Desert Moon
泡沫の如く口脣から漏れた吐息が、白く蒸散する。
茫漠と拡がる砂粒以外、何も存在しない砂漠の夜気が、否応無く体力を奪う。
飛行服に縫製された温度計は摂氏7度を示している。冬の東京の最高気温と大差無い数値に、思わず身震いし、身体を胎児の様に縮こませる。
傍らで燃え続ける墜落した戦闘機が、紅蓮の墓標の如く、天を焼き、刻一刻と希望を蒸発させる。
携帯用の無線も、食料も、水も、全ては炎の中だ。
左手首に巻かれた腕時計は、墜落の衝撃で壊れてしまい、今が何時なのか見当も付かない。
絶対の漆黒に似た天幕に星灯りは無く、ただ遠くの方で超新星の誕生を彷彿とする明滅が見えるだけだ。
星が生まれる度、生命が散る。
それを綺麗だと思う、不謹慎な自分の余命は、後どれ位残されているだろうか?
管制無き灯火に誘われた爆撃機に因って、一瞬秒の内に燃え尽きるだろうか。
それを待たずして、太陽に灼かれた摂氏43度の砂の上で、誰に看取られる事無く息絶えるだろうか。
余計な思考を振り祓う様に、頭を振って、空を見上げる。
雲ひとつ無い、澄んだ空に輝く、砂漠の月。
欠けたる所無き望月が、陽炎の様にゆらゆらと自分を見下ろし笑っている。
その摂氏130度の笑顔を凝視していると、何故か花王石鹸の初代トレード・マークを思い出す。
口脣から漏れる呼気の様な蜃気楼を吐き出す、掴み所の無い表情が、今の自分の情況を暗喩している様に思えてならない。
生と隣り合わせの死を実感しつつ、それと向き合う勇気の無い自分の脳は、直ぐ様別の記憶を黄泉還らせる。
耳朶を震わすのは、谷山浩子の「Desert Moon」。
「月の砂漠」で無い所が、如何にも自分らしい。思わず、口脣を歪めて喉をひくつかせた。
朧気な歌詞とメロディに身を委ねていると、不思議にこの砂漠も由比ガ浜の砂浜に見えてくるから不思議だ。
波音の代わりに、砂の焼ける音と臭いが絶えず、鼓膜と鼻腔を刺戟する。
砂が…砂漠が燃える事なんて、あるだろうか?
ふと湧いた疑問に答える様に、砂丘の彼方に巨大な閃光がストロボした!
太陽の誕生を想起するその輝きは、一瞬にして地上を焼き尽くし、彼も、砂漠も跡形も無く灰燼と化した。
最早そこには、もう何も無い。
ただ茫漠とした灰と無だけが、全てを覆い尽くしている。
それが、地上最期の一瞬だと解ったのは、衛星軌道上で還るべき処を永久に失った宇宙飛行士と、砂漠に浮かぶ満月だけであった。
2005.06.16