松本便り   神田家最後の学校行事・マサトの卒業  &  山田太一さんのシナリオからー―すねる子
      平成30年4月15日  第324号      次回更新目標日:平成30年5月1日頃
 3月14日はマサトの中学卒業の日でした。そこで今回は、記録のつもりの“松本便り”といたしました。
 
 乗鞍に来て知ったのですが、“卒業式”ではなく、“卒業証書授与式”と言うのですね。そのお目出度い式に参加すべく、5時起きしてペンションには7時15分に着きました。学校行事に参加できるのはこれが最後、“遅れじ”と、はやる気持ちご推察いただけますね。 
 皆を食堂で待っていましたら、ネクタイをしめたユウキが入ってきました。まるで将棋の藤井君のよう、なんとも可愛い“兄貴君”です。兄貴君は高校2年の春休み。ペンションで一人いるのも…と、弟の式に特別参加をきめたようです。
 タカヨシの白ネクタイ、チエの着物姿、ユウキの初お洒落…、それぞれの晴れ姿が時間に終われて動き回る情景は、ただ座って待っている我々の眼に時の長い経過を感じさせました。もう一つの家族が動いている…と。
 という次第で、我が家6人全員、“式”参加です。山の学校ってこんなことも可能なのですね。というより、“我が家”って変わっていますでしょう? では、式の模様を…。
      
 <左>:出発前に“写真を撮ろう”ということになりました。いつものようにマサト君は詰襟のカラーをかっていません。で、この写真。私にも経験があります、『首が苦しい…』とか言い訳をしてはめなかったことが。
 心配していたユウキ君の背も随分伸びているでしょう? 厚子さんを抜いてしまっている。答辞を読む原稿がマサト君のポケットに白くのぞいています。
 <右>:卒業証書授与式は小学校、中学校一緒でした。最前列の左3人が中学生、右3人が小学生。過疎化する山の状況をお見せする写真です。 壇上にいるのはPTA会長のタカヨシ。
      
 <左>:小中合わせて15名の先生方に礼をして登壇するところです。
 <右>:卒業証書授与。マサト君、“礼”をする姿もそうですが立ち姿もさすがアスリート!と、思われません?
      
 <左>:3年生に向けて話す校長先生の祝辞――たった3人だが、よくやった!と。
 <右>:PTA会長の祝辞――女子カーリングチームの“なんにもない町”の話を織り込んでいました。
      
 <左>:中学の在校生が送辞を述べています。1〜2年生で3人の在校生という現実。
 <右>:お礼や言いおきたいことをマサト君が述べました。ゆっくりと、堂々と、やる時はやるマサト君でした。
      
 <左>:聞いている来賓。松本市長代理の“地域作りセンター長”とタカヨシ。
 <右>:聞いている父兄。卒業生3人の母親と、チエの隣に兄貴のユウキ君。それぞれ何を感じていたでしょう?
      
 <左>:卒業生3人がサヨナラの思いを歌います。左端にPTA会長。3人の最後の一所懸命です。写真に写っていないところで泣いている人もいました。
 <右>:卒業生退場。本当に学び舎を去るときです。慣れ親しんだ場所が遠のく実感はあったでしょうか。植木鉢を置いた花道を入口に向かって去ってゆく後姿に、『よくやった!』と私はマサトの3年間を思いました。
      
 <左>:ユウキ君と最後の後姿を撮る母親。見納めと思うと、ジンとくるものがありますね。そのてん撮影は懸命さが防波堤になってくれて…。“兄貴君”はどうだったでしょう? 2年前には気がつかなかった、“卒業”ということの意味をこの時初めて実感していたのではないでしょうか。
 <右>:マサトの教室に“爺婆”も集合しました。思い出のつまった彼の教室で、学校行事の“最後の家族写真”を撮ろうという考えです。ご覧のように、笑顔のいい家族が撮れました。何より、厚子さんがなにやら叫んでいるいるのが、いつものようで素晴らしい、と、大満足です。
 思えば――5歳のタカヨシを連れて3人で移住した乗鞍。それから40年を経て、6人となった家族。40年という歳月の結果がこんな楽しい写真になりました。この写真を未来に向けた“旅立ちの家族写真”と呼ぶことにします。涙の後のシメの写真はやはり笑顔がふさわしいと思いまして、もう1枚ある“気を付け”写真はお蔵にしました。

 松本に下りながら話しました。タカヨシたちも寂しくなるな、と。 そして、ますます大変になるな、と。助けてやらねば…、その思いが募りました。
 

   小文:山田太一さんのシナリオから――すねる子供
 13回続くテレビドラマ、“青春スケッチブック”の終わりのほうに、すねる子供の話が出てきます。実はすねているのは、この物語の主人公のカメラマン(山崎努)で、その中学生時代の話です。すねる子の心境がよく分かる場面ですので、ご参考までに…。
 
 場面は、不登校の女子中学生に、カメラマンが自分の過去を話していっるところです。
 「   (前略)  だから勉強も出来なかった。丁度、あんたと同じ頃、先生がね、廊下で、おい沢田って呼んだんだ」
 「お前、卒業したら、どうするんだ? って。相談に来ないじゃねえかって」
 「今考えれば、おかしいが、そん時俺は、とても意外だったんだ。先生が俺のことを気にかけている。それが、すごく意外だった。担任の先生だ。そのくらいの心配は当たり前だ。しかし、そういう風に思えなかった。いつも、俺なんかいないみたいにしていたからね。はいッ、なんてね。嬉しくて、舞い上がった。高校なんてとんでもない、といわれているが、出来たら、どっか、住み込んで定時制へ通いたいって、夢中でしゃべった。ところが、教師は、特別俺のことを心配して聞いたわけじゃない。そうか、じゃあ、決めたら連絡に来い、とかね。明るく、さっぱりと、事務的に打ち切りやがった。そうか、仕事として聞いたわけか、と水をかけられた気持ちでね、自分ン中へ閉じこもっちまう。  (中略)   」
 「本当の好意、本当の愛情じゃなきゃいやなんだ、なんて思ってた」

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