだ読んでいないので何ともいえないのですが、ぼくは出版社、新聞社、放送局等マスコミ側にも大きな問題があると思います。馬鹿げたゴシップ記事ばかりを追いかけた雑誌、人のプライベートを暴くような記事、人を中傷したり、ネタにして笑いを取るようなバカ番組。芸能レポーターがエライ人みたいにふるまうし、アナウンサー、新聞記者なども自分がニュースを作っている偉い人のように振舞いやがる。ニュースは出来事で、人が作るものじゃない。あんたらがそれを作る偉い人じゃない。ぼくも色々なメディアの取材を何度か受けた事があるが、記者、インタビュアー、プロデューサー等の書いた絵に沿うように誘導尋問的に質問されたり、出来上がった記事では自分の発言とは違うようになっていたりした。すごく傲慢な話である。こんな状況に自分たちがしておいて、何が言論、表現の自由かと思う。それなら自分たちであんな下種なバカ番組やバカ雑誌等何とかしたらどうか?視聴率を取れればそれでいい、売れればそれでいいというのがまかり通っていること自体がおかしい。人にとやかく言われる前に自分たちでちゃんとするべきである。音楽などにしてもそうであるとおもう。軽薄なもの、本当にいいものでなくてもテレビ、雑誌等が言いように書けば売れる。うそで固めたプロフィール、経歴、人生、イメージ等を掲げ、バカのマスコミに取り上げられたものが本当に良いのか?疑問である。今の小さい範囲で起こっているジャズブーム、ジャズヴォーカルブームもそうである。あんなものは早く去って欲しい。いいと思えないようなものをマスコミがいいものとして売ってしまい、自分で判断の出来ない人たちが買っていってしまっただけのように思える。ロックを掲げながら親の金で雑誌などに取材をしてもらったり、売り出してもらうロックンローラーが本物か?馬鹿げた話である。馬鹿げたものでも自分たちが取り上げ持ち上げれば売れるというところから来るマスコミの傲慢さ、それにすがるエセアーティスト。ゲロを吐きそうである。いいかげんテレビ、新聞、雑誌などが偉いとか、正しいとか、それらが言っている事を正しいものとして鵜呑みにしていくことを見直さなくてはならないのではないだろうか?特に僕らから若い世代にかけて、自分たちでいいものを見つける、善悪、真偽を判断する、そういう事が必要なのではないだろうか?偉くも無いマスコミを偉いとして扱い、崇めるのはやめても良いのではないだろうか。


2002.8.18

 ほんまに半死にのコーナーですね。前の続きはまた今度。とりあえづ、今年から某学校の教材を作ることになったのですが、その前書きとして僕が音楽,練習(特に本当に基礎的なこと)について書いたものを載せてみたいと思います。また、教材自体もすこしずつUPしていけたらとも思っています。

基礎知識やテクニックの必要性
みなさんは音楽の基礎知識やテクニックの必要性についてどう思われますか?理論を知らなくてもテクニックが無くても格好よければいいと言う人もいれば、理論を知らないと全く音楽が出来ないと思ってる人もいるでしょう。実際にすばらしいテクニックを持っていながらただそれをひけらかすだけで退屈な演奏しかできない人もいれば、アート・リンゼイと言う人などははチューニングすらせず、コードもひとつも弾かずにすばらしい音楽を作る人も居ます。私はテクニックや知識と言うのは何かを作る時の道具のようなものだと考えています。例えば、熟練した大工さんだと少しの道具だけでも綺麗に棚や机などを作る事が出来るでしょうが、ぼくら素人がいくら高価な道具を用いてなにかを作ろうと思ってもうまく行かないものです。この時の道具が音楽で言うテクニックや知識にあたり、大工さんの経験や技術などが音楽のセンスやアイデアにあたります。いくら技術があってもこういう音楽がしたいとか、こういうサウンドが欲しいとか、具体化したい事が無ければテクニックは出る幕もありません。しかし、いくらアイデアがあっても、テクニックが足りなければせっかくのいいアイデアを具体的に形にする事は出来ないでしょう。やはり、熟練した職人が良い道具を使った時に一番いい家を作れる事は間違いないでしょう。

基礎練習を身に付ける為に必要な労力
 基礎的なテクニックを身につけるためにはとてつもない時間と労力が要ります。それを成し遂げる為には長い期間相当な努力を続け無ければなりません。しかし、考えてみてください。ミュージシャンというのは特殊な職業なのです。音楽が無ければすべての人間が生活できないと言う事はありませんし、必要とされる人数も多くはありません。先ほどの大工さんの話で例えると、人間の基本として衣食住という事は必要になってきます。家がないと音楽どころではありませんし、その家を建てる職人さんはどんな時代でも多くの人数が必要とされます。必要とされるミュージシャンの数とは比較にならないでしょう。しかも、ミュージシャンに憧れて、志す人は本当に沢山います。大工さんなどの職人さんは何年間も親方について朝早くから晩まで毎日厳しい修行を経験して初めて一人前になるのです。特殊な職業であるミュージシャンを志すなら大変な努力が必要になるのは当然でしょう。ジミ・ヘンドリックスは軍隊に居た時も毎日ベッドでギターを抱えたまま寝てしまうまで練習していたそうです。ジャズギタリストのパット・マルティーノなどは食事を取るときも、トイレの中でもギターを持って練習していたそうです。そういう経験を経て一流のミュージシャンになっていくのです。

LifeTimeWork
 厳しい事を書いたかもしれませんが、基礎的な練習というのは私も含めすべてのミュージシャンが一生続けていくべき作業なのです。これから勉強していく事も私自身が課題として取り組んできた事や、現在も取り組んでいる事なのです。音楽に先生も生徒もありません。すべての人は同じミュージシャンであって、いい音楽をクリエイト出来るか出来ないかだけが問題なのです。とにかく音楽を楽しむ事です。努力を必要とする基礎の練習も楽しんで出来なければ、一生なんてとても続けられるものではありません。あと、忘れてはいけないのが練習の為の練習になっては何も意味がなくなってしまいます。自分が作りたい音楽を作る、伝えたい事を伝える為の練習なのです。

最後に
 練習や音楽の指針が無くなったり、行き詰まった時は映画や絵画を見たり、本を読んだり、いい音楽を聴くのもいいでしょう。そこに何かヒントが隠されているかもしれませんし、アイデアを得られるかもしれません。しかも気分もリフレッシュできるでしょう。音楽の映画を見たり、自分の尊敬する人の伝記を読んで見るのもいいでしょう。
 原始の時代、人々は何の楽器も使わずに何かを叩いたり、歌を歌ったりして楽しんでいたのです。それだけでも本当に楽しい音楽は作れるものなのです。現代では色々な楽器もあるし、これから知識やテクニックを身に付けていけばいろいろな可能性が広がっていきます。しかし、初心を忘れてはいけません。何も無くても音楽は楽しめるのです。歌と踊りを忘れてはすべては意味のない事になってしまうのです。とにかく音楽を楽しむ事です。それには労力やリスクを背負う事が伴いますが。

参考CD
AmbitiousLovers"Last" JimiHendrix"ElectricLadyLand","BandOfGypsys","SmashHits" PatMartino"Exit","Impressions",

2001.12.3

 もう少しで死にコーナーになるところでした。久々の更新です。最近はなかなかパソコンできないのですが、前の事故以来電車に乗っているお陰で日記などは電車の中で更新しています。そちらの方でこのコーナーに近い事書いています。しかし、携帯からだし字数にも制限があるのでなかなか書ききれないので、そういった話題を抜粋してこちらに書きたいと思います。最近で言えば日記に書いた先生方の話、日本、いや資本主義国家の多くが軽薄になってきているという話等、、、また近々。今日ADSLが繋がると思うので常時接続になったら色々やりやすいやろうし。
 
 とりあえず、最近読んだBluseManのインタビュー集には感銘を受ける言葉が数々あった。そろそろすぐに泡と消える薄い音楽を売る力の1%位でもこういった人たちに使ってみてはどうだろうか?何年か前に自分が演奏をしている時にいかにも軽薄な業界人といった感じの若い(といっても僕よりは年上だったのだが)が前のほうに座っていた。服がベッピン(この表現は僕の周りでだけの言葉。中身やその人にはまったく魅力が無いが、服装にそそられること。)の典型的な女性を連れて演奏に興味あるような無いような感じで、女の人を口説いている様子だった。なんかの拍子にそいつらと話をするハメになってしまったのだが、少しするとそのアマが言いたくて我慢できないといった感じで、「この人も音楽に凄く関係のある仕事してるのよ。」とか言い出した。そのニーちゃんは「やめとけって、こんなとこで。」とか言いながらも、ほんまにその話振って欲しくてしょうがない様子だった。その辺でふっと気が付いたのだが、以前ちょっとエー格好した業界人のばかばかしい生活を取材したテレビを夜中たまたま少し見たのだが、それに出ていたのはこのアニキだったのである。その話をしたらえらいそのアニキ喜んでしまって、そっから業界自慢話が始まった。だれだれは自分が売り出したとか、誰が連れやとか、、、あんたが偉いんやったら分かるけど、そんな話ききとーないちゅうねん。その日は結構前衛的な演奏をしていた記憶があるのだが、それに対してそのニーちゃんは擁護するような事もいっていた。あとほんまは自分はアーティストで、売り出すのもそういう音楽を売れたらいいのにとか、自分もギタリストでブルースかなんかやっとたとか、明らかにポーズだけの会話をしだした。きっとアマが横にいたから気ぃでも引きたかったんだろう。その女はその話を聴いてうっとりしてた。僕は「それやったらなんでどーでもえー音楽を売るんですか?自分がアーティストやったら自分で何か作らないんですか?」と聞いてみた。続く、、、


Words From Bluse Man

Skip James
ギターを持って明けても暮れても弾いている事は出来る。でも音楽をやりたいという気持ちが無ければ、最初にやり始めたときより先に行く事は出来ないんだ。

Rev.Gary Davis
誰だって過ちは犯す。東へ行っていると思っても実際には西側へ行っていることもある。誰にでもそういうことは起こるものだ。過ちは人生最高の障害物だ。知りすぎるほどに知って理解していると思った時にはすでに過ちを犯している。でも何かをやろうとして最初に過ちを犯したならば、それは人生のスタートとしては最高のものだ。誰かがそれを正してくれるチャンスがあるわけだからね。

2000.6.3

 今、テレビをちらっと見たら森総理大臣が「70才まで働ける社会にする」みたいな事を言っていました。70才まで働き口があるのは大変ありがたい事ですが、70才まで必死に働かなければ生活できないのはごめんです。年金受給開始年齢をかってに遅らせてそのぶん働けっちゅうことか?なめとったらあかんぞ。

 前々から思っていた事ですが、多くの外国では仕事を途中でやめてそれまでためたお金を使って、家族で1年かけて世界一周したり、年をってから大学にもどったりなどといろいろと自分の人生計画に選択肢があるようです。ぼくのそんなに多くない外国の友達の話だけでもそういう例がたくさんあります。しかし、日本で少ない選択肢以外のこと以外の生き方を選ぶのにどれほど労力と気力がいる事でしょうか?一度仕事をやめたら同じような条件ではなかなか仕事が見つからないし、年をとればとるほど難しくなります。自分のしたい事を見つける時間も与えられないまま成人し、自分の時間も無いまま70才まで働きつづけ、70才から自分の時間の使い方も見つからないままする事も無くなり、ボケていってそのまま人生を終了する。そういう人も多いのではないでしょうか。

 こんな中でおかしな人や凶悪犯罪が増えるのは当然だと思います。いいかげんにシテほしいですよね。いらん土木工事や銀行にかねを使うくらいなら、もっと考えてほしいです。

 今度の選挙にはみんなで出かけていって、権力主義の連立にバイバイしてもらうべく投票しましょう。ところで、選挙の前になると急に長い間音信不通だった旧友から電話がかかってきた経験は無いですか?連立に加わっているあの政党の関係です。そうですね、あの宗教団体に人達です。ぼくもなんどとなく友情や人情を踏みにじられ本当にいやな思いをさせられました。(この事についてもまたいつか書きたいと思っています。)

 これまで口ではいろいろ言ってもあんまり投票に行きませんでした。自分ひとりでは変わらないと思っていたからです。しかし、最近は思うのですが、一人一人が意識する事からしか変える手段はないのです。気づかないうちに権威主義やコスイ(こてこて過ぎる大阪弁かな?)草の根運動にカタにはめられる前に立ち上がりましょう。でないととりかえしのつかない所まであと一歩でいってしまいますよ。



2000.5.27

 このところ忙しくてなかなか更新できなかったのですが、やっと更新できました。おかげさまでJoshuaとの演奏や高槻のJazzStreetも好評でした。

 この間、久しぶりに梅田の歩道橋の下でストリートをしました。早くから用意をして待っていたのですが、すぐ近くの歩道橋の上で後からきたロックバンドが爆音で演奏をはじめました。こっちが先にきて演奏をするのがわかっていながらなぜああいうことが出来るんでしょうか?僕は興味のある人が立ち止まって聞けて、興味のない人は聞かずに通り過ぎれるというのがストリートのいいところだと思うのですが、あれでは音の暴力です。あれだけ大きな音で演奏すると、聞きたくない人には大変不快な上に、気を使ってそんなに大きな音を出さないでおこうと思ってやっている僕たちは演奏できませんでした。少なくとも先にきて用意をしていたのもわかっているはずなのに、やったもの勝ちとでも思っているのでしょうか?こういう世の中で、ロックをやる人までがこんな風になっていったらどうなるのでしょうか?世の中が悪くなっていったときにそのカウンターになるべきロックが同じようにやったもん勝ちの精神で、まさにRock is dead ですね。ぼくはロックが大好きですが、あの人たちはロックのいいところ、ストリートのいいところなんかをぶち壊してくれてます。いくらやさしい歌詞を歌っているつもりでも、本当にやさしい気持ちなわけがないですね。なんか悲しくなりました。僕も気が付かずにいろいろしでかしてしまうので、気をつけようと思います。

 ところで、前回のWordsにコメントをいただきました。銀行なんかに金を突っ込む位なら、初めのほうで少し書いた年金や介護保険を充実させてほしいというつもりだったのですが、文章が悪くて伝わらなかったようです。国語力のない僕がこんな風にかくことで、表現しきれないことが多々あると思うのですが、今後ともよろしくご指導ください。

2000.3.29

 今日から新しいコーナーを始めました。ちょっとしたコメントなどを載せて行くつもりです。
 今日は友達のJoshuaを関空に迎えに行きます。久しぶりに会えるので楽しみにしています。

 それにしても、年金のことやら、介護制度の改正やらこの先日本もどうなるんでしょうか?みんながあまり関心を持たないうちにどんどんえらいことになっていってますね。特に僕達やそれ以降の若い世代の人は無関心です。自分のすぐ目の前の権利なんかは守ろうとしたりするのに、知らないがために大きいものを奪われていっています。キャッチセールスで何十万かの布団を買わされた人のことをみんな「あいつはあほや。」とか、「あんな世間知らずのお人よしは今の時代だまされっぱなしで、この先とてもやっていけんやろ。」とかいってばかにしたりします。でも、布団ごとき何十万で済みますが、今の日本国民全員が、一生還さなければならないとてつもなくデカイ借金を背負わされる事になる書類にどんどんサインをしていっているのです。その金額は一人当たり下手をすると何千万という金額です。知らないうちに消費税とかも馴染んでいるし、知らないところでどんどん搾取される金額は増えるばかり。こないだも確定申告にいってビックリしたのですが、税務署の書類の隅にやさしいひらがなで今の税金の使われ方が書いてあったのですが、たしか3割以上が借金の返済に充てられているのです。これだけしらないうちに搾り取られて、しかもいろんなところで僕ら庶民や老人、中小企業、病人など弱者に使う金をせっせとケチって、その金は何処に流れているのでしょうか?身の回りでエリートずらをしている銀行員なんかでもどれだけの金をもらっていると思いますか?やれリストラだ、やれ賃金カットだといってもどんだけ貰ってるんでしょうね。こんな時代に至っても、まだ金融安定とか国民を不安にしないようにとか、景気回復のための安心材料にとかいろんな屁理屈をつけてはせっせと搾り取った金を横流ししているのです。よく役所や郵便局に行って「誰のゼニでおまえらが食っていけてると思っとんねん。」とかいう下品な人がいますが、(意外と綺麗な格好をして、さもきちんとしているようなフリをしている人が多いですね。)公務員もきちんと仕事をしているわけです。ましてや郵便局などは独立して採算がなりたっているのです。それよりも本当に僕らの金で食わしてるのは誰でしょうか?普通の中小企業なら当然競争に負ければ誰も守ってくれず、大きな借金をかかえて下手すりゃ首をくくらなければならなくなります。それなのに銀行だとどうでしょうか?危なくなったら首をくくった人からも巻き上げた大事な命の金をせっせと突っ込むのです。どうしようもなくなって銀行に哀願しても金を貸してもらえず、無念のうちに自殺する人もたくさんいるのです。その人からも情け容赦なくとった税金(所得税などを払って無くても、消費税は無理やり取られますもんね。)がその無慈悲な銀行にながれ、融資を断った銀行員はエリートづらしているわけです。知らない内に上手くやり込められ、上手く騙されて僕らが養っているとでもいえるぐらいの人が、エリートの金持ちとして扱われているわけです。なにも、ねずみ小僧の如く、見込みの無いところにブルジョアからとった金をばら撒けといっているのではなく、見込みの無い権力主義者にみんなの金をばら撒くのをやめて欲しいだけなのです。
 無関心が故にいいように食い物にされ、詐欺師、偽善者がエリートのふりをする。ほんとの悪人は今日も大手を振って街を闊歩しているのです。こんなままでいいのでしょうか?銀行の話はほんの一例に過ぎません。政治家、宗教家、商社、大企業、ネットワークビジネスと銘打ったもの、この権力主義の中であまりのはびこりかたにかききれません。

 初めから重たくてすいません。人生幸朗師匠のぼやき漫才だと思って読んでくだされば幸いです。でも、これは一つの意見なのです。世の中にほんとの悪い人はいないのでしょう。でもシャブ中に「あの人もシャブさえやらなければいいひとなのにとかいいっていても改善はされません。だから、もういい加減やめてもらいたいのです。 Do the right thing.

 Love&Peaceも時代遅れで廃れてしまった感がありますが、今こそ僕らの時代のLove&Peaceが満ち溢れることを願っています。めげそうになった時は、ジョンレノンやボブマーレーなんかを聞いて優しい動物の目を見たり、植物に囲まれたりしてみましょう。これは、僕自身に対する戒めであり、願いなのです。

すべての人の心に花を。
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