対人関係学と宗教 性善説・性悪説

 

対人関係学は、宗教と矛盾しないものと考えている。多くは重なっているのではないだろうか。

むしろ、対人関係学の発想は、宗教を理解するために貢献できるものと思われる。

 

 

性善説、性悪説

 

対人関係学での人間感は、そのままの人間であり、善も悪もないということが正確であろう。

ただ、本能的に、あるいは遺伝的に、人は対人関係の中で尊重されることに安心感を獲得するものだという命題をもつとしたら、あるいは性善説に近いのかもしれない。

善とは何か。対人関係学では、このような20万年をかけて培われてきたヒトの価値観を素直に体現し、相互に充実した生を送るために協力することということになるのだろう。

問題は、このような自然な価値観を阻害する現実の事情は何かということになる。また、自然な価値観を否定する行動をとっても、それは、その人間の生へのモチベーションを否定することになるのだということである。

対人関係学での悪はわかりやすいかもしれない。他人の充実した生を阻害することということになるだろう。それは、自分の充実した生をも阻害しているのである。


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