いじめから子どもを守る家族力


基本は、話をさせるということ

なるべく小さい時から、子どもと話す時間をとるべきです。

  この時大事なことは、子どもの価値観を理解して、子どもに最後まで話をさせ、途中で遮らないことです。聞き苦しいことも、とにかく最後まで話をさせること。できれば、子どもの視線で、面白がって聞いて欲しい。子どもは、親が自分の話を聞いてくれることがとても嬉しいのです。そして、なんでも受け止めてもらえるということで、自分が尊重されているという満足感をもつことができるようです。何を話してもいいんだということを思い込ませることが大事です。

  お風呂の時間だったり、寝かせ付けの時間だったり、時間を決めて話をさせましょう。すると、子どもは、その時間が来ることを楽しみにします。話をしているうちに、だんだん話が上手になっていきます。国語の力も身についていきます。


結論を求めるのではなく、事実を語らせるということ

マニュアル偏重会社の事務連絡ではないのですから、結論なんてどうでもいいのです。子どもとしては、自分の話を夢中になって聞いてくれるということが、大人扱いされているようで嬉しいのです。結論を求めてはいけません。そもそも、子どもは、何かに感じ入って、それを親に話すのですが、自分でそれが何か気づいていません。このため、断片的な話がなされることがあります。そこに気づいて、話を再構成してあげるのは大人の仕事です。ただ、そんな高度なことまでは自分に求めずに、断片的でもなんでも、話してくれることを尊重する姿勢を明確にすることが大切です。

部分的共感の示し方

道徳的に、是正しなければならないことはあるでしょう。そういう時は、部分的な共感を示しながら、問題の所在を説明して、一緒に考えると良いと思います(部分的共感の手法)。

 「あのね、今日、やっくんの頭を積み木で叩いたの。やっくんが、よっちゃんの積木をギッてとったの、いつも乱暴なんだよ。だからね、その積木で頭を叩いたの。そしたら、泣き出しちゃった。」

 「やっくんは、悪いね。よっちゃんがかわいそうと思ったの?それはえらいね。お友だちの気持ちを考えることができるなんて素晴らしいことね。そうなの、でもやっくん泣いちゃったんだ?どう思った?」

 「悪いことやったんだから、仕方ないと思う。」、

「うんうん、でもそれだけかな?」(表情で誘導できる)

「やっぱり、ちょっとかわいそうだった。」

「痛かったら、泣くよねえ。」

「うん。」

「やっくんと一緒になっちゃうね。」

「明日、もう一回謝る。」

「えらい、えらいぞーっ! やっぱりパパとママの子だあ。」(頬ずり)

 子どもは、成長するものです。その時、その時の結果を、そのお子さんの人格的評価に決めつけないことが大切です。未成熟な部分を尊重することによって、初めて成長することの喜びを自覚することができるのです。もし、この時、「その積木で頭を叩いたの」の段階で話を遮ったら、積み木で頭を叩くことは悪いことだということは覚えても、誰かを庇おうとしたことまで、否定されたように思うでしょう。自分のやむにやまれぬ感情を親は理解してくれないという、未消化な思いが募っていく危険もあります。ここが、親のこらえどころです。親として、被害者の親には、無条件に謝るとしても、子どもが起こしてしまった事実は、まず事実として受け止めましょう。

 子どもも、後味の悪さを感じています。良いところと悪いところを大人が区別してあげ、悪かったところの解決方法を提示することで、子どもは安心を獲得します。また、自分の悪い行いも、親は受け止めてくれるということで、安心し、自信を持つことができます。再び人間関係に復帰していくことが可能となります。


友達の話を聞く

それから、噂話のたぐいでも、子どもの話す友だちの話は面白がって聞きましょう。そのためには、授業参観や行事の写真で、顔と名前を一致させておくとおもしろさは倍増します。ここが、子ども目線に立てるかどうかの試金石です。ほかの子も、その子なりにいろいろな条件のもとで、いろいろなことを考えて生きています。

 子どもは、子どもどうしでは、あまり警戒をせず、自分のプライバシーをさらけ出しています。また、子どもの観察眼は意外と鋭いものがあります。ただ、情報を組み立てる能力がありません。子どもの記憶してきた情報から、大人は、子ども以上にいろいろな情報を受け取ることができます。

 子どもの社会は、人間社会の原型を思わせるようで、興味深いです。乱暴者のように見えて、意外と細やかな気配りをする人。子どもながら、友達に配慮して我慢する人、それでもそこに言わせただけで怒られてしまうような貧乏くじを引く人、それでも言い訳をしない人、親との関係がうまくいっていなくて不安を持て余している人。親は心配しているけれど、実は他人の悪口を絶対に言わない人。のんびり育てられている人、追い込まれている人、人さまざまです。かなり多くの尊敬できる子どもたちを発見できます。

 これは、いざ、いじめが起きた時に、貴重な情報源となります。また予防のためにも活用できます。

いじめの予防の観点から警戒すべきお友達

今の子は、早い段階から小集団活動が始まります。クラス全体で何かするということが少ないように思えます。少なくとも、昔の遊び道具が空き地だった時代のように、学校が終わってからクラスのみんなで自発的に集まって野球や缶けりをやるいうことは無いようです。教室の中でも、特定の3、4人の子がグループを形成しています。これが平成のいじめの温床なのです。

 幼稚園の頃から、昼食を決められた席でとらないで、好きな人と一緒に座るという指導がありました。子どもたちは、一人になることの恐怖感から、午前中ずうっと必死になって、その日のペアを探していました。大変疑問でした。

 小学校あたりまで、親が警戒するべきは、異常に仲良しを迫る子です。シールや折り紙のたぐいのものですが、物を頻繁にプレゼントする。自分のグループを形成する。最初は居心地がよいのですが、見返りを求められます。いつでも、その子を優先しなければならなくなります。その息苦しさから逃れようとすると、いじめが始まるわけです。

 物を与える、行動をいつも共同することを求められる、排他的なグループを形成する、感情が豊かすぎる(すぐ泣く)、グループ内で序列が作られるということが要注意ポイントです。その後、いじめが始まってから気づいたのでは、遅いのです。

必要以上にひとりぼっちを恐れない

 排他的グループができる前に、警戒させましょう。このようなグループに入るくらいなら、一人でいたほうが良いのだということを教えてあげましょう。

  必ず、グループには入らない子どもたちがいます。また、グループを形成しなくても、結構、クラスの子達と話をしたり、一緒に行動したりしているものです。グループに入らなければいけないというのは、何かに植えつけられた観念なのです。人を見下すグループは、虫唾が走るということを教えましょう。

  それでも、ひとりぼっちは嫌がります。それでは、グループで何をしているのか聞きましょう。

 「そうだよね、ひとりでいるのは寂しいよね。」(部分的共感)

 「でも、ほかにもグループに入らない子はいないの?」

 「○ちゃん、×ちゃん。そういう子ばかりなんだよ。」(こらえる)

 「ふうん。ところで、△ちゃん達とはどんなことをしているの。」

 「休み時間にトイレに行く。あとは、噂話かな。」

 「楽しい?」

 「別にぃ。」

 「なるほど、今日どんな噂話した?」

 「□ちゃんが、△ちゃんのとこ行かないで、隣のクラスの子のとこに行ったとか。」

 「ふうん。どこで、そんな話するの、聞こえたら嫌でしょう。」

 「教室の窓のカーテンで隠して言っている。」

 「楽しくはないね。かと言って、一人にはなりたくないか。」

 「そうなんだよね。」

  こうなった段階では、実は危険な段階なのです。その子が、そのグループを抜けようとすると、グループは、徹底してその子を攻撃します。先ずは、わざとらしく、これみよがしに、こちらを向いてひそひそ話を始めます。私は、この段階で、教師と連絡をとって、グループからの離脱をサポートすることが必要だと感じています。学校がどこまで、いじめの発端を理解しているかによるのですが、この段階で徹底したサポートが必要とされています。

  うまい離脱の方法を、各状況に合わせて考え出さなければなりません。一つの方法としては、親を有効活用することです。

 「親から言われちゃって、昼休みに、この本読まなければならないんだ。」等と別行動をする言い訳に使ってもらうのです。グループ作っちゃダメだと言われた、メールは七時までって言われた。うち親きびしいからゴメンネ。ちょっと心もとないでしょうか。なかなか決定打は出ません。

  ただ、学校や幼稚園で、必要以上に、孤独の不安を煽る指導をしないで欲しいというところが、率直な希望です。小学校の班分け等で、本人たちの自由意思を尊重する必要があるのでしょうか。結構無神経な指導が行われているように思います。


家族が避難港という意識付、いつでも帰れる場所

いじめやいじめに近い状態で、子どもが学校に行きたくないという場合、最悪、無理して学校に行かない方が良いと思います。行きたくないなら行かせないという選択肢を常に持つべきです。どういう状態か見定めてからでも遅くはありません。

  また、学校へ行くという場合も、いつでも帰っておいでと言ってあげることも有効です。自分には、帰るべき家があるということは、自信になります。一人ぼっちでも、家族は、気にしないとういことも自信になります。親が、そんなことで悩んでいるなら、行くなと言ってくれることは、大きな活力になります。これと反対に、いじめられているといった時に、動揺してパニックになったり、なかったことにしたいように無視したり、逆に怒って叱りつけたりすると、子どもは行き場を失います。学校行って地獄、家に帰っていたたまれないという危険な状態になります。

  いじめの温床となるグループの子は、家庭に居場所のない子が多いです。自分が尊重されるということがなく、自分が親から見放されるのではないかという不安を抱えているようです。家庭で満たされない人間関係の継続性、安定性を、友達に求めてしまっているケースが多いように感じます。友達の人間関係も不安がつきまとい、自分から離れていくものに対して攻撃的になるようです。


使える資源(協力者)は使い尽くす

いざいじめが始まりそうになったら、すなわち、特定グループの追撃が始まったら、使える資源は使いましょう。

  家族は、まず、自分たちが資源であることを自覚しましょう。どんなことがあっても守りきるよということを、はっきり言葉で示しましょう。決して、面倒だなという顔をしてはいけません。

  先生に相談することも有効です。「いじめは確認できません。相性ということがあります。相手の子は、成績が優秀ですよ。」と、大抵は寝ぼけたことを口に出されます。それでもいいのです。こちらの掴んでいる情報を告げておくことが大事です。今後について警戒してもらうことができます。だから、すぐに、いじめをなくせということを要求するのではなく、子どもがこういうことで悩んでいるという客観的事実を情報提供するということが大事な姿勢です。学校に親身になってもらえなくても、問題意識は持ってもらいましょう。ここまで言って、問題が起きたならば、校長以下の首が飛ぶわけですから、問題を起こさないようにしようとはするわけです。

  この場合、一家族だけで、学校に行くことは避けるべきです。できれば、数人の子どもの親御さんが集まって、一緒に行ってもらうことです。この時も、大事なことは、客観的な事実に基づくこと、相手の子を攻撃するのではなく、問題を解消するためにどうしたらよいかという視点に立つことです。そして、同行してくださる親御さんについては、立ち会ってもらえば良い、という気持ちが大事です。それだけでとてつもない効果があるということは腹に落としましょう。はじめから、一緒に学校と直談判して欲しいというと、引かれてしまいます。立ち会って欲しい、立ち会ってもらったと言えば、安心できます。明日は我が子です。立ち会うだけなら協力できるとなるはずです。だから、日頃、PTAに参加することはとても大事なのです。いきなり、見ず知らずの人から協力してくれと言われても戸惑うわけですから。

  対人関係学のスタッフを有効活用するということなのですが、今はわたしだけです。場合によっては、弁護士に同行してもらうということもあるかもしれません。いきり立って、感情的になって怒鳴り込まれるよりも、弁護士がついたほうが、学校も安心する場合があります。

  子どもの方なのですが、いじめが完成しない場合、実はかばう子がいるものなのです。なかなか気づかれません。子どもから話を聞いていると、実は胸の熱くなるような正義感のあふれる優しい子の存在がちらっと登場するのです。子ども自身が、それに気づいていないのです。子どもは結構恥ずかしがり屋なので、よく考えないとかばっていると気がつかない場合があります。あるいは、気がついても自信が持てないということも多くあります。ここにも、結論を求めずに断片的でいいから子どもに事実を語らせる訓練は役にたします。そういう隠れた英雄は掘り起こすべきです。その子のお宅に行って、感謝を申し上げるところから、始めることも一考です。子どもにも自信を持たせるべきです。悪い人がいることはすぐに感じることができますが、良い人もいるということは、なかなか自覚できないものです。その子との接し方を指導すると、子どもたちがいじめを完成させないということもあるのです。意外と、そういうことは、大人が気がつかないだけで、結構あることかもしれません。

  スクールカウンセラーもいますが、単体では使い勝手が悪いです。担任など誰かと協同して行動してもらうように相談したほうが良いです。

  法務局の人権擁護課という強力なチームがあります。学校にも、フットワーク軽く話に行っていただけます。実は、いじめに関しては、方法がいろいろあるのですが、衝撃が大きすぎることから、解決に向けた方法を考える余裕がなくなるものです。

解決を信じよう ピンチをチャンスに変えよう


必ず解決します。どうかそれを信じてください。解決は必ずする。そのために、家族が結束する。そして、ひと家族で解決しようとせず、誰かを巻き込む。明日は我が身です。みんなで助け合いましょう。話を聞いてもらうだけでもよい。いろいろな人と手を組みましょう。

  いじめに対する大人の対処、いじめ対抗プロジェクトの結成は、今後のいじめの防止にもなります。また、大人社会において、今、あるべきものが失われているといういびつな状態も見えてきます。いじめを解決することは、いじめられている子どもたちだけではなく、世の中を変えて、行きやすい世の中を作るという運動でもあるのです。絶対に、あきらめないで、最後までやりぬきましょう

平成26年2月25日

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