Pop Children?
Collaboration Special
around songs of SANO MOTOHARU

the color RED & Silverboy Club

third contrast;
サンチャイルドは僕の友達


natsuko's Review Silverboy's Review

こんな風に守られたいと思った事がある/誰か、一人でいい/こんな人が現れないかなって

守ってくれるのは…一人でよかった/でも/みんなに好かれたかった(それって欲張り)

でも、私はみんなを好きになることはできなかった
ごめん

残念だけれども、多分むしろ誰よりも人を信じられずに育ってきた/本当だよ/でも、それが間違っていたとは思えないし、これからも多分そうなんだと思う。

誰かのために捧げる?そんなのまっぴら/奪われる?最低/自分の事で精一杯なんだよ/毎日居場所を探してる/どこに居てもせいぜいそれは2日が限度/…一昨日も/昨日も/ふらふらふら、してました/疲れた。くたくた。

いつまで私はこうしてるのだろう/こうしていればいいのだろう/って、それを決めるのは私自身なんだってば/割りきって腰を据えて向かい合えばいいだけなんだよ/分かってるくせに。

でもやっぱり、信じられない/なにより、自分のフィルターには自信があるのが厄介だ/やたら細かくて性能が良い/ここまで細かいと、整備も大変。

ささやかに、行方不明になってみる。

日曜の朝/突然/海に向かって/川沿いを延々と歩いてみる/河岸にはスペースが整備されていて/遊具では子どもたちが無邪気に遊んでいる/それを取り巻く母親たちが群れている/なんだか奇妙な光景。

友達と遊んだ記憶/は/かろうじて残っている/でも、そこには無邪気な自分/は見出せない/わずかに残っている記憶/の中で/私はいつも不安/を抱えていて/それは/今/と何ら変わりない。/…ところでみんな、元気かな? って/みんな/多分私のことなんて/覚えてないんだろうけど/私自身、そうなる事を望んでいたんだし。

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そう、今日も逃げてきた。
ウォークマンのヘッドホンを耳に挿して/なにくわぬ顔しながら周りの音が聞こえない振りして/…実は逃げてきたの/かくまってもらえるかな?

携帯はマナーモードになってるの/たまにぶるぶるいうけど/気にしないでいてくれるとありがたいな/誰からかかってるかわからないと/ま/後々厄介なんで/電源は切れない/ごめん

ごめんね、図々しくて。
このブランケット借りていい?

(…よくわかんないよね/自分でも本当によく分からないの/ごめん/本当にごめん/言葉にもならないんだ/それって/実はすごく怖いんだ。
でも/君だけには/いつか必ずことばで伝えるから/必ず…)

ここにいてくれてありがとう

僕にとって『サンチャイルドは僕の友達』は、アルバム「サムデイ」でその直前に置かれた『ロックンロール・ナイト』との関連なしには考えられない曲なので、その話から始めるのを許して欲しい。

『ロックンロール・ナイト』。この曲について僕はかつてこう書いたことがある。

たどりつくといつもそこに横たわっている「川」。佐野元春がこの曲で何度も「たどりつきたい」と歌うのはその川の向こう側に他ならない。しかしそこにはいったい何があるというのだろう。この街の影に横たわるたったひとつの夢、すべてのギヴ&テークのゲームにさよならしてたどりつく場所、そこはいったいどこなのだろう。しかしそれがどこであれ、このとき佐野はその向こう側にたどりつくことができなかった。そして苦い思いを胸に、眠りにつかざるを得なかった。

僕は常々佐野元春の曲の中で最も好きなのは『ダウンタウン・ボーイ』だと公言しているが、アルバム「20th Aniversary Edition」を聴いて僕は、もしかして僕が一番好きなのは『ロックンロール・ナイト』のアウトロかもしれないと思うようになった。荘厳で劇的なオーケストレーションが終わった後、悲しげに延々と流れるピアノの調べ。僕がこのアウトロにひかれるのは、それが「苦い思いを胸に、眠りにつかざるを得なかった」すべての魂のための子守歌に他ならないからだ。

大仰な言い方を許してもらえるなら、人生は本質的に悲しい。我々は日々老いながら少しずつ死に近づいて行くだけの限界ある存在であり、そこにおける人との関わり合い、コミュニケーションは本質的に不完全なものでしかあり得ない。佐野が「向こう側」にたどり着けなかったのもそのことゆえであり、だからこのアウトロはつまるところそのような我々の運命そのもののために奏でられたのだと言ってよい。

『サンチャイルド』はそのようにして眠りにつかざるを得なかった我々の魂に、「朝がきたけど、もう少しまどろんでいていいよ」と歌う救済の歌だ。目をさませばそこにはリアルでハードな現実が待っている。僕たちはいずれまた否応なくそこに立ち向かうことになるけれども、今はまだ暖かい朝日の中でまどろんでいて構わない。なぜなら僕たちはいましも特別な「夜」、『ロックンロール・ナイト』を経験したばかりだから。そして「目をさますまで君のそばに」いてあげるから。

しかし、僕たちの運命は悲しいものではあっても決して無為なものではない。いや、むしろその有限性ゆえにこそ、人生は起伏に富み、ささやかな輝きにも心が高揚するのだと言えるかもしれない。コミュニケーションが不完全であるからこそ、僕たちは何かを伝えようと努力するのだし、何かを分け合いたいという焼けるような欲求が生まれるのだろう。そのような心のありようを肯定し、信じようとするとき、リアルな現実に立ち向かう前のつかの間のまどろみを許してくれるこの曲は限りなく優しく響く。

だれかと寄り添いながらも「ひとりぼっち」であることを強く理解する瞬間。しかしそれは同時に「ひとりぼっち」でありながら、そのことを承知した上で、それでも、いや、それだからこそだれかと寄り添いたいという自分自身の存在を理解し、赦す瞬間でもある。「ひとりぼっちのサンチャイルド」。我々の人生が結局宿命的な後退戦でしかないとしても、我々はそれぞれがひとりぼっちでそれを闘わない訳には行かないし、その中には赦しや救いがなければならない。休息がなければならない。僕はそのような救済の歌としてこの曲を受け取ったし、そのようにこの曲を愛している。そう、だれにも何も言わせない。


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2000 村上奈途子 / Silverboy