2月の3連休は乗鞍に上がらずにすみました。我々の歳のことを考えますと有難いのですが、高校生2人の親たちには気の毒でなりません。自分たちの努力のことは棚に置いて思うのですが、多分に天気予報のせいもあるような気がするのです。やたら細かくて、やたら大袈裟…。
 
 3連休、松本は少しだけ雪が降りました。こういう時は“平山城”の“北熊井城跡”を撮るのに最適!と、9時起きの厚子さんをせかせて出掛けました。
   
               <写真1>                            <写真2>
 なぜ最適かといいますと、平山城は平地にある丘陵を利用してつくった城ですよね、そのうえ城跡ですから、土地の凹凸を見るには、少しの雪が好都合、と判断したのです。
 
 松本盆地の東側に、市街地から塩尻インターに通じる山麓線があります。塩尻や松本の平らが見渡せる眺めの素晴らしい道路で、“しののめの道”としゃれた名前がついています。城跡は,その道を塩尻市に入ってすぐのところで
 <写真1>“北熊井城跡”と書かれた枯れた大木がこのように道路に接してたっています。
 奥に向かって、城跡の縁を下っていくと、
 <写真2> 案内板のある中心のこの場所につきます。この上が城の中心となる場所で、土手を上る手摺のついた道が折れ曲がってついていました。
    
             <写真3>                            <写真4>
 <写真3> 図の黄色に塗られた部分を見てください。北熊井城はこのように丘陵を利用して階段状に作られていたのですね。北側(図の上側)は崖で、手前の南側は斜面が緩いので土を盛った土塁で二重三重に防御をしています。
 信濃の守護の小笠原氏が諏訪氏と戦った時にはすでにあったようです。戦国時代の早い時期です。
 <写真4> 東側の土塁を撮りました。厚いローム層の土地なので土砂崩れが少ないとか。“守る会”の人たちによる桜の植樹が、昔の姿をとどめるのに役立ってもいるようでした。
               <写真5>                             <写真6>
 <写真5.> <写真6> 二重の土塁を上ると縁にまた盛り土があって、放置されたような平が広がっていました。説明書には“主郭”とあります。<写真3>の真ん中の四角の部分です。南北70M東西80M。山城のことを考えて、その広さにびっくりしました。
 右隅に“天空の一本桜”があります。昭和50年に植えた30本のうち、ただ一本風雪に耐えた桜といいます。
    
             <写真7>                            <写真8>
 <写真7><写真8> 一本桜を見て、20Mの高さがあるという北側の崖に近寄ってみました。まさしく20Mの要害でした。<7>が市街地方面、<8>が山側。なんと清々とした眺めでしょう、平山城というのはこういうものなのですね。
   
              <写真9>                          <写真10>
 <写真9> 改めて主郭の全景を撮りました。どうしてなのか分かりませんが、この平地は“葛”でしょうか、その蔓で一面覆われて手つかずのまま放置されている感じなのです。その様子は、土塁のすべてが桜で飾られているのと対照的でした。ほかの6つの平地(曲輪)はきちんと畑として活用されているのですが…。
 <写真10> その主郭と隣の曲輪との間を北に下って自然の要害の姿を見ようとしました。
   
             <写真11>                          <写真12>
 <写真11> 畑の方から主郭を撮りました。20Mの高さがの崖が実感できますね。この幅が70M。一本桜も左にあります。<7><8>の写真はこの崖の上から左右の方向を見たものです。
 <写真12> 崖に並行する車道を上って、崖の長さを撮ろうとしたものです。崖の中ほどに小さく一本桜があることからご想像ください、この丘陵には主郭を含めて3つの曲輪があるのです。そして写真にはありませんが市街に向かってさらに3つの平地があるのです。残念ながら案内板にある長さの城跡は撮れませんでした。
   
            <写真13>                           <写真14>
 <写真13> 最後に道路に接した一番上の平地に立ってみました。“竹の花”と呼ばれるところです。ここは主郭と違って、ソバがまかれていました。ですがどうしたことか、収穫されていないのです!
 <写真14> 土塁を挟んでその下の平ら、上から2番目の平地です。ここは丈の低い葉物が栽培されていました。2枚とも、東山を背にして、松本盆地を見ています。遠くがだんだん近づいてきますね。城の長さの証明になると思います。

 車で東京に行くときいつもこの前を通っているのですが、今回やっとゆっくりと平山城というものを見ました。山城を見慣れていると、敷地の広さが驚きでしたがここだけの特徴なのでしょうか。また、石垣もないのですね。、例によって信玄が絡んできて1545年以後37年間、武田の支配となったということです。
 
 高速に乗るのに、松本からでなく、塩尻にしてはいかがでしょう.それとも桜の季節でしょうか。   それでは。

 
 松本便り   しののめの道に北熊井城跡があります、周囲を車でまわりました。
    平成31年 2月15日    344号    次回更新予定日3月1日