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重要文化財指定 蘆花浅水荘
蘆花浅水荘は、明治・大正・昭和初期にかけて、京都画壇で活躍した
日本画家山元春挙の別荘庭園です

蘆花浅水荘


40歳頃、生地に近い大津市膳所の琵琶湖畔に自分の画の師森寛斎
両親の恩を記す目的で別荘の建築を思い立ち、大正3年から10年前後に
かけて、離れ、土蔵、持仏堂及び本屋を完成させました。

また庭園も琵琶湖及び対岸の三上山(近江富士)を借景に、自然の中に、
自己の芸術を表現しようとしました。

時代の移り変わりの中で、別荘街であった周辺もすっかり変容しましたが、
当所は昭和30年、春挙の嗣子清秀が「宗教法人記恩寺」とする等しながら
守られ、平成6年に「近代和風建築の遺例」として、国の重要文化財に
指定されました。


現在、年間を通じて一般公開しています。(予約制)
大正時代の雰囲気を随所に残し、湖岸道路を前にしながらも、
静かで落ち着いた空間を保っているこの場所を一度訪れ、
趣味豊かだった春挙の遊び心や、ゆったりとした時の流れを
味わってみてください。


名前の由来

建造当時(~昭和30年代まで)、眼の前の琵琶湖畔には遠浅の水辺に

芦が群生し、その情景は

「江村即事」

     釣罷帰来不繋船 (釣んで帰り来たり 船を繋がず)
     
江村月落将堪眠 (江村月落ちてまさに眠るに堪えたり)
     
縦然一夜風吹去 (よし一夜風吹き去るも)

     只在蘆花浅水辺 (只在らん 蘆花浅水の辺り)


                           司空曙(唐の詩人

を髣髴させるところから名付けられました。

春挙孫 山元寛昭 記



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