Sell memoirs


 人の身体が蛋白質に因らなくなって、人生は考えられない程薄く永くなっていた。夢か現か判然としない、まどろみの様な日常に刺激は欠かせないものであった。

 だが、醒めない夢の中で受ける刺激は、繰り返す度に鈍化し、現実と虚構の界面を失わせ、満たされない欲求だけが募っていくという、悪循環を生み出すばかりだった。

 最早、人間は夢も妄想も見られなくなったのである。

 そこで私は、最も手軽な『日常と言う名の非日常』として、自分自身を売り物にすることを思い付いた。

 今にして思えば、何故そんな考えが浮かんだのか解らないのだが、私も自分を生かし、演じ続けなければならない自分の人生に退屈していたのかも知れない。

 私が早速『追憶売ります』と記した広告を掲載すると、1ルビジウム秒も経たない内に、数え切れない程の申込みが殺到した。

 私は幾ばくかの報酬--それは額面であったり、物質であったり、保証であった--と引き換えに、海馬・扁桃体補助記憶装置に蓄えられた、酷薄な記憶や経験の断片を与える。すると、それらは購入した人々の記憶に馴化し、私のものではなく、何時しか彼らのものへと変質していくのだった。

 やがて、私は己の身体の貸し出しも行うようになった。

 一定期間、私は私ではなく、私を利用している人々もその人ではなくなる。

 それは実に奇妙であり、不思議な経験だったが、その経験は当然、私自身によるものではなかった。また、その時の追憶も、私は容赦無く頒布した。無論、それらは飛ぶ様に広まった。

 そして、私は遂に私であることを辞め、全ての私を払い下げた。

 私が蔓延する、私という署名の無い世界。

 人々は有難がってそれらを享有し、私は安心して私の人生を引退し、永い午睡に就く事が出来た。

 もう随分前のことになるが、今でも私の追憶の変異体は世を形作っていると、午睡のまどろみの中で聞いたような気がする。


2001.07.06