王は大変悩んでいた。
隣国との争いから発展した戦が、五年を経た今でも終結しない。
今更、示談に持ちこむには、これまで払った犠牲は余りにも大き過ぎた。何よりも王の性格が断じて許さなかった。
我が頼む君
森林地帯の深奥。薄暗く、如何にもという風情を周囲に放散している煉瓦造りの小屋の一室。
老魔術師と若者は固唾を呑んで、眼前にある人形を凝視していた。それは人間の子供の姿形を生き写したかの様に精巧に創られており、触れれば独特の温かみが伝わってくるのではないかとさえ思わせるものだった。
老魔術師は右手に杖(スタッフ)を握り、左手を人形の胸の上に翳して、口元から呪詛にも聞こえるスペルを唱える。すると、杖と掌から眩い光を放つ球体が出現した!
次の刹那、老魔術師は光球を一気に人形の胸元へ押し込める。
「師匠、今度は成功しますかね?」
弟子とおぼしき若者は、人形から目を逸らさずに言った。
老魔術師は無言のまま杖を傍らに下げ、大きな台の上に横臥する抜け殻を見守る。
僅かな沈黙の後、人の形をした『それ』は、堅く閉ざしていた両の瞼を開いた。マリオネットの如く腰から上体を起こし、テーブルから降り立つと、辺りを見回しつつ室内を徘徊した。
「…成功ですね、師匠!」
感慨に耽る老魔術師は、黙って頷く。伏せ目がちの熱い視線を人形に注ぎながら。
「うむ。じゃが、まだ手放しでは喜べんわい。能力についてはまだ解らんし、何しろこの御時世じゃ。あの戦好きの王と魔術師ギルドの連中がこれに目をつけんとは限らん。」
老魔術師は、突如、杖を庵の外に向け、小さく呪文を唱える。
杖の先端から、細く鋭いレーザー光が発射された。窓外から小さな爆発音が響く。
「今のは?」
若者は屋外に潜んでいた微かな魔力の痕跡を感知出来ていない。
「油断も隙もありゃしないわい。」
老魔術師は溜息を吐いて、傍らの人形を見詰めた。
人形は無表情で机の上の湯呑を弄んでいたが、彼が軽く握り締めた刹那、カップは見事、粉砕した。
「下手に知られてなければ良いが…。」
若き王は朝早くから玉座を温め、眼前に据えられた小さな戦盤を凝視している。眉一つ動かさず険しい表情を崩さないその様子を、侍従は独楽鼠の如く見守っていた。
突如
王は大理石製の盤を一蹴。
「どうして兵は、人というのは死んでしまうのだ! このままでは如何に派兵を重ねたからといって、悪戯に犠牲者を増やすだけではないか!」
王は苛立たしげに吐き捨て、散らばった駒を見下す。彼の逆鱗に触れぬよう萎縮している者達の中から、控えめな声が上がった。
「恐れながら…我が国の南端、クロイツの森と呼ばれる所に、何やらオートマトンを生み出す研究をしているという魔術師が居るそうに御座います。」
王は、控えている宮廷魔術師の背に言葉を投げかける。
「ほう。オートマトンとな。」
「はい。オートマトンとは、知っての通り無生物…言わば人形の様なものに生命を吹き込ませ、意のままに操れるようにしたものに御座います。その魔術師の力を持ってすれば、今、王が申されましたお悩みも解決するのではないかと思われまする。」
王の表情が瞬時に明るさを取り戻す。
「それは本当か?」
「相違御座いませぬ。私が先程、遠目の術を用いまして確認したる次第。…ただ、あの者は我が王に対し、非常に批判的であるという噂がありまして…。」
王の間に落雷の如き一声が飛ぶ。
「今はそんな事を言っておる場合ではないわ! 即刻その者をここへ連れて参れ! 応じぬ場合には如何なる手段を用いても構わぬ。最悪の場合は…解って居るな?」
「畏まりまして御座います。」
魔術師は禍禍しい笑いを浮かべ、王の間を後にした。
王は、哀しく転がったままの戦駒を足元に布き、悪魔の様に口の端を歪めた。
───あの日より幾晩かを数えた頃
昼下がりの木洩れ日が、空からピンスポットの如く森に灯を投じている。その僅かな陽光の下に、二人の樵の影が映る。
「おい、今度はこっち持ってってくれ。」
呼ばれて、少年が森の奥から姿を表した。そして、彼ら二人を以ってしても腕も回せないような巨木を、無表情に抱え込み、そのまま数百メートルも離れた材木置き場へ軽々と運搬して行った。
二人の樵は少年の背を見送ると、担いでいた斧を傍らに立てかけ、そこいらの切り株に腰を下ろした。さて、一服と言わんばかりに水筒の蓋に指を絡めると、少年が音も無く戻って来た。
樵達は驚愕して、互いを見詰め、少年を見遣る。
辺りを見回せば、彼らの稼ぎと森との共存を図るに差し支えない数の切り株。
少年は黙って、樵の顔から視線を逸らさない。それは、まさしく『人形』と呼ぶに値するものだった。
「今日はもういいから、家へ帰りな。魔法使いのじーさんに宜しく言っといてくれ。」
少年は無言で森の奥へ消える。
樵達は余りにも早く終了してしまった一日の業によって、余り過ぎた時間を持て余すように空を見上げる。
すると
ささやかな木洩れ日の間隙から、気質でない男達が彼らの前に忽然と姿を見せた。一瞬の事態の変化を呑み込めない一般市井の労働者に、黒いローブを纏った痩せた男が、
「あの子供について少々尋ねたい事があるのだが…。」
と問うた。
簡素な庵の中。
狭苦しい居間のテーブルに腰掛け、老魔術師は分厚い呪文書の傷んだ箇所を丁寧に修復している。若者は傍らで、慣れた手付きでお茶を煎れる。
そんな静かな森の奥から、高速移動する足音が近付いてきた。勢い良く入口の扉が開き、少年が部屋へ顔を出す。
「おや、お帰り。」
少年は黙って、着席する。若者は彼の前にも温かいカップを置く。
「お帰り。今日は随分と早かったね。」
目を伏せ、若者を一瞥すると、無言のまま、少年は眼前の飲み物に口を付ける。
老魔術師は修復の一段落した呪文書を閉じ、少年の頭を撫でた。
「…儂等にも、仕事にも慣れたようじゃが、相変わらず言葉だけは喋らんのぅ。」
「でも、師匠。言葉を発することが全てではないでしょう。この子には、この子なりの────『意思ある』オートマトンとしての──感情表現があるんだと思います。現に、飲まなくても良い筈の僕のお茶を飲むようになったじゃないですか。」
「かも知らんのぅ…──!」
老魔術師は素早く立ち上がり、テーブルの脇に掛けてある杖を掴む。その先端を出入り口の方へ向け、聞こえるか否かの微かな声で呪文を唱和した。先端部に小さな光球が生じる。彼は、容赦無くそれを扉の外へ撃ち込んだ。何かが焼けるような音が上がった後、小屋の前の茂みから、低い呻き声が漏れた。
「誰だ!」
若者もまた、杖を手に茂みを睨む。
叢の中から屈強そうな男が三人と、独特の紋章が刻まれた杖を持つ魔術師風の者一人が姿を現す。老魔術師は、一瞥、眉根を寄せた。
「宮廷魔術師が何の用じゃ?」
「おっ、まだまだ呆けちゃいねぇようだな、爺さん。」
三人の内、スキンヘッドに上半身裸で両手持ちのバトル・アックスを、自慢気に担いでいる男が、からかうように言った。
宮廷魔術師は至極丁寧にかしづき、
「我が王の命により、貴方を城まで連れてくるよう言われたもので。」
冷徹な声で用件を述べる。
「何故、王はかような老人を城まで呼び寄せようというのかのぅ?」
老人は素知らぬ振りでかわす。
宮廷魔術師は僅かに口元だけを緩め、
「お惚けはこれ一回きりにして下さいよ。」
言って、三人を見遣った。
三人は、飢えた獣の如き熱い視線で庵の中の老人達を舐め回す。
「ここにおられる大魔術師と、家の中の子供だけは死なない程度でお願いしますよ。」
それを合図に、三人は小屋へ突撃を掛けた。
呪文詠唱の間も無く、ブロード・ソードの切っ先が老魔術師を狙う。杖で最初の一撃を交わすと、男は翻った柄で追撃を与えた。が、老練の業で身を返し、老魔術師は庵の外へ転がり出た。
そのまま男は老人を振りかえりもせず、中へ進入する。
彼を追おうと、体を整えるや否や宮廷魔術師の錫杖が鼻先を指していた。
「ここから先は私が相手になりましょう。」
宮廷魔術師は、敬意を払うように一礼した
瞬間
小屋の中から二人、全速力で飛び出した
刹那
間口の向こうから、輝く光の矢が十本ばかり彼等の背めがけて放たれた。宮廷魔術師が援護の呪文を唱える間も無く、男達は狩られた獣の如く地に伏した。
「エネルギー・ボルトを十本も飛ばすとは…。貴方のお弟子様は随分と有能なようだ。」
宮廷魔術師は表情一つ変えず、某かの印を切り結んだ
途端
驚異的な速度で室内から黒い物が投げ付けられた。物体は宮廷魔術師の足元を穿つ。
全身の関節と骨格が砕かれた骸を確認すると、彼は突如笑い出した。
「随分な傑作をお造りになられたようですね…。」
そして、再び老魔術師の前に膝を立てると、
「貴方々を我が王の元へお連れするには非礼過ぎました。また日を改めてお迎えに上がらせて頂きます。」
そのまま姿を消失させた。
老魔術師は苦々しくその跡を見詰める。そんな彼の後ろから、若者はそっと声を掛ける。
「師匠、お怪我は?」
老魔術師は振りかえりもせず、こう告げた。
「今すぐ、荷物を纏めてこの国を離れるが良い。」
「師匠…。」
「そして、二度とこの地に足を踏み入れるな。」
若者は弾かれた如く叫ぶ。
「師匠!」
老魔術師は険しい面持ちのまま、半壊した戸口に入ると、少年が待ち受けていたように立っていた。
老魔術師は、頬を緩め少年の頭を撫でる。
「お前も、あの者と一緒にここを出て行くんじゃ。そして、この森のことは忘れ、何処かで楽しく暮らすと良い。」少年は頭上の手を払った。
そして、老魔術師のローブの袖を強く掴んだ。
「お前…。」
感慨に浸ろうとする老魔術師の背後から、背の高い影が射す。
「師匠…。」
老魔術師は俯いたまま顔を上げない。
「僕は、これを機に旅に出ようと思います。」
「そうか。」
「でも、一人で旅に出るよりは何人か道連れがいた方が楽しいと思うんです。」
若者は、少年の頭に手を遣る。
老魔術師は、若者の方を向き、目を合わせた。軽い溜息を吐く。
「どうせ僕らの顔も割れてるんです。ピンチの時は強い味方がいた方が良いに決まってますからね。」
老魔術師は穏やかに笑い、彼らの肩に手を置いた。
僅かの後、三人は旅支度の姿で小屋の外へ出た。
老魔術師は名残惜しそうに庵を眺めると、手にしていた杖を向け、厳かに呪文を詠唱した。
炎に包まれた小屋を後に、三人は黙って森の奥へと歩みを進める。
だが、彼らの顔はこの薄暗い森の中にあっても、決して影を落としてはいなかった。
1999.11.24
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