Taking Head
扉の鈴がころりと響む。
目深に被った鳥撃帽を押さえる機械の指が、視界の端に映る。
今夜もまた来たのか、と私は少々醒めた心持で珈琲を啜った。
男はいつも新月の晩になると、この店に来て語り部の真似事をする。
店主や他の常連には気に入られているが、彼の話を面白いと感じた事は一度も無かった。
影が読み続けていた本の様に、彼もまた壊れた再生機の如く、同じ話を繰り返すだけなのだ。
だが、彼が本と違うのは、その話を一度として同じ語り口で語らないという事。
旧い仏文学者の書いた『文体練習』の様に、異なる切り口で語られるテクストは、常に同じ始まりと終わりを迎えるが、常に同じ始まりと終わりを齎さない。
世界の結節点から分断れる無限の過去と未来を紐解き、紡ぎ直す。
繰り返される同じ一日を弄ぶ様に語られるその話を、私はついぞ面白いと思った事は無いが、一度も聞き逃した事も無かった。
もしかすると、本当は彼の話が好きなのかも知れない。
そんな考えを巡らせる内、彼は全てを語り終えて店を出る。
そして、次の新月が来るまで、全ては終わりの前の始まりとなり、始まりの前の終わりとなるのだ。
何故なら、彼は『語り部』ではなく、彼自身が既にその『物語』だからに他ならない。
2003.06.04→2004.09.04