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 当サイト『Craftsmanship』のテーマはMMORPGを応援することですが、「なぜMMORPGなのか?」の部分を長々と書いていきたいと思います。
 概要は、「日本の若者は動機が無い → 動機が無いので好きなことをやる → それよりも自己実現を考えよう → そのために何が必要か → それならMMORPGだ!」となっています。見てのとおり、ゲームにのみ焦点を当てた従来の文章とはかなり趣が異なりますので、注意してください。
 また、文献を参考に書いているわけではありませんので、間違いがあるかもしれません。指摘等ありましたら、連絡いただければ幸いです。


1.動機が無い!

学力低下は動機の低下*1
 私の世代も含め、「学力低下」と言われて久しいわけですが、その原因は何なのでしょうか。教師の質の低下や「ゆとり教育」といった要因よりも、私は結局のところ勉強する本人に「動機が無い」からではないかと思っています。
 では、なぜ動機が無いのでしょうか。これは周囲の状況、親の価値観が変化していて、子どもが必ずしも勉強を強要されないケースが増えているからだと思います。もともと多くは「受験・就職・生活の安定」のための「勉強」であり、そこが揺らぎ始めていることは子どもも知っている。そして、当人にも「勉強して〜したい」という目標があることは稀なので、動機が弱くなるのです(*2)。

若い世代が抱えている問題
 ある意味では子どもを縛り付けていた価値観が多様化することは好ましいと思いますが、かといって別の道を提示するまで至っていないのが現状でしょう。その結果が「あなたの自由に好きなことをやりなさい」、「夢中になれることを見つけなさい」なのですが、ほとんどの子に自分の進むべき道を見つけるだけの能力は無いと思います。そういうことは学校では教えていませんし、親の世代もほとんど経験がないからです。
 勉強には夢中になれない、だけど他にやりたいことも見つからない。このような状態では、何事に対しても動機は弱いままです。単に辛いことを避けて就職しなければ「フリーター」、働く必要がなければ「ニート」になってしまいます。
 日本では、貧困、宗教が強い動機を生み出すことはあまりありません。その上、親からの強制も弱まっている。結果としての「動機の低下」が若い世代の重要な問題の1つだと思うのです。


2.信じ続ければ夢は叶う?

好きなことをやる
 「好きなことをやりなさい」と言われれば、好きなことしかやらないのが普通です。子どもの頃はそれで良いのかもしれませんが、やがて将来を考える時期が来ます。すると、当然のように「好きなことで生計を立てられないものか」と思うのですが、私が感じている限り問題点が2つあります。
 1つは「本当に好きなのか?」ということ、もう1つは「本当に好きでも生計を立てるのは難しい」ということです。

本当に好きなのか?
 子どもの頃から好きだったことというのは、大抵が「憧れの職業」に繋がります。世の中には様々な職業がありますが、必然的に露出が多いものが人気を集めます。例を挙げれば、プロスポーツ選手、芸能人、マスコミ関係、ファッション関係などでしょうか。
 このような職業は競争も激しく、並の努力ではやっていけないと言って良いでしょう。「好きだからやりたい」はもっともなのですが、プロになる最低ラインは「一日中、そのことだけを考え続けられるか」だと思います(*3)。これができなければ、自分よりも確実に努力する人たちを相手にしていることになるからです。
 私の知る限り、この最低ラインを越えていない人は多いようです。

才能の壁
 前述の条件をクリアしている場合は、別の壁が立ちはだかります。プロ野球のような結果がすべて世界には、以下のような概念があります。

 才能 × 努力 = 結果

「100」の才能があっても、「60」の努力しかしなければ一流にはなれない。また、「100」の努力をしても、「60」の才能しかなければ結果は同じ。「100」の才能を持った人間が、「100」の努力をすることで初めて一流になれるという意味です。今年、見事な成績を収めたWBCで、最初に練習に来たのはイチロー選手だったというエピソードは納得できるでしょう。
 これはつまり、本当に好きで他の誰よりも努力していても、才能が足りなければプロになれないと言っています。

才能の影響
 才能、才能と言うことに抵抗を感じる方がいるかもしれませんので、才能と結果が結び付いている例を紹介しましょう。
 速く走らせるためだけに作られたサラブレッド。競馬の世界では血統が非常に重視されていて、仔馬にとって親の違いは値段の違いとして表れます。10倍、100倍の差が付くことは珍しくありません。
 では、サラブレッドにとって両親の影響は本当に大きいのでしょうか。研究によると、遺伝的要素が走破タイムに与える影響は、8%〜25%だそうです(*4)。後天的な要素に比べて大きな数字ではありませんが、コンマ数秒を競うレースでこの差は決定的なのです(*15)。

叶う夢を持とう
 才能が足りなければ、「信じ続ければ夢は叶う」は成り立ちません。「やってみなければ分からない」という言葉がありますが、これは時として「自分の才能が分からない」と同義です。もし明らかに才能が足りないと分かっていたら、かなりの人が別の夢を探すでしょう。
 見る人が見れば、才能の有無は分かります。ものによっては、定量的に計る方法もあります。ということは、自分の才能を自分で知ることは可能なはずです。
 人間は走るだけのサラブレッドとは違います。叶わない夢を信じ続けるのを止め、叶う夢を新たに持つことはできると思うのです。


3.自己実現を考えよう

叶う夢とは?
 「叶う夢」とはいったい何でしょうか。プロ野球選手を諦め、別の仕事と家庭を持ちながら休日に趣味で野球を楽しむことでしょうか。少し違うと思います。これでは「夢」と言うよりもただの「妥協」です。
 「叶う夢」は規模が大きくなくても構いません。ただし、「誰でもやっていること」、「誰もが漠然と望んでいること」ではいけません。「自分にしか出来ないこと」である必要があります。

自己実現は動機を生み出す
 その理由を説明してくれるのが、「マズローの欲求階層説」です(下表)。これは人間が本能的に持っている「欲求」を分類したもので、「人間は下位の欲求が満たされるとより上位の欲求を満たそうとする」としています。
 ご覧のとおり、「自分にしか出来ないこと」は「自己実現の欲求」となり、強い動機を生み出します。


表:マズローの欲求階層説
5 自己実現の欲求 自分にしかできないことをやりたいというもの
4 承認の欲求 地位や名声を得たいなど他人に自分の価値を認めさせたい尊敬されたいというもの
3 所属の欲求 家族や組織の中に居場所が欲しいなど集団に所属したいというもの
2 安全の欲求 危険・苦痛から逃れたい、住居・衣服が欲しいなど生命を維持しようとするもの
1 生理的欲求 食欲・性欲・睡眠欲など生存に必要不可欠なもの


自己実現の難しさ
 ただ、自己実現の欲求を満たすのは難しいとされています。なぜなら、たとえ上位の欲求を満たすためであっても、下位の欲求が満たされなくなることは、普通、耐えられないからです。
 つまり、自分にしか出来ないことをやりたいと思っても、社会的な地位を失う、職場・家族から反対される、職や生活の手段を失うような場合は動けなくなってしまいます。いわゆる、「勝ち組」、「負け組」といった周囲の価値観が自己実現を妨げることがあるのです。
 このとき大切なのは、「やりたいことの価値」や「なぜ自分なのか」を伝えられるようにしておくことです。これができれば、一般的な価値観に沿わないことでも、理解や評価を得られるはずです。

体験が鍵
 では、理解を得るためにはどうすれば良いのでしょうか。入学試験の面接、就職活動の経験(*5)がある人は心当たりがあるかもしれませんが、鍵になるのは「体験」です。
 「私は〜したい」、「私の夢は〜です」と口にするだけなら、極端な話、台詞だけ覚えてしまえば誰にでもできてしまいます。その想いが本当であることを伝えるには、「なぜそう思うようになったのか」という過程が必要です。私はこういう体験をして、こう考えるようになり、こうしたいのです。起点になるのは、その人自身の「体験」なのです。


4.体験は重要だけど・・・

 前回は、自己実現を妨げる外的要因を取り除くために「体験」が必要という話でした。しかし、お気付きかもしれませんが順序が逆で、そもそも自己実現を考えるきっかけは「体験」です。思い付くものを並べただけですが、以下はその例です(*6)。

■病で体に障害を負い、介護用品を使うことになったが、その不便さに「これなら自分がもっと良い物を作ってやる!」と介護用品の会社を始める
■親の仕事の関係で訪れたインドの子どもたちに衝撃を受け、発展途上国の支援団体に参加する
■手のやけどを直してくれた医者に感激し、自分も医者を志す
■後継ぎがいない家業を継ぐためにサラリーマンを辞め故郷に帰る
■気付いたら卓球のラケットを握っていた

 どれも「自分にしか出来ない」という要素を含んでいることが分かるでしょう。しかし、このような強烈な体験は特殊な状況・環境にある人にしか縁がありませんし、また本人の意思とは無関係に偶然起きることも多いのです。これでは、普通の人が自己実現を考えるのは難しいということになってしまいます。


5.3つの提案

 そこで、私は普通の人のために次の3つを提案したいと思います。

(1)人の在り方を知る
(2)世界の在り方を知る
(3)自分を知る

 まずはこれらを通して「自分の在り方」を考え、自発的に行動することで「体験」を得る。続いて、その体験を受け、必要があれば軌道修正を行い、次への行動へとつなげる。あとはその繰り返しです。
 
他人の体験を利用する
 「(1)人の在り方を知る」とは、現在だけでなく過去も含め、世の中の人がどのように生きてきたか、またその動機は何かを知ることです。他人の体験を疑似体験することで、自分の体験の不足を補おうという考え方です。
 また、そもそも一人の人間が一生のうちに経験できることは限られています。本人は特別なつもりでも、周りをよく見れば珍しくもなかったということはしばしばあります。他人の体験も利用することが、結果的に正しい判断に繋がることは十分に考えられるのではないでしょうか(*7)。

視野を広げる
 「(2)世界の在り方を知る」とは、(1)との対比で、人間以外の生物も対象として、その生き方と周囲・背後にある現象を知ることです。人間にだけ目を向けていては視野が狭くなってしまいます。もう少し広い世界から見た人間の位置付けを考え、環境との関り方を変えていくために必要です。
 常に人間が正しく、最も優れているとは限りません。人類が誤った道に進もうとしている場合は、新しい生き方を探さなくてはならないかもしれません。

選択する
 「(3)自分を知る」とは、自分の嗜好、性格、才能などを知ることです。「自分のやりたいこと」、「自分のできること」が分かっていないと本当の意味で「自分にしか出来ないこと」は見つかりません。
 また、(1)、(2)は言わば自己実現を考える材料集めですが、材料は集めれば集めるほど取捨が難しくなります。いくつもの選択肢から、自分にとって何が重要かを判断する際に役立つはずです。

実践する際の問題点
 以上がおおまかな説明ですが、では具体的に何をすれば良いのでしょうか。
 意外かもしれませんが、誰でも学校でやってきた「勉強」が1つの答えではないかと思います。はっきり分類は出来ませんが、「(1)人の在り方を知る」は、「国語」、「社会」でしょうし、「(2)世界の在り方を知る」は、「理科」、「算数」でしょう(*8)。
 ただ、学校では受験のための手段として「勉強」を教えています。よって、自己実現、言い換えれば生きる目的を考えることには利用できそうにありません(*9)。そこで、学校に頼らず自分で勉強しようとすると、今度は教材探し、教材不足に悩まされそうです。世の中に出回っている物は基本的に受験用なのです。これらは、結論重視で過程が抜けている場合が多く、表面上は「体験」とかけ離れています。そのため、本人にベースとなる体験や知識が無いと理解が難しく、印象にも残りにくいことが懸念されます。

 「(3)自分を知る」については、大きく分けて「自分で自分を知る」方法と「誰かに教えてもらう」方法があると思います。しかし、日本的な慣習の影響もあるのでしょうか現状で一般的な良い方法は無いように思います。興味のある人だけが、業者に診断を依頼したり、セミナーに参加するくらいでしょう。学校の取り組みも弱い分野だと思います。個人が普段から意識を高く持たないと難しいのではないでしょうか。

 このように、私の提案は今のところ、子どもや若者が実践するのは難しいと思います。そこで、MMORPGが利用できないかと考えているのです。


6.MMORPGの可能性

視野を広げる
 冒頭で書いたとおり、私はMMORPGが自己実現を考えるきっかけ、あるいは自分の在り方を考え、行動するプロセスを学ぶ教材となり得るのではないかと思っています。以下にMMORPGに特徴的なものに絞って、その理由を挙げます。

共通の体験を持つ相手 (「1.人の在り方を知る」に対して)
 ゲームの中とはいえ、周囲の人間がどのように生きているのかを実際に見聞きできます。ただそれだけなら現実の世界でやった方が良さそうなのですが、自分と相手との共通の体験がポイントです。同じ体験でも、その見方や感じ方は人それぞれです。生身の人間を相手にすることで得られるものがあるのではないでしょうか。ただ、現時点では底が浅い感が否めませんので、ゲームシステムそのものやNPCの力を借りる必要はありそうです。
 また、MMORPGでは「世界の変化」がプレイヤーの行動に極めて大きな影響を与えることも見逃せません。突然、今までの生き方の変更を迫られるケースは現実世界の比ではありません。そのときの周囲の身の振り方は参考になるはずです。

認知しやすい世界 (「2.世界の在り方を知る」に対して)
 MMORPGの世界が認知しやすい理由として、まずモデル化が挙げられます。現実世界からゲームに必要な部分を切り出して利用する際に、単純化や数値化・具象化が行われます。現実世界では複雑すぎたり、目に見えないような事物もより実体験に近い形で意識でき、考える材料とすることができます。
 ただ、モデル化の際に注意が必要なのは、それが現実世界に沿っていないと自己実現の役に立たないということです。
 例えば、「無尽蔵に、かつ簡単に金が採掘できる鉱山が存在し、しかもその金の価値は永遠に変わらない」ということがあってはいけません。全員が鉱山労働者になれば良くなってしまうからです。
 しかし、ゲームは理想化された世界(*10)を楽しむ側面があるので、すべてが現実どおりとはいきません。何を理想化し、何を現実に合わせるのかについては熟考する必要がありそうです。
 また、一部のゲームシステムは認知を助ける役割を持っています。他のプレイヤーの居場所や状態を瞬時に検索できる機能などは、現実には存在しない強力なものだと言えるでしょう。

他人の存在 (「3.自分を知る」に対して)
 他人の発言や存在が、自分を知るきっかけになるということは現実でもある話です。MMORPGでも同様の効果が期待できますが、世代や地域を越えて様々な人と関り合えるのが強みです。ただ、この点に関しては、オンラインゲーム一般にも当てはまりますので、MMORPGがより多様なプレイヤーに受け入れられるゲームだという前提が必要になります。
 また、今のところあまり例は無いかもしれませんが(*11)、MMORPGのできること自体の多さを利用して、行動ログからプレイヤーの性格や行動特性を表示するシステムが考えられます。こちらは上記とは対照的に自分で自分を知るアプローチになります。さらに他人との比較により、好き・嫌い、向き・不向きなどがより明確になることも期待できます(*12)。

変化を認知できるか
 当サイトで扱うMMORPGは「仮にプレイヤーが一人も接続しなくても、世界の時間は流れる」ものに限定しています。なぜなら、時間の流れがもたらす「変化」が重要なのではないかと考えているからです。世界の変化はプレイヤーの行動に影響を与え、またプレイヤーの行動は別のプレイヤーや世界に影響を与える。その中で、自分のやりたいこと、できることも変化します。
 現在の状況を正確に認識し、目標そのもの、あるいはそれを達成するための方法を考え出す。続いて、それに基づき行動し、結果が出た時点で評価を行い次へと活かす。この自己実現に必要な基本プロセスは、変化やその影響が見えにくい現実世界では身に付けることが難しいのかもしれません。MMORPGでは、このサイクルを比較的短期間で繰り返し体験できるということに注目しているのです(*13)。


7.最後に

 自己実現のための3つの提案、そしてMMORPGの可能性と書いてきましたが、これらは私の極めて直感的な意見です。結果はどちらに転ぶか分かりませんが、今後、少しずつでも裏付けを行っていきたいと思います。
 また、MMORPGについてですが、現状は自己顕示のゲームになっていると考えています(*14)。自己実現のゲームになるためには何が足りないのか、本当に効果が期待できるのは自己実現のどの部分なのかを詰める作業も進めていくつもりです。