Endday
午前九時を回って、少し経った頃。不気味に静まり返る廊下を、数人の堅い足音が響く。
胃が痛む。
空洞と化した脳髄に、床と踵の叩き合いが、二日酔の頭痛や胸焼けとは比にならない位繰り返される。
何も考えられない。
音は刻々と、自分の部屋に近付いてくる。毎朝の事とは言え、吐き気を覚える。
音が止んだ。
自分の部屋の前だった!
扉が開いて、刑務官が三人並んでいるのが見えた。その内の一人が、その像を網膜に結ぶか否かの速度で、強めの厳かな語気を当ててきた。
「お迎えだ。表に出ろ。」
嘔吐。
刑務官は構わず部屋に侵入し、崩折れた身体の両脇に一人ずつ回り込んで腕を抱えると、部屋の外へ運搬した。身体は丸太の如く硬直し、口は半開きのままだった。廊下を怪しく濡らしながら、所長室へ引き摺られる。
所長室では、所長の他、検察事務官の姿があった。更に、教育部長、法衣姿の教誨師も顔を覗かせる。
所長は、情けなく俯く稀な囚人に対して、事務的に声をかける。
「法務大臣の命令により、本日検察官の執行指揮があったから、只今判決を執行する事となった。」
囚人はへたり込んだ。
慌てて、刑務官が立たせる。が、巧くいかない。続いて、教誨師が宗教的儀式を行おうとしたが、全く反応が無い。依然として、眼に光が無いのだ。
教誨師は首を振り、軽く念仏を唱えると退き下がった。入れ替わり、教育部長が
「何か遺言はありますか?」
と、優しく問いかけたが、床に水溜りを作る事でそれに答えるばかりだった。
傍らの教誨師はひたすら祈りを捧げる事に専念している。
それを見て、傍らに居た刑務官は、仏間の饅頭とお茶を勧めた。
饅頭は素直に受け取り、口に入れる。咀嚼する側から欠片が床に落下していく。
また嘔吐。
両脇の警察官が背中を摩ってやり、囚人は窒息せずに済んだ。
そっとお茶を手渡し、椅子に座らせる。項垂れてお茶を啜るこの囚人に、昨日までの威勢の良さは完全に消失していた。
囚人の海馬が掘削する。
片道運転になったあの夜の事を。
2000.08.23