松本便り  私の松本の散歩道  &  小文:シナリオ“学校”から学んだこと2
    平成29年 8月14日  第308号     次回更新目標日:平成29年9月1日頃
 高校野球の開会式が台風で中止になりましたね。今年は我が長野県代表はうちの町内会にある松商学園なのです。で、盆の手伝いに上る前に、選手たちのいない松商学園の様子を見がてら、朝の散歩コースをいつもと逆に松商学園から始めました。8月8日です。
       
 <左>:松商学園の玄関です。クラッシックな玄関は雰囲気がありますね、県(アガタ)公園とともによく撮影に使われますよ。生徒たちは夏休みですし、甲子園にも出かけたのでしょう、広い運動場も人っ子一人いませんでした。
 <右>:筑摩神社。薄川を挟んで松商学園の向にあります。国宝松本城と並ぶ歴史のある建造物で、1439年信濃の守護小笠原政康が本殿を再建、1610年には松本城主石川康長が拝殿を建造奉献したと“由来”にあります。
       
 <左>:薄川左岸の道の右手は田園地帯。堤防を下りて田んぼの道を行くと、後で前を通る本棟つくりの家が、まるで映画のワンシーンのように望まれます。涼しい風が穂を揺らし、散歩の醍醐味を感じます。
 <右>:松本城の前身林城の、小城のあった山の麓を歩きます。なまこ壁のこんな蔵が並ぶ狭い道路なので、車と道を譲りあいながら…。
       
 山麓の道は道祖神の道でもあります。角々に由緒ある祈りの神が住む人たちによって守られています。
 <左>:近くにあった“慈眼寺”が明治の廃仏毀釈にあって破壊され、後年荒れ果てた草むらの中から掘り出した“聖観音石仏”とか。手向けられた新鮮な花が印象的でした。
 <右>:薄川を再び渡って、住宅地が切れると、水田に混ざって葡萄が栽培されています。道を少し変えましたら、こんなヨーロッパ方式の葡萄棚を見つけました。下のほうに袋をかぶっているのがまだ小さく青い房。農家にとってはどっちがいいのでしょうか、日本式と。
   
 <左>:そのすぐそばにある八坂神社。京都の八坂神社と同じ神様をお祀りしているようです。1549年、時の松本城主・小笠原長時が『いつ、誰が建てたか』と尋ねたが既に分からなかったという話が残っています。
 <中>:この2体の石、何に似てると思いますか。そうです、男性と女性の性器ですね。注連縄をかけた太い杉の木の陰に隠れるようにあるのですが、説明文が読めません。多分豊作や、安産・多産を願って生殖器を崇拝した時代の名残ではないでしょうか。そういえば、松本歴史博物館で、子供たちが50センチほどの長さの、木造男性性器を抱えて、家々を回っている写真を見たことがあります。なにかありそうですね。
 <右>:これは大きな石を運搬する道具で“修羅”といいます。長い間“舞屋”の床下で何だか分からないまま眠っていたそうです。昭和53年に修羅と分かって、ここに展示したとか。材質はケヤキ、長さは2,3メートル。私は安土城に行ったとき実際に巨石を運んでいる絵図を見たことがあります。<中>と<右>は八坂神社境内にあります。
       
 <左>・<右>:針塚古墳と呼んでいます。5世紀後半頃の円形古墳で、周囲に溝をめぐらせてありました。その溝を掘った時の土を盛り上げて、“墳丘”を造った珍しいものだそうです(積石塚古墳)。石は薄川から拾ってきたもので、当時は1万個以上使われていたといいます。『墳頂部は底面に鉄平石を敷き詰めた竪穴式石室』があり、長さ2,25M、幅1,3M、高さ2M』とか。
 左の写真の左奥の森が八坂神社、近さがお分かりいただけると思います。
       
 <左>:針塚古墳の近くの向日葵畑。集中豪雨に叩かれて同じ方向にうなだれている様子が面白くて撮りました。最近はこの農村地帯にもこんな新しい風潮が見られます。安曇野と同じ現象のように感じました。
 <右>:薄川です。奥が上流で、左右の堤防に散歩道があります。私の散歩はこの道をさかのぼり、松商学園の前を通って終わります。およそ3キロ弱のコース。
 いかがですか、松本市街が2キロ四方、その東がこんな田園地帯、そして後が美ヶ原の山々。この9月、我が家から歩いて5分のところにイオンモールが出来ます。我が老夫婦はですから、「松本生活万歳!」と叫んでいます。いかがです、  


    小文:シナリオ“学校”から学んだこと2
 私が乗鞍でペンションを始めたのは昭和53年でした。今でもそうですが未だ乗鞍高原はメジャーではなく、何とか有名な高原になって欲しいと思っていました。で、夏の上高地の荷揚げ(山小屋に必要物品を運ぶこと)後のヘリコプターを使って、“高原のへり遊覧”を試みたのです。その初日、松本の障害者学校の生徒さんを招待しました。その時思いました、『この子達はなんと天真爛漫なのだろう』と。感情をそのまま表す純粋さです。
 そんな子供たちの世界を描いた映画が山田洋次監督の“学校U”です。大学出たての先生と二人のベテラン先生が迎えた障害を持つ生徒との学校生活。そこには、教育に携わる先生たちにとってとても参考になると思われる話が各所に出てきます。で、前回に引き続いてシナリオから学んでみたいと思いました。

 事例1:障害がある子供たちは親元を離れて寮生活をしています。その一人祐矢は感情を抑えられなくなると、“ウンコ”をしてしまいます。場面は便所。
 “祐矢専用”と書いたバケツの脇で、新米の小林先生(長瀬正敏)が注意深く祐矢のパンツを脱がせている。「動くな、じっとしていろよ。ハイ、こっちの足……よーし、はい反対」。終わってトイレットペーパーで丁寧に足を拭く。
 と、されるままだった祐矢が「先生のウンコたれ」と他人事のように暴言を吐きます。立腹した先生、「お前がしたんだろう」。怒った祐矢が先生の頭を殴りつけます。頭を抱える先生、目に痛さと悔しさの涙が滲んできます…。「祐矢、何でお前俺を殴るんだよ。一体、お前何を怒っているんだ。教えてくれよ、頼むよ」 祐矢を抱き絶句する小林先生。
 誠心誠意祐矢に尽くしている小林先生ですが、祐矢は容易に心を開かないのですね。先生としては頼むから教えてくれよとお願いするしかないのです。でもこのお願い、事例4のように心が通じると有効なのですね。

 事例2:祐矢一人に付きっ切りの小林先生ですが、毎日が問題の連続です。今日も他所の教室の習字の時間に侵入して、墨汁を撒き散らしたかとおもうと、今度は印刷室に逃げ込んで紙の束を床に撒き散らしてしまいました。
 押し止めようとする小林先生。その手を思いっきり噛み付く祐矢。「チキショウ、今日は切れたぞ。祐矢、一度ひどい目に合わさないとわかんねんだな、お前は、わかんねんだな」 怒鳴りつけながら、祐矢の首を絞めつける先生。
 祐矢は“ションベン”をしてしまいました! 「一体何べんこの俺に臭いションベンひっかけりゃ気がすむんだよ」 やけくそになり、その辺の紙を投げつける小林先生。
 そこへベテランのリユー先生(西田敏行)が入ってきて言います。「子供を叱るときに教師が興奮しちゃ駄目だよ」 (中略) 「そうか祐矢、、祐矢は紙を散らかすのが大好きだものな。よーし、これ全部やっていいぞ」と、紙を破ってみせる。祐矢、嬉しそうに紙をばらまき始める。 「ほら、見てみろ、祐矢の顔。落ちついているだろ。あれは集中している顔だぞ」  (中略)  「――ほら見ろ、面白くて仕方がないんだよ、今」  (中略)  「何でもいいんだよ、まず子供とのとっかかりを見つける。そして共感しあう。それで次の段階に進めるんだから」  リュー先生の言葉はとても参考になりますね。共感しあう…。

 事例3:祐矢が廊下に飛び出して行った時の静止の仕方について玲子先生(いしだあゆみ)が、小林先生に感想を述べます。
 「あなたは後ろからこうやって服をつかむか、前に回って両手であの子を押さえようとするの。ところがリュー先生が止めたらあの子、素直に言うことを聞くでしょう。どこが違うかというとね、リュー先生はあのこの横に並んで片手であの子を止めるの。それはあの子の気持ちに沿ったやり方なのね。でもあなたのは力尽くで押さえ込もうとするやり方。祐矢にはそれがちゃんとわかるのよ」 事例2の“共感”に通じるセリフですね。

 事例4:夏休みに入って、リュー先生は祐矢と同室の高志(吉岡秀隆)の家を訪ねました。母親は留守でしたが、海釣をしている高志には会えました。高志はイジメが原因で、あまりしゃべらなくなっていて、リュー先生はそのことが気がかりでした。
 海で、駅前のスーパーで買ってきた飲み物とアンパンを高志に渡し、自分はコーヒーを一口飲んで語りだします。
 「昨日な、祐矢の家に行ってきたんだ。そうしたらな、母さんが、あの子には寮生活は無理だから、とっても悔しいけど学校辞めさせますってそう言うんだわ。俺、困ってしまってな。とにかくもう少し時間をください、まだ何か方法はあるはずですからって、そういったんだけど、正直言って、俺たちどうしたらいいのか分からないんだ。なあ高志、どうやったらあいつの心の中をわかってやれるのだろうか――なあ、高志、話してくれよ、お前の声を聞かせてくれよ」  (中略)  リューのナレーション「結局、その日は夕方までっ高志と魚を釣り、何匹かをみやげにもらって帰った。
 この後何があったか映画は語りませんが、無口であった高志は祐矢の兄貴分のような存在になり、そして祐矢は高志の言うことは何でも聞くようになったのです。頼られると人は弱いものですね。でも、それは魚をもらって帰ったというような信頼があってのことですよね。

 物語はまだまだ続きますが次の校長室の場面で一区切りしたいと思います。
 校長室に祐矢の母親がきています。校長先生が言います。「大事なことはね、お母さん、この祐矢君に慕われることによって兄貴分の高志君の方がぐんぐん自信をつけていったことなんです。つまり、あなたの息子さんは人を変える力を持っていたわけなんですよ。こういうことがあるんですね、学校という所は」

 これを書き始めたとき、我が松商学園は初戦を突破しました。それも12対3で!    それでは。

平成29年 5月28日  “山見”と“水鏡”プランの下見  &  29日の乗鞍高原  &  小文:ハムレットへの拍手
 平成29年 6月16日  大町市が“北アルプス国際芸術祭”をやっています  &  小文:生きるということ 
 平成29年 7月1日  マサトの最後の運動会は体育館で開催でした  &  小文:乗鞍岳は休火山?
 平成27 年7月15日 安土城を見る  &  小文:山は太陽に近いのに地上より寒いのは何故だろう
 平成29年 8月1日とうとう修学院離宮に行ってきました  &  小文:シナリオ“学校”から学んだこと