Justice
平和で長閑な昭和三十年代を思わせる住宅街。ジュブナイルかつベル・エポックな街並みの片隅に発生している空き地には当然土管が、しかも三本横臥し、子供達の格好の遊具となっている。
夢中で遊び耽る子供達を尻目に、その場から己の存在を隠蔽しつつ帰宅する者があった。
長袖で胸元に太いラインの入ったポロシャツと、紺の半ズボンを着用している推定小学四・五年生と見受けられる少年は、土管の天辺に陣取っている体格の良い、厚めの唇の少年の視線から逃れるように去ろうとした
瞬間
「待てよ、グズ夫。」
変声期前の小学生にしては、偉くドスの利いた野太い声が辺りを威圧する。
グズ夫は電気を流した蛙の筋肉の如く身体を強張らせ、化石した。
自動車の前に飛び出てしまって、思考が混乱している猫の様に立ち竦むグズ夫に、ゆっくりと近付く栄養の行き届いた少年と、その取り巻き一号・二号。グズ夫の脳裏にはベートーベンの『運命』(もしくは日本一有名なガキ大将のテーマ)が流れていた。
「や、ややややややややあ、ゴリ太。」
ゴリ太は、不気味な程口角を釣り上げた表情を崩さず、グズ夫の眼前に立ちはだかる。
「随分帰りが遅いんだな、グズ夫。」
太鼓持ち以外の何者でもなさそうな、小学生の癖に常に正装の短躯が肝付兼太に酷似した声で話しかける。
「しょうがないよ、グズ夫今日も宿題忘れたから居残りしてたんだもんな。」
背は高いが、痩身過ぎてその身体の価値は思春期以降でなければ用を成さない少年が、片目を閉じて太鼓持ちの方を見遣る。途端に笑い出す三人。一緒になって笑うグズ夫。だが、次の
刹那
ゴリ太は表情を鬼神の如く一変させ、グズ夫の襟首を掴む。
「俺さぁ、今ムカついてんだよね。何しろ、となり町のガキ大将殺ったらパクられちまってさ。朝まで取り調べだったんだ。」
「僕のパパの知り合いの弁護士を付けて、どうにか拘留を解いて貰ったんだよ。未成年だったしね。」
太鼓持ちが読者ですら尋ねていない事を勝手に自慢する。
「だからさぁ、グズ夫。ちょっと殴らせてくれよ。」
歪んだ微笑で迫るゴリ太。
「ちょちょちょちょっと待ってよ。どうして僕なの?」
絶体絶命と解っていても、理由を問うグズ夫。彼の必死の視線を嘲笑するように、痩身の男が答える。
「それは、お前がグズでむかつくからだよ。」
「その通りだ!」
の台詞を皮切りに、三人はともすれば傷害致死で検挙されるのではないかといわんばかりに、グズ夫を蹂躙する。だが、小学生にして殺人の技術を持ち合わせているゴリ太は、巧みに急所を外し、確実に痛覚を刺激する方法で暴行を加えた。
乾物にも似た状態のグズ夫。血達磨で自立不可である。抵抗が無いのが面白くないのか、気が済んだのかゴリ太らは不浄な物を見るような目つきでグズ夫を見下すと、
「今日はこれ位で勘弁しといてやるよ。お前=大事な玩具まで壊しちまったら退屈だからな。」
と吐き捨て、元の遊び場へ戻って行った。
暫くして、グズ夫は砕けた肋骨を抱えて、のろのろと家路を歩き始めた。その両眸からは、過剰に分泌された涙滴が滝となって足元を濡らす。しかし、そんな事で絶望に浸る心を癒せはしない。そうでなければ、ランドセルを支える手首に無数の傷が残っていたりはしない。
暗い瞳で暮れなずむ夕陽を仰ぐ。
すると、どういう訳かゆらめくコロナの向こうから、両拳を突き出して飛来する成人男性の姿を視認した!
時速119kmでこちらに向かってくる男。顔には蝙蝠にも似たマスク。背中には派手なマントを纏っている。グズ夫が目を見張る間に、男はさっさとグズ夫の進行方向を遮るように着地した。
「少年、絶望するには未だ早いぞ!」
堀内賢雄ばりの力強き声で、グズ夫の肩を叩くコスプレ怪人。
「正義は常に勝つ。君は今日からジャスティス仮面一号として、さっき酷い目に遭わせたいじめっこのような悪い奴を懲らしめると良い。」
そう言って、ジャスティス仮面の親玉は小さく折り畳まれた変身セット(マスクとマント)をグズ夫に握らせる。
「これがあれば、100万馬力に、時速200km以上で飛行する事さえ出来るようになる。いざとなった時にはこれを使えば、万事解決さ!じゃ、君の健闘を祈る!」
言いたい事を思う存分言い尽くして、ジャスティス仮面布教者はグズ夫の前から姿を消した。
掌に残されたのは、胡散臭い変身道具。(つづく)
2000.05.11→2000.06.20