Mystery


 戸口に下がる可愛い鈴がころりと、響む。
 「ああ、また物見遊山の奴だな。」
 喉元まで出掛かった常套句を、スマトラ豆の珈琲と共に、胃腑に流し込む。
 我々の世界には『喫茶店』と言う物が存在しない。だから、此方の世界に来た者は誰でも一度、必ず『喫茶店』に立ち寄る。外国からの観光客が、決まって新幹線に乗りたがり、秋葉原で電化製品を買う様なものだ。その点、観光業者も心得ていて、此方の世界の観光ツアーの日程には、予め『喫茶店』を日程に組み込んでいる。
 我々の世界に『喫茶店』が存在しない理由を考えてみた。
 人間と違って、定命の生物ではないからか。
 人間と違って、食事をしなくとも死ぬ事が無いからか。
 だが、『喫茶店』は飲食物を提供する場であるのに、人々はそれを事の外重要視していない。『喫茶店』を訪れる者が求めるのは、食事や飲み物ではないのだ。彼等が求めるのは、憩いであり、隠れ家であり、読書・喫煙の場であり、足休めの椅子であり、名曲であり、歌声であり、冷暖房完備の軒先であり、店主の笑顔や優しい所作振る舞い、穏やかな話し声なのだ。
 それらは我々の世界にも、確かに存在しているが、我々はそれを貨幣と等価交換する物だとは考えていない。考えた事も無い。
 けれども、人間は競って幾許かの小銭と引き換えに、一服の休息を得ようとする。
 そんな人間の行為を、ちょっぴり真似てみたくて、我々は『喫茶店』に出掛けるのかも知れない。
 人間と同じ様に、『それ』を感じる事が出来なくとも、同じ事をしてみたいと思うのが、旧くから人間の良き隣人であった我々の常だからだ。
 戸口に下がる可愛い鈴がころりと、響む。
 我々の仲間がまた一人、『喫茶店』を知りにやって来た。


2004.09.04