パワーハラスメント

 

対人関係学からのパワーハラスメントの理解

 (私の弁護士のホームページにも考察があります

http://heartland.geocities.jp/doi709/powerharaforlabour.html )

 

1 パワーハラスメントが危険である意味

  職場という群れにおける、疎外の状態がわかりやすく現れる事象である。仕事を与えない、ことごとく否定をする、周囲の面前で罵倒する、見せしめのような恥をかかせる、長時間叱責する、反論、説明を許さない、不可能な作業、ノルマを強いて、できないとして叱責する。大声で叱責し、ばかやろう等の乱暴な言葉を発する。パワーハラスメントの具体的内容は、このような形で現れる。

  対人関係学、20万年の群れ理論からすると、一番危険なことは、当該労働者が職場という群れの構成員としての価値を有さないということを、継続的に伝えられることである。これによって、当該労働者は、その時感じる恥や屈辱、怒りだけではなく、潜在的に、「近い将来、自分がこの群れから排除される。」という予期不安を覚えることとなる。これは、潜在的、遺伝子的には、自分は安住の地から放擲されて、単独で死の蓋然性のある場所に向かわされるという意識と同様の心理的影響を受けることとなる。「なんとか、群れにとどまりたい。」、「群れの中で尊重されたい。」と希求するのだが、あくる日もパワーハラスメント受けることとなる。そうなると、潜在意識の中では、「自分が群れにとどまる方法がない。」という結論となってしまう。

  致死的な出来事、例えば高所から墜落する場合、自分の状況を認識した人間は、気絶をしたり、固まってしまう。対処不能の状況下においては、そのような反応により、死の恐怖を軽減したり、動かないことによる最後の生の可能性にかけることとなる。

  これに対して、日常的なパワーハラスメントは、実際の致命的な行動には移らない。予期不安が継続する。しかも、潜在的には確実な死に対する予期不安と同等になっていく。即ち、高所から転落して、決して地面に激突せず、やがて激突するに違いないという感覚を持ち続けることになる。

  この場合も、潜在的意識下において、死を受け入れる反応が生じてしまう。解離症状が出て、現実を否定する反応をしたり、うつ症状を出現させて、生きるという意欲を低下させる。(幹脳からの上方発火を低下させ、オレキシンの分泌を低下させ、モノアミン不足となり、交感神経が活性化しないという状況になるのだろう。その結果、活動性が低下し、摂食や繁殖の活動も低下する。緩やかな死の受け入れ作業ということになる。)潜在意識的にも、死を受け入れられない場合は、解決方法がなくなったという認識を持ちながらの解決方法の模索という活動が行われる。これは焦燥感として現れる。

2 パワーハラスメントの危険性と家族の存在

  群れの複合は、近年生じたものであり、20万年の人類史の中では、ひとつの群れで生まれ、ひとつの群れで学習し、食料を調達し、繁殖し、死んでいった。従って、ヒトは、群れから排除されるということは、他の群れに行くことで、その不利益を解消するという発想にはなかなかなれない。潜在意識的には、群れから排除されることは、死への単独行と同義である。

  もし、この状況を家族に告げることができ、家族も、経済的問題があっても、離職を進めるという場合は、ある程度解決に向かうことになる。群れを相対化して評価することができる。(しかし、既にうつ病などの発症がある場合は、うつ病の治療自体をしないと、死の受け入れが進行してしまう。)

  特に、労働者が男性の場合は、失職は、自分の死を潜在意識的に想起させるだけではない。家族を食べさせていく、食料などを獲得するという使命感を持っているので、家族に対する自分の役割の喪失という、負担感が増大する危険がある。家族に対する責任感が強い人ほど、そのような傾向があるようだ。私の担当したパワハラ自死事案は、すべての事案において、自死者は家族に対して強い責任感と、強い愛情を持っている。また、当該労働者にとっては、自分の受けている辱めを家族に知られたくないという気持ちもある。

  家族からしても、様子がおかしいと思っていても、疲れているのだと思い、納得することが多い。実際、パワハラを受けている人は、長時間労働に従事していることが多い。

  要するに、普通に家族がいたとしても、パワハラの影響を軽減することはなく、むしろ増大させることが多いのである。

3 パワーハラスメントが行われる背景

  人を精神的に追い込むパワーハラスメントは、行われる理由があって行われる。いろいろなタイプがあるが、多いのは、上司の不安である。パワハラの対象になるのは、ナンバー2の営業マンであったり、一般職のトップであったり、仕事ができる労働者であることがほとんどである。上司の心理は人それぞれであろうが、共通することは、当該労働者が服従をしない限り、当該労働者との人間関係について安心できないということである。だから、反論ではなく、説明をしようとしただけで、パワハラはエスカレートする。声は大きくなり、同じことが繰り返され、過去の失敗についてのコメントが延々と続いていく。明らかに、怯えているのである。また、上司自身は、自分の実質的な上司に対しては、全く服従的な態度をとることが多い。部下を罵倒していても、上司が部屋に入ったとたん、腰を曲げて、モミ手をして、にこやかな笑顔までつくり、声のトーンまで変え、全く別人となる。その豹変ぶりは、第三者を唖然とさせる。そのような対人関係の未熟さが、パーソナリティの偏りにあるのか、きつい会社からのノルマにあるのか、上司の焦燥感によるものなのか、それは様々なケースがあるだろう。

4 パワーハラスメントに対する対処、予防

  最終的には、弁護士を通じて、損害賠償請求や差し止め命令を請求することになるが、当事者は、そのような合理的方法に思い至らない。

  先ずは、愚痴を言える同僚を作ることである。その職場という群れからの疎外の効果を軽減させるために、最も有効であるのは群れの構成員からの再評価である。叱責を止めることを求めてはいけない。過大な要求は、相手の行動を抑止してしまい、自分の傍観者的な態度を合理化するため、「当該労働者にも問題がある。」、「上司の言っていることにも、あたっているところがある。」等という対応をしてしまうことが多い。だから、先ずは、上司のいないところでのフォローを期待しよう。自分が上司とは別の次元で、安全な立場で働きかけができるとすれば、上司のパワーハラスメントの不合理さについて、一番分かっているのは同僚である。自分の受けている状態が不合理であると認めてもらい、苦渋について、共感を貰えれば、「群れからの放擲、死への単独行」という図式は、大幅に軽減される。顕在的な屈辱感、疎外感が軽減されるばかりではなく、潜在的な予期不安の軽減に役立つ。

  実際のパワハラ現場は、このような隠然としたフォローもなされなくなっていることが多い。上司が去ったあとにも、かける言葉がないということもあるが、当該労働者が攻撃を受けてもやむを得ないという暗黙の敗北感が支配しているようだ。このような雰囲気は、当該労働者は敏感に感じ取り、孤立感を深める。だから、第1には、愚痴を言い合える関係を持った人を職場につくるということが必須である。

  次には、家族への帰属意識を高めるということである。群れは複数有り、代替可能な存在なのである。経済的に不利益になっても、死ぬことに比べればまだ対処できる。このことを当該労働者と家族が現在意識に乗せることが必要である。ところが、当該労働者は、なかなか家族には言い出せない。家族も、一度聞いても、直ぐに事態を把握できない。あまりにひどい話だと、「まさかそのようなことがあるのだろうか。」という、無意識の現実否定の感情を持つ傾向がある場合もある。有効な方法としては、職場の同僚に付き添ってもらって、家族の信頼できる人に話してもらうことということになる。対人関係学スタッフが立ち会うことも有効であろう。家族の役割として有効なことは、家族はどんなことがあっても、当該労働者を見捨てないと言明することである。そのためには、会社を続けることとやめることのメリットデメリットを数字で想定し、必要以上にデメリットを増幅させないことである。漠然とした不安が一番悪い影響を与える。具体的な不利益に対しては、人間は対処の方法を考える。当該労働者に精神的な症状が出ている場合は、精神科医やカウンセラーに相談し、必要な精神的体力の回復をするなど、来るべき事態に対して、対処することが必要である。

5 根本的な対応

  根本的には、企業の気風を、人と人とが助け合う気風に変えることだ。人が人を追い込む場面は、追い込まれた人しかわからない場合がある。厳密に言えば、わかろうとしない場合が多い。意識的に、助けあいの気風を作っていくことが必要だ。これは、例えば昭和40年代までには、多くの職場で支配的な気風であった。パワーハラスメントを起こすことなんてできなかったし、起きたとしても、制止や抗議が行われた。これが高度成長期末期から失われていったような気がする。だから、現代では、意識的に注入していかなければならないのである。

  では、どうやって、人と人とが助け合う気風を作るか。それは、ひとつには、横のつながりを重視するということである。企業は、このような機会を積極的に作り出すべきだ。ひとつには、長時間労働の是正が不可欠である。寝る時間や家族と過ごす時間を削らなければ横のつながりができないということでは、横のつながりは出来ようがない。また、頻繁ではなくても、従業員の家族が、別の従業員と緩やかなつながりを持つことも重要なこととなる。

  企業がこのような労務管理制作を転換しないのならば、労働者やその家族は、自主的に、意識的に、横のつながりを形成していく工夫が求められる。


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