Switch On
午前零時。ラジオから番組提供企業の社名と定時を告げる女声が流れる。
直後、底抜けに明朗なBGMとジングル、そして能天気な女声DJの決まり文句。
「はーい、こんばんは。桜本ルイの『ルイルイ・ミッドナイト』の時間になりました!」
冷える早春の夜更けに、電波は流れ続ける。半ば、強制的に。
「昨日から三月、暦の上ではとっくに春だけど、昼間もすごく寒かったね。みんな、元気にしてるかな?
学生さん、特に受験生さんはこれから本番ってひともいると思うけど、風邪引いて試験受けられなくなっちゃった、なーんてことにならないように、栄養と睡眠を充分にとって試験に備えて下さいね。
この春から社会人になるひとも、早い所はそろそろ研修とか始まってるのかな?
慣れないことだらけで、毎日疲れてると思うけど、そんな時はこの『ルイルイ・ミッドナイト』で心を癒して、リフレッシュした気持ちで、また明日から頑張ろう!」
眠気を醒ます軽快なジングルの挿入。
「さて、今夜もこのコーナーから始めたいと思います、『寝耳に空耳』!」
深夜でなければ聴くに堪えないおバカなコーラス。
「『寝耳に空耳』は一見、ただの曲なのに、何かの言葉に聴こえてしまう『空耳』ネタを検証するコーナーです!
じゃ、まず今夜最初の空耳は…千葉市のむつさんが教えてくれた『スウィッチ・オン』から。」
投稿モノラジオ番組のお約束、頼まれても居ないのに投稿者の葉書を読み上げる出だし。
ETVのお姉さんにも似た、ビミョーな口調とアニメ声。
「『こんばんは、ルイさん。』
はい、こんばんは、むつさん。
『毎晩楽しく〔ルイルイ・ミッドナイト〕を聴いています。』
うわー、毎晩聴いててくれてるんだ。ありがとー、むつさん。
『ちょっと前から気になる音源があるので、〔寝耳に空耳〕に送ることにします。』
ふんふん。気になるって、どんな風に気になるのかな?
『これ、友達がどこかのライブかクラブで貰った曲なんで、曲名もアーティストもわからないんですけど、サビの直前にあるフレーズが『スウィッチ・オン』って言ってるようにしか聴こえなくて、気になって夜も眠れません。しかも、コーラスとか、ひとの声をサンプリング加工したものじゃなくて、ホントにただの楽器の音なんですけど、そういう風に聴こえるんです。是非、ルイさんや他の視聴者さん達に聴いてもらって、わたしの空耳を検証して下さい。お願いします。』
OK! わかりました!!
はっきりした言葉モノと言えば、昨日紹介した江戸川区のBPM210さんの『ビートマニア』から『ガッツ早送り』もかなりのインパクトだったけど、これはどんな感じなんだろう。
早速、検証に移りたいと思います!
では!!」
公共電波が地上を震わせたのは、テクノ・スタイルのフレーズだった。
このテの曲は、無数に重ねた音源の隙間に、良くお遊びで別の曲や歌、台詞なんかを無造作に編集する。
多分、この空耳はそうしたお遊びのフレーズとして、予め仕組まれたものだろう。
三秒程曲が流れ、投稿者の指摘するサビの手前と思しき箇所に差し掛かった
瞬間
その言葉は、音源の音素と全く無関係な『声』として、視聴者すべての聴覚神経を直接刺戟した。
須臾
激しい破壊音と断末魔の声が街中…否、公共電波の届く範囲すべての地上を震わせた!
刹那
ゼラチン質の音が響き、放送が途切れ、街中の音が断たれた。
無響の静謐に閉ざされる街。
そこに在るのは、無明の闇。
それは宇宙の始源の様相でもあり、宇宙の最期の様相でもあった。
2000.03.02→2005.07.03