Unsigned


 表札の無い我が家に、一通の手紙が届いた。

 手紙に差出人の名前が無かったので、それは私が出した手紙に違いなかった。

 消印を押した跡はあったが、日付は記されていない。

 簡素な茶封筒の封緘を丁寧に解くと、一葉の写真と短い文章がはらりと姿を覗かせた。

 

 前略

 今、そこにいる僕へ

 あの時の約束はまだ有効ですか?

 草々

 

 残念ながら、私にはその約束のことが全く解らなかった。

 遥か昔に、私の名前はおろか、私の記憶は既に他人の手に渡っていたからだった。

 そうして、僅かばかり手に入れた見返りで私は私の現在を保証したのだ。

 愚にもつかない私のことに構うことはその安定を失うこととなる。私はそれを望んでなどいなかった。望むべくも無かった。

 手紙と写真を破り、私は再び午睡を楽しんだ。

 大変気持ちの良い夢だった。

 だが、目覚めた瞬間、何かを喪失したような、何かを忘却したような後味を感じた。

 その予感は当たっていた。

 私の居るべき所に私ではない私の姿があった。

 私ではない私は、私が棄却した筈の手紙を繋ぎ合わせ悦にいっている。

 そうして、私でない私は改めて、私と言う手紙をしたため、私を封緘し、私を投函した。


2001.05.152001.07.26