Music
ヒトというシステム─ヒトに限らないが─を楽しませる娯楽・芸術として音楽というものがある。
音楽を構成するものとして「音」が必要不可欠であり、重要なものである事は最早言うべくも無いが、
ヒトというシステムに効果的な要素として、1/fゆらぎがあるそうだ。
このゆらぎが、ヒトという系に於いて、「気持ち良い音楽として聴こえる」ように作用するらしい。
つまり、完全なデータではなく、微妙に曖昧なデータの方がヒトの耳、
そしてそれらを統合している端末─脳─にとって、より「快楽的」に処理されるようだ。
不完全性を持つヒトにとって、実に適した楽しみであると言える。
だが、音楽というのは難しい。
音は0と1の連なりであったり、階差数列で表現され得る空気の振動であると言えるが、
それだけで音楽、音そのものを表現した事にはならない。
例えば、楽譜は音楽ではない。
音符と五線譜、或いは音のピッチを記したもの、更には手の巡りや運指といった楽器の演奏方法が
克明にあったとしても、「その音楽」を再現する事は出来ない。
それはテクストが生成者(作者・筆者)の元を、脳裏を、心を離れた瞬間から独歩し、
よもや、生成者の及びもつかない意図・意味を生んで解釈されてしまう、という点もあるのだが、
何より、音楽自体が瞬間・空間芸術であり、時間芸術の一種だからに他ならない。
音楽以外の端緒な例としては、演劇が上げられる。
瞬間、或いは空間芸術は、その瞬間、その場でこそ意味を持つものであり、
それらの痕跡である一切の記録や指示書は、それらを構成していた抜け殻に過ぎず、
それらを用いて再演したとしても、それは全く新しいもの・別もの、単なるアナログ的複製になってしまうからだ。
これは、元のデータがデジタルな複製に基づいた作品の場合も同様である。
音楽は楽しい。
音楽は難しい。
2000.03.28→2001.05.18