空の断章:習作


 あれは世界を終わらせてきた。
 あれは常に黄昏ている。
 あれは滅びのあと。

 あれはわたしの記憶。
 あれは最初の記憶。

 あれはまどろみ。
 あれは未分化の文章である。

 あれは生の結び目を解いてしまう。
 あれは地図に載っていない。

 あれは未だ存在せぬものを顕わし暴く。
 あれは誰かの眼差し。

 あれは彼女を拒絶した。
 あれは純粋戦争の名残だ。

 あれは時折、補修される。
 あれは見覚えのあるものだ。

 あれは消滅へと向かう。
 あれは希望を潰えさせる。

 あれは最後の末裔。
 あれは蹲る影。

 あれは鬨の鐘。

 あれは夢の名残。
 あれは日記の形式で綴られている。
 あれは破り捨てられた写真。

 あれは写真を刻む縫い目。
 あれは傷め付けられた記憶。

 あれは腐敗した水。
 あれは追いすがる。

 あれは怯える。
 あれは遣り掛けのチェス盤。

 あれは蒼い蛹。
 あれは一定の組織を持つ。

 あれは生々しく息衝いている。
 あれは格好良く繊細で、心と感情を持っている。

 あれはこの世ともう一つの世界の入り混じったもの。
 あれは時間を追って複雑化する。

 あれは知性の有無とは関係無い。
 あれは脳の力だけで動く。

 あれは人為的な原因によってトラブルを引き起こした。
 あれは死なない。

 あれは誰も殺さない。

 あれは始まってもいないし、終わってもいない。
 あれは微笑んでいる。
 あれはあやうい。

 あれは非難されない。
 あれは包まれている。

 あれは爪先立ちで歩く。
 あれは危険である。

 あれは捏造されたものだ。
 あれは病に罹っている。

 あれは永久に持続しない。
 あれは継ぎ目が無い。

 あれは不安である。
 あれは不安がっている。

 あれは怪物である。
 あれは杜撰な装置の犇く舞台である。

 あれは無能である。
 あれはどこにもない。

 あれはどこにもいない。
 あれは確かにそこにある。

 あれは確かにそこにいる。

 あれは誰も知らない。
 あれは解読不能な線。

 あれは柔らかい機械に似ている。
 あれは一度覚えた事を決して忘れない。

 あれは阻止されたメッセージ。
 あれは沈黙している。

 あれは眠っている。
 あれはまだ目醒めようとしない。

 あれは我々の裡に巣食っている。
 あれは感染した者の神経に造巣する。

 あれはありふれている。
 あれは無感動過ぎる。

 あれは無礼に思える。
 あれは上手に隠れてしまう。

 あれは手の届く場所にはいない。
 あれは手段ではなく媒質である。

 あれは問う事が出来ない。
 あれは答える術を持たない。

 あれは名前が無い。
 あれは何ものでもない。 


初出:2002.12.11

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