Unforgettable


 瞼の隙間から、瞳孔の中に濃橙の光が融け入る。水銀にも似た光沢と皮膜に包まれた穏やかな陽光が視神経を伝って、静かに流れ込むのを、私はいつものように受け止めた。
 引き延ばされ続ける時間を漂いながら、かすかに聞こえる呼気にまどろむ。
 そっと左に首を傾けると、穏やかに眠る彼女の顔には、長い私の影が差していた。その影を払う様に、私は彼女の髪を梳く。身体に感じる体温に比べて、やけに冴え冴えとした冷たさが指に残った。
 冷えた指を蒲団に仕舞い、良く出来た塑像の如き寝顔を眺めていると、気怠そうに両瞼が持ち上げられた。
 「喉乾いた。」
 擦れた声。
 私は黙ってベッドの脇にある棚に置かれたペットボトルの蓋を捻り、中身を軽く口に含むと彼女の方に向き直り、いつの間にか音も無く側寄っている彼女の脣の間隙に流し込んでやる。
 彼女は静かにそれを飲み干すと、満足そうに微笑んだ。
 私もつられて薄く笑う。
 そうしてまた暫くの間、服を着ないで横たわる。
 何物にも変え難い至福の時間。
 もう何回繰り返したか解らないけれど、きっとこれは一生終わらないだろう、と私は信じて疑わなかった。

 あの朝もそう思っていた。

 七時四十五分には始業する学校に通うのに、私と彼女は七時三分の電車に乗るのが慣例だった。
 私は駅のコンビニで飲み物を買って、彼女よりも五分早くホームで待つ。
 彼女は七時一分にやってきて、喉が乾いた、と言ってはまだ開けていない私の飲み物を一口ねだる。
 仕方ないな、と眉根をひそめながらそれを横目で眺めている内、電車が構内へと滑り込む。そして、私達は学校へと向かうのだ。

 三月十一日はやけに肌寒かったのを覚えている。
 どういう訳か、その朝彼女は私よりも早くホームに着いていた。手には小さな紙袋を提げ、改札に通じる階段を見上げて待っていた。
 私が近付くと、彼女は嬉しそうに
 「誕生日プレゼント。」
と言って、紙袋を差し出してきた。
 中には包装していない指輪のケースと、小さなドライバーが入っていた。ケースを開けると螺子止め式の指輪が小さく収まっていた。
 彼女の指にも同じ物が光っていた。
 「専用ドライバーでないと外せないんだよ。」
 無邪気に笑いながら、彼女は私の指にそれを通し、素早く螺子を締めるとそのドライバーをポケットに仕舞い込んだ

刹那

彼女が視界から消えた。

瞬間

 目の前が真っ赤なもので覆われた。
 拭った指の間から、砕けたドライバーの破片が輝いているのが見えた。
 その後の事は良く覚えていない。

 引き延ばされた終わりを、私は今も泳いでいる。
 飲み物を持ってホームに立つ私の指にある、外せなくなってしまった指輪の銀の艶はまだ失われていないのだ。


2001.03.06