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(2009/8/15 内容を一部削除・補足しました。)

2004/10/30
・プロマシアはシナリオを重視? (報われないシナリオ)

プロマシアはシナリオを重視
 2004年9月16日に発売された追加ディスク『プロマシアの呪縛』は、高レベルのプレイヤーだけのものではない、しっかりとした遊びを増やすという目的で作られたようです(*3)。しかし、どういうわけか『プロマシアの呪縛』はシナリオ重視のディスクになっていました。さらに悪いことに、シナリオを見るという目的のためだけに越えなくてはならないハードルがあまりにも高かったため、レベルの高低に関らす多くのプレイヤーから敬遠されるという結果になりました。
 せっかく重視したシナリオを読んでもらえないという皮肉な結果となったわけですが、私はそもそもMMOでシナリオを重視することが間違いではないかと思うのです。

ミッションの役割
 FF11の他のMMORPGにはあまり見られない特徴として、「ミッション」の存在が挙げられます。「ミッション」はオフラインRPGの仕組みを取り入れたもので、戦闘などのイベントをクリアすることでストーリーが展開していくというものです。FF11は家庭用ゲーム機では初のMMORPGとして発売されました。そう考えれば、プレイヤーにとって馴染みのあるシステムである「ミッション」を用意することは理解できます。プレイヤーがMMORPGという新しいゲームに慣れるまでの「つなぎ」として機能するからです。しかし、発売後2年が過ぎたこの時期にミッションを大量に投入する意図は測りかねます。何故なら、MMORPGにおける「シナリオ重視」は、他ならぬ『ファイナルファンタジー』シリーズが近年必死に取り組んできたことと完全に矛盾するのです。

映画のようなゲーム
 「映画のようなゲーム」が作りたい。当時としては驚異的なクオリティのグラフィックとムービーで衝撃を与えたFF7以来、ファイナルファンタジーは「映画のようなゲーム」を目指してきたと言えます(FF7開発スタートと時を同じくして映画『ファイナルファンタジー』の製作がスタートしています)。下の表が、それに対する各タイトルの取り組みをまとめたものです。

表:FFシリーズの「映画のようなゲーム」に対する取り組み
FF7

・ムービーの採用
・キャラクターの3D化
 (映画のような映像表現に向けての第一歩)

FF8
・武器、防具、お金稼ぎの廃止
・ミニゲームをシナリオに織り込む
 (ストーリーに無関係のものをできるだけ排除)
FF9
・アクティブタイムイベント
 (RPGに必須とも言える「街の探索」にシナリオを組み込む試み)
FF10
・キャラクターボイスの採用
 (更に細かい演出が可能に)
FF11
少なくとも「映画のようなゲーム」ではない。だとすると・・・???


 さて、「映画のようなゲーム」とは一体どのようなものなのでしょうか。ストーリーが適度に複雑で、演出が凝っていて、映像が美しい。たしかにそれも大切です。しかし、それだけを追求しても決して映画を超えることはできません。「映画のようなゲーム」が「映画」よりも高い評価を受けるためには、「ゲーム」と「シナリオ」との融合が絶対に必要なのです。
 もう一度、上の表を見てください。「映画のようなゲームに対する取り組み」とは、「ゲーム」と「シナリオ」とをいかに上手に作品に組み込むかということなのですが・・・、実はこれが極めて難しいのです。

違いは受け手の自由
 「ゲーム」と「シナリオ」は、受け手が作品に介入する余地があるかないかという点で決定的に異なります。「シナリオ」は必ず作り手が考えたとおりに進行し、受け手が何をしようともシナリオ自体が変化することはありません。決められたとおりにやることが最良だからです。一方で、「ゲーム」は受け手(プレイヤー)が何もしないとなると全く進行しません。そういう娯楽なのです。
 「ゲーム」と「シナリオ」との違いは「受け手の自由」=「自由度」という観点でみるとわかりやすいと思います。「シナリオ」は受け手の自由を基本的に許さないのに対して、「ゲーム」は受け手に自由を与えることで成り立っているのです。このことが「映画のようなゲーム」の実現を難しくします。

「ゲーム」と「シナリオ」は相反する
 作り手は「シナリオ」を綿密に計算して組み立てますが、「ゲーム」の部分ではそれができません。受け手(プレイヤー)が、「ある時点で」、「何を」、「どのくらい」するのかということを正確に予測することは不可能だからです。その結果、ストーリーをより面白くするための「シナリオ」は本来の力を発揮することができずに、「ストーリーがわからない・印象が薄い」(FF7)などということが起こり得ます。「シナリオ」にとっては自由度は低い方が良いのです。
 一方で、「ゲーム」では、―あらかじめプレイヤーのあらゆる行動が想定できているという条件付きですが―自由度は高い方が良いのです(想定できていないとゲームが破綻する恐れがあります)。少し乱暴な言い方かもしれませんが、自由度が高いゲームは、「誰もが楽しめ」、「飽きにくい」ゲームになります。
 つまり、「シナリオ」を立てようとすれば「ゲーム」としての面白さを確保することが難しくなり、「ゲーム」を立てようとすれば「シナリオ」の精度を保つことが難しくなります。『ファイナルファンタジー』は、このジレンマと向かい合ってきたのです。

報われないシナリオ
 さて、ここでようやくFF11の話に戻ります。プロマシアで確かにシナリオは強化されたのかもしれません。しかし、それは決して報われないでしょう。FF11はMMORPGです。自由度の高さは従来のFFシリーズの比ではありません。プレイヤーがシナリオに触れる時間は総プレイ時間の1%にも満たないかもしれません。第1章を見てから第2章を見るまでに1ヶ月ぐらい経っているかもしれません。これは大げさなものではなく、十分に現実的な数字です。確実にプレイヤーの動機は弱くなり、感動も薄れます。また、そういった不利を跳ね返すだけの工夫というものも見られません。FF11にシナリオを活かせる舞台は存在しないのです。
 MMORPGにシナリオを入れるということは、バケツの水に一杯のコンソメスープを流し込むようなものです。相応の準備もなしに臨めば、全てが無駄になってしまう危険をはらんでいるのではないでしょうか。

補足
 FF11の「シナリオを複数のプレイヤーがリアルタイムでコミュニケーションを取りながら見る」というスタイルは、新しいと言えば新しいのかもしれません。これは、「喋れる映画館」や「ディズニーランド」のようなもので、MMORPGには向きそうにありませんが、オンラインゲームという枠で考えれば研究の余地はあると思います。

用語
シナリオ :
 脚本。場面の構成や人物の動き・セリフなどを書き込んだもの。
ストーリー :
 話の筋書き。「桃太郎」であれば「桃から生まれた桃太郎が犬・猿・キジと鬼を退治する」が一例。

参考
(*3)しっかりとした遊びを増やしました(リンク切れ)