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セルオートマトンと複雑系 Complex Systems Created by Cellular Automata (English here) | ||||||
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| セルオートマトンの歴史セルオートマトンはもともと1940年代末に生物の自己複製機能を摸擬するために、数学者のウラムとフォン・ノイマンによって提案されたものです[Ne66]。ウラムはモンテカルロ法という計算機シミュレーション法を開発したことで知られています。また彼は水素爆弾の製造にもかかわりました。フォン・ノイマンは最も有名な数学者の一人で、ゲーム理論の創始者[Po92]、史上初の電子計算機の設計者として知られています。当時フォン・ノイマンは機械またはオートマトン(自動機械と訳される)が自分自身のレプリカを作ることができるかどうかについて研究していました。彼は、自己複製には機械自身が自分自身の設計図(ブループリント)を有しており、それを複製することができれば自分自身を複製できると結論づけました。無論、このブループリントは実際の生物でDNA(一部のウィルスではRNA)に対応します。ただし、この時点で遺伝情報の実体がDNAであることを支持する実験結果があがっていましたが、それが証明されたわけではなく、その構造解明が待たれていました。ケンブリッジ大学のワトソンとクリックがこれを行い、DNAが複製に適した2重螺旋構造であることが分かったのは、それから数年後でした[Wa68]。彼等はこの研究によって1962年にノーベル賞を受賞しています。ワトソンとクリックがフォンノイマンの研究を知っていたとは考えられませんが、フォンノイマンの方では分子生物学者たちの遺伝子研究を知っていて、そこからヒントを得たのかもしれません。さて、フォン・ノイマンは当初、様々な標準的な機械の部品を機械自身が組み合わせることを頭に描いていましたが、当時同じ職場(米国ニューメキシコ州、ロスアロモス国立研究所)にいたウラムがそれら機械の部品の代わりに有限状態数を持つ理想化されたセル空間を考えることを示唆しました。この示唆を受けたフォン・ノイマンは2次元の自己複製するセル・オートマトンの完全な記述を1952年に書き上げました。このセルオートマトンには自分自身と前後左右の5つのセルで構成されるいわゆるフォンノイマンネイバー構造が使われました。これは設計図に記述されたものならどのようなものでも再生してしまう能力を有していました。このような能力を有するものはユニバーサルコンストラクタと呼ばれます。またこのセルオートマトンの中には、アラン・チューリングが提唱したどのようなアルゴリズムになれる能力がある万能コンピュータ(universal computer)も組み込まれました。一連の研究の後、彼は反共的な信念から軍事問題に熱中しセルオートマトンの研究には戻りませんでした。フォンノイマンは、1957年に癌で亡くなっています。また、ウラムはその後も研究を続け研究論文もいくつか発表しました。彼は1984年に亡くなっています。 1970年頃、イギリスケンブリッジ大学の数学者コーンウェイは最初非常に単純なパターンが大規模パターンに成長していき、なおかつどのパターンが成長するのかが決してわからないようなルールを試行錯誤しながら探していました。当時コンピュータ技術が未熟だったため、彼は紙に書いてシミュレーションをしていたということです。彼はこうやって探しあてたルールすなわち、ライフゲームを人気数学ライターであるマーチンガードナーに送りました。ガードナーはそれをScientific American誌に紹介したところ[Ga70,Ga71]、大きな反響を呼びました。ライフゲームは2次元2状態のセルオートマトンで、そのルールは自分自身と周囲のセルの状態数の和によって定義された非常に単純なものでしたが、非常に複雑で予測しがたいダイナミクスを有していました。その後、ライフゲームは万能コンピュータ(万能チューリング機械)であることが証明されています[Be82]。これは簡単に言えば、ライフゲームが原理的には計算機で実行可能なすべての計算過程を作り出せることを示しています。ただし、それらが効率のよいアルゴリズムになる保証はありません。 またガードナーはエドワード・フレドキンが発見したフォンノイマンのもの比べ非常に単純なルールで自己複製ができるセルオートマトンすなわちフレドキン・ルールを紹介しました[Ga71]。フレドキンはガードナーによって紹介される10年程以前にそのルールを発見していました。このルールは余りにも単純なので、多くの人が度胆を抜かれたここと思います。(フレドキンルールのJAVA-Appletによるデモはこちら) セルオートマトンの次のブームは1980年代半ば、イギリスの天才児ウルフラムによってもたらされました。彼は1次元のセルオートマトンを徹底的に調べ上げました[Wo83]。また、それらを時間発展の仕方から定性的に以下の4つのクラスに分けました。[Wo84]
さて、ウルフラムに少し遅れてセルオートマトン研究で高い評価を得たのがラングトンです。彼は今では人工生命研究の創始者として高い評価を受けていますが、30歳代後半にロスアロモス研究所にポスドクとして雇われるまでは不遇の日々を送っていました。ただし、ミシガン大学で遺伝的アルゴリズムの創始者ホランドと出会ったことは非常に幸運だったといえるでしょう。(この辺のくだりは、[Wa92]に詳しく書かれています。)彼はウルフラムが4つのクラスについて述べた論文から示唆を受け、クラス1,2の秩序状態から、クラス4の複雑な状態を経て、クラス3に至る相転移を調べている間に、相転移が起きる場合すなわちクラス4を引き起こすルールには共通の性質があることに気づきました。すなわち次の瞬間、ある任意のセルが0以外の状態になる確率がある数を超えると秩序からカオスに変化することがわかりました。この確率はλパラメータと名づけられました。また彼は、このセルオートマトンの相転移が現実の世界の2次の相転移に非常に似ていることに気がつきました。ラングトンはセルオートマトンが臨界λ値をもつ時、すなわち相転移点において生命に必要な計算能力がもっとも高くなり[La90]、そのため複雑な計算能力を有する生命は規則的な体制(regime)からカオス的な体制に変化する間際の状態(カオスの縁)に存在すると予測しました。 我々の脳は脳細胞が連結されてできています。もし、ある刺激がクラス3のように脳全体をカオス状態にしてしまうほど脳細胞の連結の度合いが強かったなら、複雑な計算はできません。また連結の度合いが非常に弱く、クラス2のように刺激が十分伝わらなくて空間的に局所化されたり、クラス1のように刺激の影響がすぐに消えてしまったりしても不都合です。すなわち、どうしてもクラス4のような程よい連結の強さが必要なのです。
このようにカオスの縁の予測は、定性的は納得できるものの、どうしてカオスの縁が自発的に現れるのかは説明されていません。このことについて、パッカードがセルオートマトンのルールを遺伝的アルゴリズムによって進化させてやるとルールがカオスの縁に近づくと主張しています[Pa88]。これは「カオスの縁への適応」と呼ばれています。カオスの縁の概念(すなわち計算能力と相転移の相関)、およびカオスの縁への適応という仮説を、カウフマンのように受け入れる者[Ka93]もあれば、ミッチェルのようにパッカードの解釈を再検証する[Mi93a,Mi93b]もいます。
Last Modified on 22, June, 2004 | |||||