Eyes
「お目覚めですか?」
見知らぬ天井と看護婦の声、そして消毒液の香り。
先刻まで嗅いでいた硝煙や血煙は、微塵も感じられなかった。
起き上がった瞬間、右瞼にほんの僅かな違和感を覚える。
「右眼球の損傷が酷かったので、ご契約通り、破損した器官を他者より生体移植させて頂きました。」
移植する前より、やや精度と視力は落ちるものの、日常生活を送る上では、さして不都合ではない。仕事に復帰した時、少し気を付ければ済みそうなレベルだ。
「念の為、精密検査して異常が無ければ退院ですから。」
告げて、看護婦は部屋を去る。
薄暗い病室で、ようやく一息つこうと眼を閉じた
瞬間
右瞼にフラッシュ・バック!
街角にごまんと設置されている現金自動引出機。
憶え無き暗証番号を入力する、馴染みの無い指先。
引き出される山のような現金、それを掻き集める両腕。
断線
視界には、見知らぬ天井。
病室の窓から吹き抜けた夕暮れの爽やかな風が、俺の頬を撫ぜる。
街を歩く俺。
狙いはあの時のビジョン。
同じロゴの入ったボックスを探して、中に入る。
忘れもしない暗証番号を打ち込むと、涌き出るキャッシュ!
裏家業では、決して安い報酬では動かない俺でも、一生かかって稼げるかどうかの金額がCRTに輝く。
罠か?
フェイクか?
仮にそれが何であっても、のらないでいる手は無い。
俺は、すっぱりとアルバイト(殺し)から足を洗った。
あれから何年かが過ぎ
すっかり平和ボケした俺。
今日もぶらぶらと当ても無く街を歩く。
最近、とうとう移植してもらった右眼の調子が怪しくなってきた。時折目が霞み、視界が揺らぐ。
新しいサイバー・アイへの替え時かも知れない。
何時もの調子で、現金自動引出機を探すべく視線を彷徨わせると
不意
右眼を貫く強烈な痛み。
ザッピングの如き眼前。
ノイズが治まると、右眼に映るのはあの日の夜。
あの時の路地。
脇腹と右眼から血を流し、銃を撃つ俺。
襲いかかる赤い瞳。
視界が大きく二度揺れ、ストップ・モーションよりも緩やかに地面が近付く。
額には汗。肌が粟立つ。『昔の俺』が黄泉還って来るのが解る。
気配の無い気配。香りの無い香り。そして、影無き影!
振り返る間も無く
暗転
1999.12.31→2000.06.05