Roof


 快晴の真夏日。
 風さえ殆どそよがぬ真昼の太陽の下、少年は陽炎にゆらぐ街並みを眺めていた。
 だが、四階建の校舎の屋上から見渡せる世界は限られている。
 愚鈍で緩慢とした熱気が、少年の開襟シャツを汗まみれにする代価を支払う光景は広がっていない。
 それでも少年は押し黙って向こう側を見ていた。
 手摺にかかっている両手指が窮屈に白み、遠くから聞こえてくる喧騒が、ぼんやりと鼓膜に輻輳する。

 酷い汗。

 薄い呼吸。

 透明な視界。

不意 

 玻璃の如く固められた空気に、一条の皹が走った。

 「あんた、何やってんの?」

 少年は弾かれた様に筋萎縮し、ゆっくりと声の方へ振り向く。
 鋭い眼をした少女が憮然とした風に彼を凝視している。
 少年は答えない。
 少女は彼の元へゆるやかに歩を向けた。
 近付いてくる少女の双眸。それは視線の強さと裏腹に恐ろしく空虚だった。

 少年の呼吸が一瞬停止する。

 少女はその様子を確かめると、片側の口角を釣り上げて尚も接近した。
 うつろな瞳孔に映る己の脆弱な面構えが、漆黒に吸われていく。
 例え様の無い畏怖が、少年の交感神経を研ぎ澄ませる。
 少女は、そんな少年を端に一瞥し、滑らかに手摺を乗り越えて少年の視界から消失した。

 鈍い落下音。

 砕けた空気の音を合図に、大きく身を乗り出すと少女の姿は何処にも無かった。

 しかし、その一瞬秒後

 「ばーか。」

二メートルと離れていない足元の縁から声が投げられた。

 少女は侮蔑の笑みを浮かべ、外壁の死角から少年を見上げ、妙に通る声で

 「あんたには一生無理だよ。」 

と、吐き捨てると屋上の柵に飛び付き、軽々と屋上に生還した。
 そして、空白の眩暈に膝をつく少年を尻目に校舎の中へと戻って行った。

 濃厚な熱風が、少年の頬を撫でる。

 太陽は嘲笑う様に彼を照り付けた。


2001.03.292003.12.21