実家婚から独立婚へ、結婚観念の移行期間に必要な制度を作ろう


私は、大学入試で日本史を選択したが、私の入学した大学の過去問を見ると結婚制度の歴史を問う問題が何回も出ていて、過去問をときながら自然と覚えてしまったということが正直な事実である。その不確かな知識によると、平安時代ころまでの結婚制度は、婿入婚とか、妻問婚とか、要するに、男性が女性の実家に入り込んで、結婚生活を始めるものだったとのことである。貴族などは、その後、子どもを連れて、男性の実家に戻ったようだ。庶民は、どうだったのだろう。その後、武家社会の成熟とともに、嫁入り婚が主流となり、女性が男性の実家に、いわゆる嫁ぐ結婚形式となった。(ここに、男性の血統が、「家」となり、アジア的死生観が「家制度」に転化する条件が整った。このように宗教的な事情があるので、少なくない宗教に見られるように、女性に対するヒステリックな蔑視が行われた。これは、対人関係学的に見れば、女性の造反を恐れていたというような印象を受ける。)

現代社会はどうかというと、既に、嫁入婚の時代は終わっているということを自覚しなければならない。婿入婚の時代と嫁入婚の時代の共通は、どちらかが、どちらかの実家に入って同居することである。ところが、現代社会の多くが、それぞれの実家から独立して結婚生活を始めている。独立婚とでもいうべき新しい制度なのである。これまでも、部分的には、非主流の結婚形式は、決して少なくない割合で存在していた。しかし、その当時の主流の結婚形式が、その当時の結婚観を形成してきていた。制度が成熟した後は、主流の結婚観は明確なものとなり、その観念に基づいて行動することによって、とりあえず、誰からも非難されず、安泰が保証されていた。逆に、その結婚観から逸脱するような行動があれば、観念を共有する人々から、遠慮のない叱責を受けた。

それでは、現代の主流の独立婚の結婚観は、明確なものとなっているだろうか。私は、これが不明確であるため、我々は不安定な立場に立たされていると考えている。制度は始まっても、その観念が成熟していない。即ち、社会のコンセンサスになっていない。

 考えてみれば、客観的な結婚形式としては、家から独立して結婚生活を始めることは、戦前から少なくなかった。しかし、当時の主流の結婚観は、嫁入婚であった。戦後、いろいろな民主化政策が行われ、家制度は解体された。それとともに、嫁入婚の結婚観も否定される動きが活発となった。ただ、例えば、姓についても、まだまだ女性は結婚して姓を変えるものという意識が少なからず残存している。これは、嫁入婚の名残であるが、潜在意識に刻み込まれているものであるようだ。夫が、専業主婦をしているということも、極めて少数派である。女性は、自分より経済力のある男性を求めているのではないだろうか。異なる結婚様式の併存は、結婚生活における双方の考え方に対立を生じさせることがある。双方の対立は、その親同士の考えの違いを反映させ、増幅させることがある。結婚観が複雑に交錯してしまう。無用な疑心暗鬼、不安が生じる大きな要因にもなっていると思われる。

 ここで私が言いたいことは、だから、独立婚の形式にふさわしい結婚観を樹立するべきであるということではない。現代社会においては、嫁入婚から独立婚への移行過程であり、嫁入婚という結婚観と、それを否定する結婚観が、潜在意識のレベルで混在しているということである。このことを直視し、自覚することが必要だということを言いたい。また、嫁入婚という結婚観を否定する結婚観が、本当に独立婚にふさわしい結婚観となるのか、未知数であるとも考えている。単純に前制度を否定することが新しい制度にふさわしいとも思えない。そもそも、嫁入婚自体が、人類20万年の歴史の中で、比較的新しい制度であるからである。高々2000年の歴史に過ぎない。おそらく、婿入婚は、嫁入婚に比べると、圧倒的に長い歴史があるものと思われる。それ以前には、母系社会の形式の婿入婚もあったかもしれない。もう一言付け加えると、そもそも本当に独立婚は、あるべき結婚形式なのかということも、疑ってかかる必要もあるかもしれない。生物としての人間の健全な成長や家族運営にとって、独立婚はどこまで合理的なのか、どこに限界や弱点があるのかについても考察する必要もあると思われる。

 ともかく、現代社会は、異なる結婚観が併存している時代である。そうであれば、結婚様式(具体的な結婚生活のあるべき姿、作法、価値観)が定まらないのは仕方がないことなのか。そうではないと思う。むしろ、異なる結婚観を双方とも承認し、それに負けない結婚様式を構築していくことが、現代人にとって課題になっているはずだ。

 ひとつだけ、言わせてもらえば、実家も、仲人も役割を期待できないならば、その代わりになる制度がどうしても必要なのではないだろうか。落語の世界では、棟割長屋のおかみさんがその役割を果たしていた。都市の住人は、縦型の棟割長屋に居住しているが、おかみさんもいない。

平成26年2月5日


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