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 のどかなのどかな山の朝。
 紫立ちたる雲のたなびきたる山際が少し明るくなる頃、成人男性サイズのホムンクルスと、その肩に乗りあれこれと指図するG.I.JOEサイズの悪魔は、忙しなく働いている。
 牧場の入り口に設けられた山小屋のような小さな商店の棚を整え、時節柄何処からともなくやってくる遠足の子供達の為にコースガイドを掃除して回っていた。
 「ふぅ、今日も良い天気。この分だと結構収入が見込めそうね。」
 『緑甲(ろっこう)ファーム』と書かれた看板の前で、伸びをする一人と一体。朝霧がすっと引いた、爽やかな陽光に照らされるシルエットが、その言葉を裏付けている。
 「さーて、本格的に忙しくなる前にこっちの方も片付けておかなきゃね。」
 一人と一体は店奥へと踵を返す。室内は、一般に牧場の土産物屋風の内装で彩られていたが、更に奥の方には、何故か業務用洗濯機とアイロン、ドライクリーニング用の大型洗浄機など、洗濯屋のような機材が整然と並んでいた。
 「今は良いけど、オフシーズンになればこれでやっていくしかないんだもんねぇ。」
 観光地として名高いこの緑甲ファームだが、一年中、緑豊かな山並みという訳ではない。冬の山は厳しく観光客を閉ざす。しかも、この商店は牧場にいる家畜による生産品ではなく、ガイドと占いという、極めて観光客向けの業務内容を展開しているのだ。
 従って、ややミスマッチな組み合わせであるが、致し方なく『洗濯屋』という副業を営んでるのだった。
 配達・回収については魔法で行えば良いので、麓との距離も問題ではない。しかも、作業の大半はホムンクルスが行うのである。ホムンクルスは
 「疲れた。」
とか、
 「休みたい。」
などとは決して言わないので、悪魔とホムンクルスによる、この二束のわらじはなかなかの成果を上げていた。
 そして、今日もホムンクルスは、悪魔の指示に沿って昨夜仕上げた洗濯物を、黙々と針金ハンガーから下げ、ビニール袋で梱包する。その間、悪魔は水鏡から伝送されてくる『新聞』に目を通しながら、朝食を取っていた。それが、長い間の慣習であり、日課だった。
 しかし、次の瞬間、悪魔は口に含んでいた食物を勢い良く噴き出した!
 
「はぁ?」
 丸眼鏡を丁寧に拭き取り、もう一度水面を見据える。そこに記された天気図はこの緑甲山に、伝説の『
緑甲颪』が吹き荒れると言う、恐ろしい予報を告げていた。
 『緑甲颪』とは、様々な気象事象の中で最大級の損害を齎す災厄である。それが通った後には、人々は一晩中悶え苦しみ、街は荒れ、道端に置かれた高さ180センチ程度の広告塔すらも残らないという、正に『伝説』に相応しい災害である。
 先日、緑甲に程近い地域において、大発生した『チーグル』による急激なマナの高まりを預言する『マジック』と呼ばれる値が変動したのだが、こんなにも早く『緑甲颪』が発生してしまうとは、考えられない事態だった。しかも、気象図によれば恐るべき事にこの緑甲山に直撃するという…。
 到着予想時刻まで後、13時間。
 悪魔はそのまま朝食には手を付けずに、長考の姿勢に入った…。


2000.09.032005.07.04