Sin


 堆く書類を積み上げ、退屈そうに仕事をする男。
 与えられた課題の内容に対する苛立ちは、室内を紫の煙で満たす事に仕向けられる。肺をも満たすその煙の中に包まれているのはほんの少し心地好い。
 不定形のフィルターが何もかもをぼやけさせるから。
 積もった灰の分だけ薄らいでいく澱の如き感情。
 気紛れに窓の外へ視線をくれると、其処には一羽の鴉が斜に構えて彼を見ていた。
 嘘の様に晴れた青い空に光る、艶めいた黒い羽根。
 見透かしたような漆黒の瞳。
 何かを彷彿とさせるその姿にざわめく神経の結節点。
 男は口端を歪めて席を立ち、鴉に相対すると勢い良く呼気を吹きかけた。
 片目を伏せ、弾かれた様に飛び立つ翼。
 してやったりと言わんばかりに腕を組む男。だが、其の足元を嘲笑するが如く、黒の残滓が舞い込んだ。
 戯れに拾い上げると、それは意外な程軽く脆い。

 

 ふとよぎる他愛の無い子供の頃の疑問。

 鴉の羽根は何故黒いの?

 かつては鴉の羽根は白かったんだ。

 でもね、或る時鴉が嘘を吐いたんだ。

 それで、その罰として白かった羽根を黒くされてしまったんだよ。

 

 だが、今、己の掌中にある、陽光に透けて白銀に映るその羽根に、謂れ無き罪の証は微塵も無かった。

 「…馬鹿馬鹿しい。」
 羽根を手に外界を見下ろす。
 燃える様に咲き誇る薔薇の園。
 湧き上がる業火にも似た紅い花弁の渦中に佇む黒い瞳の奥底にもまた、呪わしい因習では計れない光が在るように思えた。
 彼はその横顔にそっと手を振り、部屋を出る。

 後に残された羽根は、通り抜ける風に導かれ空へ戻って行った。
 空を目掛ける白銀の軌跡は、彼等の遥か高みを優雅に曳航する。


2000.11.30