ヒトの群れに不可欠な犬の存在

私は、それほど犬が好きだというわけではなかった。むしろ、子どもの時は、犬に襲われた経験から犬が怖くてならなかった。ようやく、大学生になったころ、ふと犬と戦っても勝てそうだと思ってからは、怖いという気持ちは嘘のようになくなった。そのころから、子犬に好かれるようになった。シベリアンハスキーの子犬はかなり体重が重いが、この子にじゃれつかれたときは、重さを支えることには大変苦労し、一緒に倒れたら怖いという気持ちはあったが、犬自体が怖いとは思わなかった。それはともかく。

私は、ヒトが平地で生活する条件として、ヒトが犬の飼育を始めることがあったのではないかと考えている。考えてみれば、犬ほど役に立つ動物はいない。嗅覚が鋭いため、肉食獣が近づけば、吠えてくれる。近づくといっても、人間レベルの近づきではない。犬の嗅覚の及ぶ範囲は広い。犬の吠える声を聞けば、肉食獣としても警戒して近づかないだろう。自然界では危うきに近づかないということが原則だ。もし、それでも近づいてきたとしても、犬がほえることによって、人間たちは身構える時間を作ることができる。貧弱な武器でも、群れを組んで対応すれば、そうそう、やられることもなかったはずである。犬が吠えてくれるおかげで、人間は、ゆっくり眠ることができるようになった。これによって、レム睡眠の時間を有効にとることができるようになり、さらに人間の知能が進んだはずだ。

また、犬は、本能的にチームを意識できる。自分が家族の下から2番目だという意識を持っているということらしい。その真偽はともかく、チームを意識していることは間違いないようだ。場合によっては、チームのために自己犠牲の精神を発揮してくれる。群れにとって、極めて都合の良い動物である。

もっとも、犬には牙がある。野生の犬は人間には慣れない。犬を慣らすということは、当初は大きなリスクがあったはずだ。それでも人間は犬を飼い続けた。ヒトが弱いために、犬の牙という危険へ接近する必要があった。危険に接近し、危険をコントロールして、大きな利益を得る。ヒトが他の動物と異なる要素を、犬を飼うということは、象徴的に現れしていると思われる。


平成26年1月28日


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