Masked
行燈の灯り一つ無い閨。
跫を立てずに忍び寄る温みを蝮の如く察知して、寝室の主は瞼を開ける。
「兵馬様。」
温みは姿を見せずに、そっと声をかけた。
「間に合うたか?」
数枚の和紙に包まれた書状が枕元に差し出され、行燈が淡く点る。
灯りを側寄せて、中を改める。兵馬の鼻腔を血脂の香が擽った。
「ふむ。確かに。」
紅に染まった密書を畳み、仄かに燃える油の中へ投じる。
「草の方は如何した?」
にべも無く応える闇の者。
「抜かりなく口を封じて御座います。」
兵馬は口端を歪め、指に付着した穢血を舐める。
「…そうか。では、これで名実共にわしが世継となる訳だな。」
「は。」
不意に襖を開け放つ兵馬。畳の上には、鎖で繋がれ、四肢の自由はおろか目・耳・口をも封じられた『人形』が転がっている。兵馬は、微かに蠢くその『人形』の目隠しを乱暴にずらした。
弱りかけた生命の光を仄かに宿した眼。
兵馬は、鏡映しの如き瞳を見据えながら、ふふと含む。
「だそうじゃ。これで兄上を救う手立てはもうあるまいて。」
醜く笑う弟の貌(かお)を憐れむように眺める兄。だが、それが己と同じ容姿の者である事は解らなかった。
犬の遠吠えが一つ、響き渡った。
2000.11.15→2001.04.16