渦巻偽典 名前 陰陽道に於ける『名付けの呪い』に観られる様に、我々を取り巻く森羅万象の総ては『名』を与えられる事に因って『命』を与えられ、初めて世界にその存在を認められる。子供が生まれたら二週間以内に命名する様、法律で定められているのはそれが、生まれた許りのあやうくはかない『命』が再びそのかたちを喪い、宇宙の泡沫に還る前に、この世に定着させる唯一無二の厳粛な儀式だからに他ならない。 だが、『名』を与える事は、同時にその対象を縛む――即ちその『名』の下にその存在を永遠の桎梏に架ける事でもある。『名』は『言霊』。『言霊』はこの世の理を操作する最も簡単な式だ。それは時に、虚構を真実に変え、世界を揺るがし震わせる―――。 また、『名』を与えられる事に因り、その対象の真理・本質は永久に喪われる。『名』に因って与えられなかった『命』はこの世ならざる存在なのだ。仮令、それが如何に稀なる優れたるものであっても、『名』の無きものを我々は精確に思考・認識する事は出来ない。人間の思考は所詮『言霊』、つまり『名』に支配されており、我々の存在する世界も、我々の思考=『名』の外在化したものだからだ。 然し、『名』が無いからと言って、『それ』がこの世に存在しない訳ではない。『名』の無き、人智・人為の及ばざる処に存在するものの方が、『名』の有るものより多いのだ。 この世には、『名』の『前』に在る森羅万象の諸現象・事物の本質――転じてそれを『名前』と呼ばん――の無限に在るを努々忘れる勿れ。 2005.11.09 |