Devil


 街の只中で、不意に肩を叩く者が在つた。
 たれかと思ひて、振り返ると其処にはたれの姿も無いのである。まこと奇妙な地所であるなあと頸を傾げながら、先と同じ方向を向き直すと、再び肩口に手を遣る者が在つた。
 苛立たしげに素早く後ろを見遣ると、然程体格の宜しくない悪魔が悪戯な視線をくれている。頭にある二本の角は、こう言うと失礼だが彼の悪魔に不相応な禍禍しさを放ち、背から大きく開かれている闇色の翼は隠微にも艶々と輝き、背徳と堕落の臭気を辺りに纏わせていた。
 暫しの間、無言で対面していたが、やがて悪魔は我が額に鋭き爪を立て、
十字の傷を刻んだ。不思議な事にその傷は、決して痛む様な事は無く、寧ろ甘やかな疼きを脳へ直に享受する装置となりて我の内へ滲み込んで行つた。
 虫眼鏡を以つてしても判別不可能な段階に傷痕が癒されると、我は知らず知らずの間に呪わしい煉獄よりの使者の姿と成り果て、嘗て住んでいた筈の街は跡形も無く消え去られてしまつていた。


1999.10.102001.08.28