Pop Children?
Collaboration Special
around songs of SANO MOTOHARU

the color RED & Silverboy Club

6th.contrast;
INNOCENT


natsuko's Review Silverboy's Review

佐野さんの2000年の活動は正直言ってもどかしく思っていた。確かに初頭にはAnniversary Tour...大阪2Days、武道館、と いきなりライブ3つも行ってある意味満腹!だったわけであるが。なんだかんだ言って新作はなかったんである。昔の作品の焼きなおし。e-THISRadio。コマースとして、佐野さんのこれまでの仕事に対する、行きすぎちゃうん?と思ってしまうほどの美麗辞句。どうしても素直に受け入れられなかった。

かつての私はもっとハングリーだった。雑誌に出てると聞けばまず速攻でチェックしていたけれども、気がつけばそういった衝動はだんだん薄れていた。新作出したときに喋ってることはどの雑誌でも一緒じゃん。

確かに私も人のことをどうこうは言えないのだけど、今まで佐野さんについて来てる人は本当に…なんていうか、忠実というか。なんて言うと本当にあんたが人のこと言えるかいなと言われそうだが。佐野さんが例えばe-THISサイトでいろいろな試みができるのは、そういった忠実な層が見事に反応して、市場が形成されるからだ。はっきり言って。確かに需要と供給があるんだからそれはそれでお互いによろしいことなんだけど…。

佐野さんのインターネットを介したアピアランスが多すぎるのが気に食わん、と思っていた。でもよく考えたら、佐野さんの音に出会わなければ…、もっと言えば(それが活動の大きな部分を占めてるからこそ)佐野さんのインターネット上でのアピアランスを追いたいという欲望に突き動かされなければ…、今の私のパーソナリティがないのは悔しいけど紛れもない事実である。とくに今年はそのことをもうモロに身に受けて正直痛くてしょうがない。

私はうまいことインターネットと言う便利なものを使いこなしてきてる、という自負はある。胸張れる。なぜだかこの、体積のない空間に限っては私は甘え上手にもなれるし、クールにもなれるし強暴にもなれるしぶりっ子もできた。自分でも信じられないほど。そしてじょじょに距離を越えた1対1の接触も生まれ、しかもそれはどんどん広がっていった。気がつくとそれは1対多数に成り代わっていることにも気がついた。

身近にいない佐野ファンとこうして交流を持てることは最初は純粋に楽しかった。でもどんどん膨らんでいく自分がいた。私は、根は確かに八方美人だから、膨らんでいくしかなかった。気がつくとすごくすごく私のやっていることはスカスカで、接している相手一人一人にとってはめっちゃ失礼なことなのだった。気はついたのだけど、でも私は止まれなかった。

私はそういう風にいい顔で佐野ファンに接しながらも、実はさっき述べたような「濃いファン…」という感じで、どこかさげすんで、ある意味軽蔑も含んで眺めていたりする。そして私もそんな一員なのだなぁって自己嫌悪に陥るくらい。

イノセントを初めに聴いたのは1999年の佐野さんの誕生日のファンクラブライブのときだ(この時も結局東京まで飛んじゃってる私だが)。でもこのとき、アンコールでやったこの曲は、このシチュエーションで、このあられもない詞で、しかも佐橋さんのソロとかは今の形があったけどそれでもアレンジがジャンジャカだし、もうヒッジョーに私には痛かった。ああ、佐野さんこれで終わりかもしれんってマジ思った。君といつまでもって言ったら(これは今でもだけど)即座に加山雄三思い出すし。

でもよく考えたら佐野さんは嘘つけない人だし、雰囲気だけで流されるような安直な人でもないし、中身まで安っぽい語彙はやっぱり使わない人だ。その佐野さんが、家族に向けて、ファンに向けて、周りの人皆に向けて投げたのがこれなわけだ。そして、ファンに向けては、来年まではこれで行くって宣言でもあったわけだ(実は結果論かも)。

佐野さんが「one to one」という言葉をしばしば用いていたことを思い出す。この長いメジャーシーンでの活動の間に佐野さんは、そして佐野さんの曲は(例えば私のように)多くの人にとってかけがえのない存在になっていった。多くの人に曲を聴いてもらえることは嬉しかっただろう。でも同時に、どこかで戸惑いを感じていた時期(過渡期)を経ているのではないかと勝手に想像してしまうのだ。そこで佐野さんが努めたのは、「one to oneでいよう」ということだったのではないかと。

佐野さんがそうありつづけようとしたからこそ、佐野さんは私にとってもかけがえのないものとなり得たのだろう。私はそれを少し前まで、「サービス精神」という言葉で表現していたが、よく考えれば私みたいな人間は、サービス精神なんつうものにへこへこと引き寄せられてしまうタイプでは到底ないっていうのは自負だけど。安直な言葉を使っていたことにほんの少しだけ懺悔。

これが佐野さんなりの周りすべてに対する、しかし「one to one」を追究した感謝の表現の形。だということに改めて気づかされると、敢えて私なんかがこれ以上言葉を用いてネタにして喋るのも…申し訳ないような気さえしてくるわけだ。そして私も、感謝すべき相手を忘れることなく、素直に心からこんな気持ちを持てるように、もっと成長しなければならないということを痛感するのだ。

真実とは何だろう。僕たちは長い間その答えを探してきた。ある時は「本当の真実がつかめるまでCarry on」という佐野元春の言葉を信じて、ある時は「本当の真実なんてもうないのさ」というフレーズにショックを受けながら、僕たちはその残像のようなものをずっと追いかけてきた。

「真実はきっとどこかにある」と言うことはできるだろう。しかし同時に「真実なんてどこにもない」と言うことだってきっとできる。「真実はいつでもここにある」という言い方だってできるはずだし「真実は君自身の中にある」と言ってみることもとりあえずは可能だろう。そのどれもがそれなりにもっともらしく聞こえるし、それはこれらのレトリックがどれもそれなりの真理を含んでいるからだ。

だが、僕たちの日々の生活の局面に目を移せば、そうした物言いのどれもが結局「何も言っていない」ことに気づくだろう。どれもがそれなりの真理を含んでいる反面、それらのフレーズには結局のところ何の意味もない。それらは結局何の役にも立たないただのスローガンに過ぎない。そんな言葉の遊びにつきあっていられるほど僕たちの生きている世界は優しくないし時間は待ってくれない。僕たちに必要なのはこの街で生き延びるための「鋼のような知恵(ウィズダム)」だ、そうだろ。

その知恵とは例えば僕たちの生の有限性を知ることだ。僕たちの不完全性を知ることだ。僕たちがむしろ真実からどれだけ離れた場所にいるかを考えてみることだ。そうすることで僕たちは今自分が直面している問題の大きさを測ることができる。それを解決するためには自分に何が欠けているかを想像することができる。真実がどこにあろうがそんなことはどうでもいい。そんなものは初めから僕たちのものにはなりっこないのだ。僕たちにできること、それは真実の存在を想像し、その残像をまぶたの裏に探し、自分のいる場所をそのかすかな光で照らしてみることだけだ。

僕が佐野元春を聴きながら過ごしたこの20年の中で学んだ最も大きな成果は「肯定すること」だった。何でもかんでも否定しようとしていた頃を過ぎ、次第にものごとのありようの本質を見極めようとしてきたのが僕の十代後半からの20年だったとすれば、そうしたものごとのありようをともかく肯定してみることこそ僕が手に入れた最も大きな知恵だったといっていい。何かがここにあること、だれかがここにいること、そのことを僕は肯定し受け入れたい。さまざまな存在、さまざまなありよう、そうした多義性や多様性を愛したい。海外に住んだこともあってか、僕はそう思うようになった。そして何よりもそうした多様性の海の中でもがきながら何とか生き延びて行こうと考えるようになった。

僕はもう真実がどこにあるのかなんて興味がない。レトリックに頼ろうとすればするほどその輪郭はぼやけ、僕たちが追い求めるものの本質は曖昧になって行くだろう。僕はただ僕が確かに見たと信じた光の本質を見極めたいと思っているだけだし、それは多様性の海の中でもがきながら生き延びることときっと等価なのだ。真実は僕たちのそうした日常の実感とかけ離れて抽象的に存在するのではない。それは僕たちが今ここにある僕たちの生を何とかまともに、何とかましに生き延びようとする具体的、個別的な動機の中にこそ潜んでいるのであり、そのような日常の実感を離れた議論の中に答えはないはずだ。

「君がいなければこの世界は何の意味もないだろう」と佐野元春はこの曲で歌う。そして「それがただひとつの真実」だと言い切ってみせる。イノセント、無垢と名づけられたこの曲で、佐野は再び「真実」に立ち向かう意志を明らかにした。ただのレトリックではなく、真実という考え方を構成する僕たちの態度、「立ち向かい方」をこそ佐野は問うている。「君がただひとつの真実」とはそういうことであり、この曲は20周年を迎えた佐野からファンへの挨拶であると同時に新しい闘いの始まりを告げる鋭い問いかけででもあるのだと僕は思っている。

6回に渡って書き継いできたこのレビューも今回が最終回になった。僕にとって佐野元春の個々の曲にレビューをつけるということは、これまでそれらの曲を漫然と聴いてきた自分のあり方をもう一度問い直すということでもあった、大げさに言えば。なるべく手癖に頼らず新しいことを書こうと試みたが、結局毎回同じことを書いていたような気もする。ともかく、この企画を僕とともに考え、そして貴重な時間を割いてステキなレビューを書いてくれた村上奈途子さんに感謝したい。それからこの企画を支持し、僕たちのレビューを毎回読んでくださった皆さんにも。どうもありがとうございました。


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