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マチュピチュ、ナスカ、クスコ、リマを訪ねて


クスコ

3日目 リマ → クスコ → マチュピチュ
リマから空路でクスコへ移動

クスコはインカ帝国の首都。標高は約3400m 富士山の頂上に近い標高だ
インカ族は 11世紀末、中部アンデス地域に力を持ち、クスコに都市国家を作った。
次第に国を大きくし15世紀には コロンビアからチリにまたがる約4000kmにわたるインカ帝国を築いた。
しかし 16世紀 スペイン人達は黄金も求めて 中米から南米へと進んできた。
1532年スペイン人 フランシスコ・ピサロの奸計によって インカ皇帝アタワルパは
ペルー北部の都市 カハマルカ でつかまり、処刑されインカ帝国は滅亡した。
その後19世紀末初頭まで、スペインの植民地として圧政に苦しみ続ける。
1821年 サン・マルティン将軍のもと、独立派は王党派を破り、ペルー共和国として独立した。
 

リマからクスコまではスターペルー航空の飛行機で

クスコの中心部サグラド庭園から見た コリカンチャ=太陽の神殿
現在はサント・ドミンゴ教会となっている

中央部分の石の壁の色が黒い
この部分はインカ帝国時代の石組みである。

その石組みの上にはインカ帝国のコリカンチャ(太陽の神殿)があった。
 
太陽の神殿の石組みはカミソリの刃さえ入らない緻密な石組みで
壁には台形の穴が残っている。
この穴には黄金でできた神の像が祀ってあったという
 
石組みを拡大してみると全く隙間がない。
見事な石組み

小神殿
この構造を見ても、石の壁がやや傾き壁が台形の構造をしている
ことがわかる。地震に強い構造となっている。 
 
はずされた石をしらべると突起や穴がありこれを組み合わせて
作られていることがわかる。
スペイン人はこの石組みの強い構造を理解し
土台の石組みだけ残し上部の建物を壊して
その上に教会を建てた、しかしクスコに地震があったとき
教会は無残にも崩れ落ちたが、土台の石組みはひずみひとつ
おこさなかったという。
 
複雑な石組み 王の椅子?
 
中央に井戸のあるパティオ(中庭)
スペインから来た征服者達はコリカンチャの中に入ると
夢のような世界が広がっているのを見て息をのんだ。
広場の泉からは水がさらさらと流れ、
金の石が敷き詰められた畑には、金のトウモロコシが植えられていた
さらに等身大の金のリャマを連れた人間の像もあった。
また金で覆われた太陽の祭壇があり、そこには分厚い
太陽像が日の光を浴びてキラキラと輝いていた。
 
インカの世界観を表す金の板(レプリカ)

神殿の部屋に入ると インカの世界観を表す金の板がありました。
インカの世界観では 世界は三層に分かれています。
コンドルが守る天上の世界、ピューマが守る地上の世界、
蛇が守る地下の世界です。
 
当時のコリカンチャ(太陽の神殿)の模型
当時石組みの上端には20cmの金の帯が付けられていた

民族衣装の有料モデルと果物を売る女性 

ペルーの国花 カントゥータ 

コリカンチャから見たクスコ市街 

コリカンチャを出てアルマス広場に向かう
その道路の両側にはインカの石組みが残っている
 
私の左手側の石が12角の石
石組みが見事だ
 
アルマス広場 奥にカテドラウとラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会
 
カテドラル(大聖堂)
インカ時代ピタコチヤ神殿の跡に建てられた大聖堂
今回は中を見学しなかった。
ボリビアのポトシ銀山の銀300トン使った祭壇があるそうだ。
 
ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会
インカ時代第11代皇帝ワイナ・カパックの宮殿の跡に建てられた
1650年の地震のあとに再建された
 
インカの石組みの上に建てられた現在の建築
うまくマッチしている
 
スターバックスのマークも世界遺産の中にあるので
色が規制されているそうだ
 
昼食会場で
左から現地案内人の森川さん、添乗員の清竹さん
森川さんはインカに魅せられ現地案内人となったとのこと
すごいですね。

アルマス広場の前で同じツアーの
美人姉妹 秋山さん姉妹と
 
クスコの中心地からサクサイワマン遺跡に向かう。
途中でクスコの市街を振り返る。
 
サクサイワマン遺跡(要塞跡)
1536年5月、スペイン人に反逆を企てたマンコ・インカ
はこの要塞に2万の兵士とともに陣取った。
しかし夜戦わないインカ兵はその隙を突かれ
負けてしまい、大部分が破壊されてしまった。
 
巨石を使った石組みは見事だ
 
アルパカ
この遺跡には草が多いせいかアルパカが多くいた
アルパカはラクダ科だが羊毛に似た良質な毛
をとりセーターなどの衣類になる。
 
写真用のモデル達
1ドル支払って記念写真
 
クスコの見学を終わって車でペルー鉄道の
オリャンタイタンボ駅に向かう。
クスコは標高3400m 谷底へ下りてきた。
流れている川はウルバンバ川(アマゾン川の支流)
 
これから向かうマチュピチュの方向に雪を頂いたアンデスの山々が
しかし雲がわき一瞬しか見られなかった。
今は雨期ということだ
 
オリャンタイタンボ駅
 
これから乗るペルーレイルの列車
 
1ボックスは4人 真ん中にテーブルが
途中でお茶(コカ茶、紅茶などのサービスがある)
 
マチュピチュのホテルについて夕食
最初に出たのはスープ

クスケーニャのビールも
マチュピチュバージョン 
 
主菜 おいしかったです。

デザートのスィーツ
これもおいしかったです。 
ペルーはスペインの植民地であったので、現在の公用語はスペイン語。
8日間のツアーで覚えたスペイン語はグラシアスだけ。
前もってもっと勉強していけば良かったと反省しています。
料理もスペイン系が多い。
通貨はソル。しかし今回の旅行ではすべてドルで支払ってきた。
唯一ソルで支払ったのはトイレチップ 1ソル(約40円) 
日本人向けの土産物店では円も使える。
クレジットカードは5%の手数料を取られる。

クスコは標高3400m 昨日とは打って変わって涼しい町、ダウンのベストを一日着ていた。

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