児戯


 子供が二人、無邪気に遊んでいる。
 一人は折り紙。もう一人はあやとり。

 どちらも紙・紐のサイズは尋常な大きさではなかったが、子供達はそれらの遊具を器用に操り、己の意のままに自由な立体空間を構成していた。時には絡み合ったり、端が破れたりと巧く行かない事もあったが、概ね独創的な形を創り出す事に成功していた。

 世界は平和だった。

 何の問題も生じる事なく、平凡な日常が連綿と消費されていた。

 時折、空間の大異変が生じて、宇宙の等方性が歪められたり、知的生命体の棲む星が一つ丸々ワームホールの中に落下したりする事はあったが、宇宙開闢以来の歴史から見れば、そんなのは些細な出来事に過ぎなかった。

 子供達はやがて、通り一辺倒の遊び方に飽きてしまい、どちらともなく、こんな事を囁き合った。

 「この折り紙を目一杯折り畳んだら、どの位小さくなるのかな?」
 「そうしたら、その紐を切って、折り畳んだ紙に穴を開けて通してみようか。」
 「どんな形になるかな?」
 「面白そうだね。」

 早速、子供達は共同作業に取り組んだ。

 紙は本当に尋常でないサイズをしていたので、二人で666回折ってもまだ掌からはみ出していた。彼らはその形状に満足の吐息をついて、紐の端を切ると、折り畳まれた紙の中央に穴を開け、乱暴に紐を通した。

 つづら折りの如き、可算無数の高次元体。

 その空間を貫く、一本の一次元。

 二人は電車ごっこの如くそれを腰に通し、興奮と共に思わず駆け出した。

 空間は瞬時に異常な変異を生じ、高位次元へと移行していった。
 宇宙開闢さながらの大異変に、空間に内在するあらゆる存在は──勿論、我々の様な知的生命体も──なす術も無く、その惨事の渦中に呑み込まれる。
 やがて、次元そのものがメタ次元を生じ、世界は破綻するがまま無秩序に増幅され、まるで泡の如く、無限の出現と消失の連鎖を編み出していった。

 子供達は、甲高い奇声を発しながら狂喜乱舞していたが、やがて疲れからくる足の縺れによって、いともあっさりと躓いた。
 その拍子に、紐は千切れ、折り紙のオブジェは爆縮する特異点にも似た皺を形成し、無残にも破れてしまった。

 連続していた運動が何の前触れも無く収まり、空間が無限に開放され、その存在は波紋の如く平坦なものとして拡散し、『』としての独立した概念は不条理にも消失した。

 二人は転んだ痛みと、自分たちの作品のあっけない幕切れを目の当たりにしたショックで火の付いた様に泣き声を上げた。

 声を聞き付けた彼らの親が現場に到着すると、二人を優しく抱き締めた。

 「怪我は無かった? …あらあら、さっき上げたばかりの折り紙と紐をこんなにぐちゃぐちゃにしちゃって、どうしたの? 物を粗末に扱ったら駄目じゃない。」
 「…ごめんなさい。壊すつもりじゃなかったの。」
 「ねぇ、また元に戻る?」
 「うーん、残念だけど、一度壊れた『もの』は完全には元に戻らないの。でも、もし同じ『もの』で遊びたいなら、折り紙は貼り合わせれば済みそうだし、紐の方は繋ぎ合わせればまた前の様に遊べるわ。」

 二人は顔を見合わせて安堵の表情を浮かべた。

 そして、修繕されたぼろぼろの遊具で、再び遊戯に没入した。

 永い時間の果てに、世界は復興した。

 しかし、継ぎ接ぎだらけの世界は『矛盾』と『不条理』に満ち満ちていたので、消費され行く日常は予測不可能な、限りなく無限に近い可能性を秘めた、0と1の間だの『ゆらぎ』として、全く退屈なものではなくなっていた。


1999.09.06

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