She


 「今、あたしが『百年待っていて下さい。』って言ったら、待っていられる自信ある?」
 ハーゲンダッツのラムレーズンを食べる手を止め、彼女は俺の眼を真っ直ぐ見てこう言った。
 「白い花になって逢いに来る。ってか? 夏目漱石だったっけ、それ。」
 「そう。」
 彼女は珍しくくすりともせず、俺の眼を見続けた。
 彼女の瞳の中には、俺、そして俺の背にある樹が映っていた。樹は白い花弁を付けていた。
 その眼差しと口調の強さに、俺ははからずも気圧された。
な切迫感が漂っていた。
 沈黙する二人。
 その間を風が吹き抜けて行く。
 小さく可憐な花弁が舞い、季節外れの風花の如く二人の間を取り巻く。
 彼女の薄い虹彩に空ける白い嵐。

 そう言えば、彼女に初めて逢った時も、彼女は瞳に何かを宿していた。俺は、其処に何があるのかを巧く伝えられる言葉を持ち得ないのだが、確かに言えるのは、彼女の瞳は常に人を魅入らせるという事である。彼女の淡茶色の円い鏡は、時に己を、時に相対する人の瞳をも映し出しているようで、彼女に逢う人は誰もその幻惑から逃れられないのだった。

 依存性の強い麻薬の如き瞳を見ている内に、俺の口元は
 「うん。」
と答え、舞い散る花弁のような慎ましやかな唇を覆い隠してしまっていた。
 だが、閉じられた瞳が再び姿を現した時、其処には何故か何も映ってはいなかった。

不意

 電話の呼び出し音という現実が、俺を日常へと黄泉還らせる。
 言いようの無い胸騒ぎ。
 躊躇いがちに受話器を取ると、彼女の声で
 「待っていて下さい。」
と聴こえた気がした

刹那

電話の向こうには誰もいないのだという事が解った。
 窓の外は雨。
 あの病室で彼女が白い花になってから果たして何年が過ぎ去ったのであろうか?
 男は立ち上がり、窓の雨粒を眺める。
 硝子に映る男の姿は、紛れも無く、あの日のまま時を止めていた。 


2000.5.232001.06.22