Shadow's Cafe


 私があの古びた喫茶店に己が影を残してから、どれ程経ったであろうか。
 百年までは暦を数えたが、それから先は判然としていない。
 街は大きく変わった。人も姿を消した。然しあの店だけは往時のまま、営業を続けている。
 私の影もまた、窓辺で本を読み続けている。同じ本を飽きる事無く何百回と、壊れた再生機の如く。
 変わったのは街ではなく、もしかして私の方ではないだろうか?
 そんな疑問がふと脳裡を翳める。この思考すら、最早日常の泡沫に過ぎない。
 一点より前へも後へも巡らぬ時間。
 その間から脱け出せない私。
 その間から脱け出そうとしない私の影。
 いや、脱け出そうとしないのは私の方だろうか。
 人の替わりに地に蠢く粘液を踏み躙りながら、私は紅い月の下を何処までも歩いた。
 いつまでも歩いた。
 だが、何処にも辿り着く事は出来なかった。
 幾万哩もの歩みを進めようとも、必ず日の終わりにはあの古びた喫茶店へと辿り着く。
 影は私を喚んでいるのだろうか。
 影は私を待っているのだろうか。
 それとも、店が私を喚んでいるのだろうか。
 双眸の奥に光を見出せぬ
店主が、今日も私の横貌をぢっと見詰めていた。


2002.05.312002.09.09