Summoner


 子供の頃、一度だけ大切にしていたものを壊してしまった事があった。
 ふとした弾みで、それは脆く崩れてしまい、私を酷く怯えさせた。
 余りの混乱振りで泣く事も出来ず、私は暫くその場で呆然としている他は無かった。
 夕食の時間が近付いてきて、私はそれをそっと裏山に埋めて家に帰り、普段より一時間早く床に入った。しかし、夜半過ぎから降って来た雨音が、私の部屋の窓を叩いている様な妄想に駆り立て、私を苛んだ。

 翌朝、嘘の様に良く晴れた空が私を見下ろす。
 もしかすると、嘘になったのかも知れない。
 そう思って、放課後真っ先に裏山へ向かうと、それは慄然とした事実を突き付ける様に、私の瞳を見た。
 鉛色の双眸がもう、どうする事も出来ない局面に来てしまった事を思い出させる。
 荒い呼吸。痛む心臓。全身の末端を巡る微細な拍動が増幅し、私を冷静に揺さぶり続ける。
 明滅する頭痛。
 白くなり始めた意識の果てで、

突如

窒息しそうな視界の端に黒い塊が映った。
 黒い塊はゆっくりと私に近付き、壊れたそれを一瞥すると私に何か語りかけてきた。だが、私には何を言っているのか、さっぱり理解し得なかった。
 ただ解ったのは、黒い塊がショールを被った猫背の老婆である事だけだった。
 老婆は得体の知れない永い文句を唱え始める。
 文句は空を這うが如く立ち上り、うねりながら地の底に眠るそれの額に吸われる。まるで抜け出た何かを呼び戻すが如く、それは抵抗無く還って行った。
 老婆は私の手に小さな紙切れを押し付けると、何処へとも無く去って行った。
 紙切れを指でなぞると、『宮・月・吟・鼓』という文字が書かれていたが、それが何を意味するのか解らない。
 私の瞼もまた、すっと下りた。

 

──誰かが私の名前を呼ぶ。
 力強い手で揺り起こされる。ぼやけた眼前には、壊れてしまった『ともだち』が何事も無かった様な笑顔で私の前に立っていた。
 私は昨日の事を謝り、二人でまた日が暮れるまで遊んだ。
 夕暮れの空に浮かぶ月は仄白くて、綺麗だった。

 

 それから私はずっとその子と一緒にいる。
 昔みたいに仲良しの儘。 
 でも、周囲の大人達は不思議な事に、もうその子の話をしない。
 それが何故なのか、私は未だに解らずにいるのだが、今日も私はその子と一緒に裏山で遊ぶ約束をしている。
 


2000.11.20