Mirror


 鏡の中の僕は、いつも笑っている。
 僕は決して笑った事が無いのに、鏡の中の僕は見る度、必ず僕を見て微笑んでいる。
 何の悩みも無い様子で。至極明朗快活な風体で。
 僕はそんな鏡の中の僕の笑顔を見るのが堪らなく嫌だ。
 あれは僕じゃない。僕自身の姿ではない。僕自身の心ではない。
 そう思えば思う程、鏡の中の僕はさも愉快そうに満面の笑みを浮かべる。
 時にそれは嘲笑に似ている。
 堪え切れなくなると、僕は拳を鏡に打ち付ける。
 冷たく硬い世界の境界面。飛び散る破片。指に突き刺さる欠片。それを伝う紅い筋。
 そして、赤く汚れた無数の界面の内側で笑う僕。笑顔は歪んでいる。
 歪んだ微笑は、僕の中の衝動を衝き動かす。
 それは死の本能に似ているが、欲しているのは僕の死でも、他人の死でもない。
 それは寧ろ生への転回を強く促す。
 死の辺縁に最も近い、生の領域。
 其処は全てが流動的で、何一つ残らず、何一つ変わらない。
 鏡の皹に沿って走る数多の世界線に充溢する、もう一つの世界を夢見て、僕は鏡を割り続ける。
 生きる為に。死ぬ為に。


2002.08.31